追跡 記者のノートから日本を代表する大手証券会社で何が~問われる“市場のゲート・キーパー”~

2022年5月16日事件

SMBC日興証券の幹部が東京地検特捜部に逮捕・起訴された相場操縦事件。

大手証券会社の幹部が株価を操作し、市場をゆがめる取引をしたとして逮捕されるのは前代未聞です。

幹部の中には、外資系証券会社から高額の報酬で引き抜かれた“エリート”社員もいました。

事件の舞台となったのはこうしたエリートの幹部らで構成される精鋭部署でした。

なぜ不正が疑われる取引が繰り返されたのか。実態に迫ります。

(社会部司法担当 白井綾乃 平山真希 山﨑啓 佐伯麻里)

精鋭部隊の“エクイティ本部”で何が?

起訴されたのは、SMBC日興証券の元副社長とエクイティ本部の当時幹部だった5人のあわせて6人。

それに法人としてのSMBC日興証券です。

2021年4月までの1年3か月の間に特定の10銘柄について不正な株取引を行ったとして、相場操縦の罪に問われています。

SMBC日興証券は、2009年に三井住友フィナンシャルグループの傘下に入ったあと、リテールと呼ばれる個人向け事業中心の経営から脱却しようと、外部人材を積極的に登用しました。

株式の運用などを行うエクイティ本部内には能力を見込まれ、億単位の高額の報酬で外資系証券会社から引き抜かれた人材もいて、会社の収益拡大に貢献してきたといいます。

“エリート”たちがなぜ

エクイティ部 山田誠元部長

10銘柄すべての取引に関わっていたとして起訴されたのは、当時現職だった山田誠元エクイティ部長。

証券会社の自己資金で株を売買する業務などを担う部署のトップを務めていました。

山田元部長は外資系証券会社でトレーダーとして勤務したあと、2015年にSMBC日興証券に転職。

外資系証券会社の元同僚や仕事で交流があった人物は、証券業界では“エリート”として知られていた山田元部長が逮捕されたことに驚きを隠せないと証言します。

山田元部長の元同僚
「朝早くから夜遅くまで仕事に熱心で、30代で若くして幹部になるなど、非常に優秀だった。また、人格者だったため部下にも慕われていた。山田さんは名前(誠)からマックと呼ばれていた。

SMBC日興証券に転職した際には、『マックが非常に高額な年収で入ってきた』と話題になったそうだ。まさかあのマックが逮捕されるとは。驚いた」

山田元部長と仕事で交流があった男性

山田元部長と仕事で交流があった男性
「マックはお金に困っているわけでもないし、法的なリスクを冒す理由が思い浮かばない。最初に逮捕の報道が出たときは業界内でも情報が飛び交い、みんな本当に驚いた」

関係者によりますと、山田元部長は起訴された取引に関与したことは認めているものの不正な取引ではないと主張しているということです。

きっかけとなった「ブロックオファー取引」とは

エクイティ本部が舞台となった今回の事件。特捜部は、「ブロックオファー」と呼ばれる取引に関連して不正な取引が行われたとみています。

ブロックオファーは市場外で行われる取引で、大株主が一度に大量の株を売却したいときに証券会社が買い取り、個人投資家に転売します。他の証券会社でも日常的に行われる取引です。

SMBC日興証券のブロックオファーの流れを見ていきます。

SMBC日興証券は、ブロックオファーを行う前日に全国の支店を通じて個人投資家に営業をかけ、市場の株価よりも安い価格で販売すると勧誘します。

SMBC
日興証券

【例】
A株いかがでしょうか。
明日の終値を基準に0.5%値下げして販売しますよ

翌日の午後3時。

市場が閉まり終値が決まると、証券会社は終値を基準に価格を設定。大株主から大量の株を買い取ります。そして、個人投資家に転売します。

なぜ、ブロックオファーが使われたのか。ポイントは、取引がすべて市場外で行われ、他の投資家の動向に左右されないことです。

大株主は大きく値崩れすることなく大量の株を一度に売却できます。

一方、個人投資家にとっても、株を安く購入できるメリットがあります。

証券会社も大きな利益を得られます。

例えば、証券会社が大株主から終値の2.5%引きで買い取り、終値より0.5%安い価格で個人投資家に転売すると差額となる終値の2%を利益として得られます。

市場で株価が下落 原因は空売りか

市場に影響を与えないように大量の株を売買できるはずの「ブロックオファー」。

しかし、この取引が実は市場に影響を及ぼしていたのです。

起訴された10銘柄の取引のうち、2021年4月8日にブロックオファーが行われた都内の製薬会社の銘柄の取引を見ていきます。

この日、製薬会社の株価は大きく値下がりします。

午後3時に場が閉まる直前の午後2時55分に前日の終値の7030円より400円以上安い6600円まで下落。

その原因とみられているのが、大量の「空売り」の発生です。

「空売り」とは、株価の下落が予想されるときに、株を借りてきて高値で売り、決済期日までに安値で買い戻す信用取引です。値下がりする局面で利益を得られます。

ブロックオファーが行われた4月8日の前日から支店の営業社員が個人投資家に対して「明日の終値を基準にして値引きした価格で株を購入できる」と勧誘をしていました。

このため個人投資家は購入価格より高い価格で株を先に売却しておけば利益を得られると考え、空売りをしかけていた可能性があると特捜部はみています。個人投資家にブロックオファーについて事前に伝えること自体は規制されていませんが、空売りのきっかけになったとみられているのです。

明日の終値が基準となって値引きされて買えるのか。どうせ安い価格で手に入るなら、株価が高いうちに先に売っておこう

個人投資家

こうして空売りが増えると、売りが売りを呼ぶ状態となり、株価はさらに下がるおそれがあります。

関係者によりますと、個人投資家からブロックオファーの日程や概要などを聞きつけたほかの投資家も空売りを行っていた可能性があるということです。

社内でも空売りによる株価の下落は以前から問題視されていました。

SMBC日興証券は、ブロックオファーで個人投資家に株を販売する際は空売りをしていないか口頭で確認していましたが、他の証券会社の口座での空売りまでは追跡できなかったということです。

株価下落は大株主に影響

一方、空売りで株価が大幅に下落すると困るのが大株主です。

証券会社に買い取ってもらう価格は市場の価格に連動していて、満足できる価格で売れなくなるおそれがあります。

こうした中、山田元部長らが動きます。証券取引等監視委員会によりますと、山田元部長らは、午後2時57分から午後3時までの3分間に、10万株に上る大量の買い注文を出したということです。

条件は“6600円以下の売り注文があればすべて買う”というものでした。

実際に買い付けたのはこのうち約4万株でしたが、午後3時の終値は最安値から20円上昇し、6620円となりました。

金融商品取引法は、証券市場に参加する投資家が公正な取引をできなくなることから市場の価格を意図的に操作する相場操縦を禁じています。

特捜部は、今回の取引について相場操縦の中でも相場を固定したり安定させたりする目 的をもって株を売買する「安定操作取引」にあたるとみています。

空売りを誘発するシステムか

社内で何が起きていたのか。関係者によりますと、ブロックオファーが行われるときには、山田元部長と大株主を担当する営業部門の元部長との間で売却価格の目安などを共有。

さらに山田元部長は起訴された上司にも事前に報告し、取引を行うことを了承されていた疑いがあるということです。

捜査幹部の1人は、大株主と個人投資家の双方に忖度しながら自社の利益を確実に得るビジネスモデルが事件の背景にあったのではないかと指摘しています。

捜査幹部
「SMBC日興証券はブロックオファーに力を入れていて売り上げも他社と比べて大きく、トップクラスだった。

ブロックオファーの日程が事前に公開されているため空売りが発生することはわかっていた。空売りが内包されているからこそ、株価が下落しやすく個人投資家を集客しやすい。その一方、売り手にとって満足できる価格で売れなくなり商品価値が落ちてしまうので、買い支えて対抗している。あらかじめ計算づくの上で、全て織り込み済みだったという見方ができる」

不審な取引を事前に察知 形骸化したコンプライアンス

不正が疑われる取引を未然に防ぐことはできなかったのか。

関係者によりますと、今回幹部らが逮捕・起訴された取引は、SMBC日興証券の社内でも株取引を監視するシステムによって“不審な取引”として検知されていました。

しかし、コンプライアンスを担当する「売買管理部」から山田元部長に報告したものの、山田元部長は取り合わず、そのまま見過ごされていたということです。

あるSMBC日興証券の社員は、社内ではコンプライアンスの部署は立場が弱く、意見が通りにくい組織風土があったのではないかと話しています。

山田元部長の元同僚も、コンプライアンスが機能していなかったのではないかと指摘しています。

山田元部長の元同僚
「相場操縦を疑われる取引ができてしまうような会社のコンプライアンス体制に根本的な問題があると思う。コンプライアンスの部署がもっと強く言うべきだったと思う」

他の証券会社ではどのような対応を取っているのか取材してみたところ、多くの会社が空売りの誘発を防ぐための仕組みを作るなど、対策をとっていました。

A社

ブロックオファーを行う日程を明らかにしないまま営業を行う。個人投資家にとってはいつの時点の終値が売却価格の基準になるかわからず、空売りをかけづらい仕組みにしている

ブロックオファー中にその銘柄の株を自社の資金で買い付けないようにしている

B社
C社

ブロックオファー中に不審な取引がないか、コンプライアンス部門が取引成立前に毎回審査を行い、不審な取引が行われている可能性がある場合はブロックオファー自体をとりやめる

“市場のゲート・キーパー”が果たすべき役割

証券会社は、投資家と市場をつなぐ “市場のゲート・キーパー(門番)”と呼ばれ、本来は公正な取引を支える役割を担っています。

特捜部は、その証券会社の社内で不正な取引が繰り返されていた疑いがあることを重く見て幹部や会社の刑事責任を問うことにしたとみられます。

専門家も、今回の取引はブロックオファーの事情を知らない一般の投資家に不利益をもたらしかねない行為だと批判しています。

龍谷大学法学部 今川嘉文教授

龍谷大学法学部 今川嘉文教授
「大株主に便宜を図るために不適切な買い支えを行うと、事情を知らない投資家は、企業の実態よりも高い価格で株を購入させられることになる。本来自然の需給関係で株価が決まるマーケットを証券会社がゆがめたとしたら、それは許されないことで、ひいては日本の証券市場の信用が国内外で失われてしまうということになる。大手証券会社に刑事罰が科されるというのは非常に珍しく重大なことで、証券業界に与えるインパクトは大きい」

山田元部長は否認 法廷で全面対決へ

一方、関係者によりますと、起訴された6人のうち5人は否認(起訴時点)。

山田元部長は「株価が下がっていたので儲けられると考えて購入しただけで、違法な安定操作にあたらない」などと主張し、株の買い付けに不正な意図はなかったとしています。

山田元部長と仕事で交流があった男性は、今回の取引は法的に高いリスクをともなう取引だったとしつつも元部長が違法性をどこまで認識していたか疑問だと話しています。

山田元部長と仕事で交流があった男性
「ブロックオファー銘柄の株を市場が閉まる前に大量に買うことは、株価を意図的に操作していると疑われる危ない取引で、証券マンなら誰でもわかる基本中の基本。なぜ、このような取引をやってしまったのか疑問だが、マックは逮捕されるような悪質な取引ではないという認識だったかもしれない」

今後は、法廷の場で「取引が安定操作にあたるのか」や「違法性の認識の有無」などについて争われる見通しです。

SMBC日興証券の会見(3月5日)

SMBC日興証券は今回の事件を受けて、
「内部管理体制上の不備があったことは否定できず、法人としての責任は免れないものと認識しており、事態を重く受け止め、深く反省している。信頼回復に向けて全社をあげて取り組む」というコメントを発表。

コンプライアンスを軽視した結果、大きな代償を支払うことになったSMBC日興証券。

内部管理体制を見直し、信頼を回復していくことができるのか。道のりを今後も取材していきたいと思います。

  • 社会部記者 白井綾乃 2014年入局 
    岐阜局・名古屋局・国際部を経て社会部

  • 社会部記者 山﨑啓 2015年入局
    福岡局、久留米支局を経て社会部

  • 社会部記者 平山真希 2015年入局
    仙台局、石巻支局を経て社会部

  • 社会部記者 佐伯麻里 2016年入局
    富山局を経て社会部