追跡 記者のノートから新人記者が見つけた“もう1つの不正”

2022年7月1日事件 不正

「なぜこの日に集中しているんだろう」

町のトップが相次いで逮捕された汚職事件。

取材を進めると、ある不自然な点に気付きました。

事件はこれで終わりではない。

そこから新人記者の調査報道は始まりました。

(甲府放送局記者 赤木雅実)

初めて取材する事件

事件が最初に明るみに出たのは、2021年9月17日でした。

山梨県の市川三郷町のトップが警察に逮捕されたのです。

容疑は「官製談合防止法違反」。

新人記者だった私にとっては、初めて取材する事件でした。

<官製談合防止法違反>
国や地方公共団体の職員が、談合をそそのかしたり、予定価格など入札に関する秘密を教えたりして、公正な入札を妨害する行為。

市川三郷町役場の捜索

舞台となったのは、町立の保育所です。

警察などによると、逮捕された町長は町議会議員らと共謀し、保育所の設計業務に関する指名競争入札で、甲府市にある設計事務所に落札させようと計画。

談合に応じるほかの業者を選定するなど、公正な入札を妨害した疑いがもたれていました。

入札方式を変更 なぜ

町の会見(2021年9月)

私は逮捕翌日に町が開いた会見に出席しましたが、詳しい経緯は語られませんでした。

ただ入札の方式が当初の予定から変更されていたことがわかりました。

優れた提案を行った業者を選ぶ「指名型プロポーザル方式」から、入札価格が最も低い業者を選ぶ「指名競争入札」に変えていたのです。

<指名型プロポーザル方式>
専門性が必要な事業について、発注者(自治体)が一定の条件を満たす業者を選んで指名し、それぞれの実施方針や技術提案書などについて審査・評価を行い、最も適した業者を選ぶ方式。

なぜ変更する必要があったのか。

技術提案書などを審査・評価して選ぶ「プロポーザル方式」に比べ、採用された「指名競争入札」は最も有利(安価)な条件を提示した業者が落札者となります。

例えば、予定価格(契約を決める際に基準となる見積もりの金額)が100万円で、A社が95万、B社が97万、C社が99万円の入札価格を示した場合。

「プロポーザル方式」では“提案価格”と“提案内容”が総合的に評価されるため、B社やC社が選ばれる可能性もあるが、「指名競争入札」では最も安価なA社が落札者となる。

この入札は、一般的な公共事業の発注と同じで事前に予定価格などは公表されていません。

そこで談合を行って、業者間で入札価格の調整さえできれば確実にその設計事務所に落札させることができたのです。

実際に今回の入札について、予定価格とそれぞれ業者の入札額を町に確認したところ、予定価格2060万円に対し、設計事務所は1980万円で落札。

一方、談合に応じたほかの5つの業者は、1社が2020万円、2社が2010万円、2社が2000万円で、わずか20万円の差でした。

町長は絶対に明かしてはいけない「予定価格」の情報を漏らして、特定の業者に落札させようとしました。

捜査の焦点は、この不正行為の見返りとして金銭のやりとりがあったのかどうかに移りました。

そしてその後の捜査で、謝礼として現金200万円の賄賂を受け取っていたことがわかり、設計事務所の元代表が贈賄の疑いで、町長は加重収賄の疑いでそれぞれ再逮捕、起訴されました(甲府地裁は2022年3月、両者に懲役3年、執行猶予5年を言い渡した)。

隣町の町長も逮捕 異例の展開に

ただ事件はこれで終わりませんでした。

最初の逮捕から2か月後、今度は隣接する富士川町の町長が逮捕されたのです。

容疑はまたしても「官製談合防止法違反」。

市川三郷町の事件と同じ甲府市の設計事務所に落札させるため、入札に参加する業者を選んだり予定価格を漏らしたりした疑いでした。

そしてこちらの町長も、謝礼や今後も便宜を図ってもらう趣旨で現金合わせて300万円の賄賂を受け取っていたとして、加重収賄などの疑いで再逮捕、起訴されました(甲府地裁は2022年3月に懲役3年、執行猶予5年を言い渡した)。

2つの町の事件は構図がほぼ一緒でした。

キーマンとされたのは、贈賄などの罪で起訴された設計事務所の元代表です。

いずれの事件でも、みずから町長らに不正な行為を持ちかけていました。

「町の公共事業をどうにか落札したかった」

捜査関係者によりますと、そう供述したといいます。

指名競争入札の割合調べると…

その設計事務所の元代表が談合に関わっていた公共事業です。

・2016年 保育所(市川三郷町)
・2017年 生涯学習センター(市川三郷町)
・2018年 学校給食センター(富士川町)
・2021年 道の駅(富士川町)
・2021年 農業体験宿泊施設(富士川町)

この中では1件を除く4件が「指名競争入札」でした。

私は2つの町が2020年までの3年間に行った入札を調べてみました。

すると指名競争入札が行われたのは、▽市川三郷町で95%(269件のうち256件)、▽富士川町では99%(412件のうち408件)に上りました。

一定の基準を満たせばどの業者も入札に参加できる「一般競争入札」ではなく、事前の会議で参加できる業者が決められる「指名競争入札」が多用されていたことについて、地方行政に詳しい専門家は次のように指摘しました。

山梨大学大学院 藤原真史准教授
「地方だとなかなか大きな事業がないので、地元の企業にとっては地方自治体の公共事業は大きな意味があります。指名競争入札は誰を指名するのかというところがブラックボックスになりがちです。どうしても完全な透明化が図りにくいので、今回のような不正の温床になりやすいと考えられます」

背景に“町長選挙”

ではなぜ2つの町の町長は、不正な持ちかけに応じたのか

取材を進めると、そこには「町長選挙」が大きく影響していたことがわかってきました。

捜査関係者によると、逮捕された町長2人は次のように供述したといいます。

「町長選挙で支援してくれた。そのことに恩を感じ、見返りとして不正を働いた」

さらにこんな情報や証言も得られました。

「町長選挙では設計事務所の元代表が対立候補を誹謗中傷するビラを自費で作成して町長を支援していた」(捜査関係者)

「選挙で町長の対立候補を支援した業者は、その後の入札で冷遇されていた」(町議会議員)

実際に設計事務所の元代表が尽力したとされる過去の選挙の結果を見てみると、接戦だったことがわかります。

厳しい選挙で当選したい町長。
公共事業を落札したい設計事務所の元代表。

関係者や裁判の判決などによりますと、互いの思惑が一致し、癒着の構図が長年にわたって続いていたとみられています。

逮捕されたとき富士川町の町長は3期目、市川三郷町の町長は5期目でした。

裁判でも、事件の背景としていずれも「選挙への支援」について触れられました。

このうち富士川町長に対する判決では、裁判長は「選挙支援などを通じて恩義を感じていた元代表からの働きかけに応じて不正な行為を行った。町長の責務を軽んじ、その職務の公正に対する社会の信頼を大きく損ねた」と指摘しました。

浮かび上がった新たな疑惑

多額の現金を受け取っていた2人の町長。

事件の真相に迫ろうと、上司のデスクに相談しながら私が調べたのが「政治資金収支報告書」です。

インターネット上で誰でも閲覧できる公表資料で、政治活動に関連する資金の流れなどが記載された、いわば“宝の山”。

取材を深める材料として使えるのではないかとアドバイスされました。

政治資金収支報告書

初めて見る収支報告書を1枚ずつめくっていると、違和感を覚える箇所がありました。

富士川町の町長が代表を務めていた資金管理団体の令和2(2020)年分の収支報告書です。

3月10日に3人からそれぞれ5万円ずつが寄付されています。
ほかの日には寄付はありません。

「どうして同じ日に寄付が集中しているんだろう」

事件につながるヒントになるかもしれないと考え、3人に話を聞いてみることにしました。

「5万円渡していない」

取材を進めると、寄付をした3人は町長の親族だとわかりました。

接触できたのはそのうちの2人です。

親族Aさん

私は5万円を渡していない。これまで町長にお金を渡したり振り込んだりした覚えはない

私も5万円を渡したり振り込んだりした覚えはない。あなたがまだ取材していないもう1人にも確認したが、寄付したことはないと話している

親族Bさん

思いもよらなかった言葉が返ってきました。

では記載されている寄付はいったい何なのか。

会計責任者 「署名は私の字ではない」

政治資金収支報告書の最後のページにも手がかりはありました。

「法に従って作成したもので、真実に相違ありません」という1行のあとに会計責任者の署名が記されています。

この人なら本当のことがわかるかもしれない。

そう思って会いに行きました。

ところが…

会計責任者

私の字ではないです。この宣誓書に署名した覚えはありません

取材の場に居合わせた家族も「この人の字はもっと角張っていて癖のある字だよ」と話しました。

試しに私の名刺の裏にボールペンで署名してもらいましたが、たしかに収支報告書の筆跡とは全く異なる字でした。

町長に直撃 返ってきた答えは

聞くべき人はもう本人しかいない。

逮捕後に辞職し、数日前に保釈されたばかりの前町長を訪ねました。

富士川町 前町長

インターホンを押すと本人が取材に応じてくれることになり、政治資金収支報告書のコピーを渡しました。

記者

親族3人からの寄付はありましたか?

いいえ、その3人から寄付は受けていません

町長
記者

ではなぜ寄付者の欄に記載があるのですか?

3人の名前を使わせてもらいました

町長
記者

それはどういうことですか?

実際に寄付してくれた人が別にいるのですが住所などがわからず記載できませんでした。書類の提出まで時間がない中でやむを得ず3人の名前を勝手に使いました。振り返ると不適切だったと思っています

町長
記者

この宣誓書の署名はどなたが書かれましたか?

私の字です。この署名は私が自分で書きました

町長
記者

どうしてですか?

中身は私が一番理解しているから私が書きました

町長

親族3人からの寄付が実際には行われていなかったこと、そして宣誓書への署名をみずから偽造したことを認めました。

取材後記

2022年1月14日。

NHKがこの問題について報じた翌日、前町長は令和2年分の政治資金収支報告書を訂正しました。

そして1月31日には、政治団体の解散届が提出されました。

取材は4か月に及んだ

今回明らかになった収支報告書の偽造は汚職事件の核心ではないにせよ、違法であることは間違いありません。

その意味ではこの規範意識の低さが事件につながったのかもしれないと感じました。

一連の取材を通して捜査当局から話を聞くだけでなく、関係者に当たることや資料の“ブツ読み”など、取材を尽くすことの大切さを実感しました。

真相に少しでも迫れるよう今後も丁寧な取材を心がけていきたいと思います。

  • 甲府放送局記者 赤木雅実 2021年入局
    主に警察・司法取材を担当
    学生時代はサッカー部
    最近は山梨県を車で巡り、魚釣りも