追跡 記者のノートから闇に消えたカツオ ~水揚げ額日本一の漁港で何が~

2022年4月8日事件 不正

年間400億円超と日本一の水揚げ額を誇る漁港。

そこでは“水揚げされたカツオが消える”といううわさが絶えなかった。

なぜカツオは消えたのか。

「水揚げした量はまさに“水物”。持っていってしまえばあとは闇の中」

数十年続いたという不正。

その当事者が、実態を証言した。

※2022年5月16日・11月7日追記

重い口を開いた当事者

去年12月。ホテルの1室。

彼は少し緊張した様子で私(記者)の前に座った。

カツオの窃盗事件で逮捕され、その後保釈された漁協職員(取材当時/現在は解雇)。

事件のキーマンだ。

舞台となったのは、静岡県の焼津漁港。

年間445億円(2021年/焼津市調べ)と日本一の水揚げ額を誇る。

中心となっているのが冷凍カツオで、国内全体の水揚げ量の半数以上を占めるという。

こちらも日本一だ。

「焼津ブランド」は全国的な知名度があり、地元は水産加工会社や飲食店などで栄えてきた。

逮捕された職員

職員は2か月に及ぶ交渉の末、取材に応じてくれることになった。

逮捕された職員
「不正をもちかけられ、断れずにやってしまいました。被害を受けた漁業者に申し訳ないという気持ちが一番にあって、自分にできることがあるなら知っていることを伝えようと思いました」

警察が去年10月下旬に発表した事件の概要は次の通りだ。

職員は、去年2月、地元の漁業者が水揚げした冷凍カツオおよそ4トン、時価100万円相当を盗んだとして、地元の水産加工会社の社長(当時)らとともに窃盗の疑いで逮捕された。
※2022年5月16日追記
一連の事件ではあわせて7人が逮捕され、このうち6人が起訴された。
※2022年11月7日追記
起訴された6人はいずれも執行猶予付きの有罪判決が確定した。

日本一の水揚げ額を誇り、多数の人が出入りしている漁港で、どのように人の目をかいくぐったのか。

その手口について聞いた。

逮捕された職員
「この業界のことを“水物”といいますよね。カツオを漁獲してきた漁船が『600トンの水揚げがあります』といっても、計量すると650トンあったということがけっこうあります。このうち10トンがなくなっても、数字だけ見たら640トンで、40トン分プラスになっているので、問題にはなりません。

最終的に出た数字がすべてなので、抜き取りがあっても気づかれにくい。誰かが監視しているわけではないし、もうその場から持っていってしまえばあとは闇の中、という感じです」

証言によると、職員らが逮捕された事件の始まりは2018年。

計量担当だった職員は、ともに逮捕された地元の水産加工会社の社長から話を持ちかけられ、仲の良いトラック運転手とともにカツオを盗むようになったという。

通常、水揚げされたカツオは、計量所で重さが量られると伝票が発行され、買い手の水産加工会社の名前もそこに記録される。

つまり、この伝票が「水揚げされた○○トンのカツオは●●会社の所有物である」ということを証明するものとなる。

その後、会社が商品として販売し、私たちの食卓に上る。

逮捕された職員は、ほかの漁協職員とともにカツオの重さを量ったフリをして、計量所を通過させた。

証言などに基づく

そしてトラックの運転手が、伝票のないカツオを積んで冷凍倉庫に搬入し、水産加工会社のものとして保管するよう倉庫側に伝えていたという。

水産加工会社がこうして不正に入手したカツオを、加工品にして販売していたと警察はみている。

職員によると、報酬として水産加工会社から1回あたり18万円を受け取り、ほかの職員やトラックの運転手らに分配していた。

“不正は20年以上前から”

一体いつからこのような不正が行われていたのか。

職員は自分が働き始めた20年以上前から漁港でカツオ窃盗が横行していたと証言した。

職員は終始緊張した様子だった

逮捕された職員
「仕事を始めた当初の職員旅行で高いホテルに泊まり、お土産代や遊ぶお金もすべて自腹を切らなかったので、不思議に思って先輩に聞くと、『もうお金はつくってあるから。こういうお金はつくるんだよ』と言われました。
そのときはすぐにわかりませんでしたが、仕事をやっていったら抜き取りのことだとわかりました。

上司が派手に金を使っていたという話もよく聞きました。キャバクラで女性の胸元に100万円の束を2つ乗せた写真を見たことがあります」

数トン単位の窃盗は頻繁に行われ、ひどいときには1回で数十トンの盗みが行われていて「無法地帯になっていた」という。

漁協の内部調査で明らかになったのは

去年11月末。

逮捕された職員が所属する焼津漁協は事件後初めてとなる謝罪会見を開いた。

逮捕から1か月以上経過してようやく、対外的な説明の場を設けた。

焼津漁協 西川組合長

焼津漁協 西川角次郎組合長
「皆様に多大なるご心配とご迷惑をおかけし、深くおわび申し上げます。今回問題になった事件以外にも長年にわたって不適切な行為があったことが調査の中で明るみになり、あってはならないことだと受け止めています」

会見で公表された内部調査の報告書には、不正が数十年間、慣習として続けられていたことが記されていた。

職員らは、不正に関与した見返りに現金や金券を受け取り、遊興費や飲み会の費用の一部に充てていたという。

なぜ、こんなにも長い間不正が続けられてきたのか。

報告書は構造的な原因を指摘する。

漁港の魚市場では、1回の水揚げごとに億単位の金額が動く。

その金額をはじき出す計量を担当するのは、10代から30代前半の若手の漁協職員だ。

現場で接する仲買人やトラック運転手などはすべて年長者で、今回取材に証言した職員も、上司からカツオを計量しないでトラックに積むよう指示されたり、市場で影響力の大きい水産加工会社の幹部などから依頼を受けたりして、断れなかったと話している。

報酬にも目がくらみ、しだいに善悪の価値観がまひしていったという。

取材は3時間に及んだ

逮捕された職員
「最初は『いいのかな』という感覚はありました。ただ、18歳で職場に入って、窃盗が当たり前に行われていて、関わっている(水産加工会社の)人が社長や専務クラスの人なので、断るのは難しかったです。悪しき風習に染まってしまって、悪いことをしているという意識が薄まっていたと思います」

報告書によると、漁協では若い頃に計量を担当した人が昇進して現場に戻るなど、水揚げの仕事を経験者で回す人事異動が行われてきた。

これが、若い頃に築いた業者との癒着がその後も続いていく原因となっていたとみられている。

内部告発も生かされず

さらに報告書には、過去の不正について内部告発があったことも記されていた。

それは、2008年から約3年間にわたり続いていたとみられる窃盗行為に関するものだ。

焼津漁協の職員4人が関与し、計量していないカツオを漁協職員の親族が働く焼津市内の冷凍倉庫に運び込み、4人で報酬を分配していたとされる。

2012年には、漁協の上層部に対して人物名を特定した告発があったが、職員らは関与を否定。

告発のあと、カツオが運び込まれていた倉庫で働いていた漁協職員の親族が死亡し、真相は明らかにならなかった。

漁協の調査報告書

私たちは遺族に面会を繰り返した。

5回目の取材で、この遺族は重い口を開いた。

従業員の遺族
「本人は不正に関わっていて、自殺しました。遺書の内容から、不正の責任を負わされそうになり、追い詰められたのではないかと考えています」

一方、告発で名指しされた職員の1人は、漁協の幹部に昇進していたことがわかった(取材当時/現在は解雇)。

私たちは何度も取材を申し入れたが、この幹部は当時「詳しいことはわかりません」と答えるにとどまり、それ以上は応じなかった。

会見の中で、調査委員会のメンバーの顧問弁護士は、漁協に組織的な問題があったと指摘した。

漁協の顧問弁護士
「計量の仕事を経験した人の多くが、不正に加担したことがあるのは事実だと思います。その職員が組織の中で上にいったときに、自分はやっていなくても、下がやっているのではないかということはわかると思います。聞き取り調査の中で『上に相談してもむだだ』と言った職員もいますし、何人もの職員が『隠蔽体質がある』と話しています。組織として問題があったことは間違いない」

数十年にわたって繰り返された不正。関係者によると被害総額は数十億円にのぼるともいわれている。

自らも逮捕された今回の事件について、どう思っているのか職員にただした。

逮捕された職員
「声を上げようとも思わないっていうのが、正直なところだと思います。不正を繰り返してきた上司に、ダメなものはダメと言ったところで何も変わらない。1人の力で不正をなくすことは絶対にできませんでした。被害を受けた漁業者には、本当に申し訳なく思っています」

組織の立て直しが迫られる漁協

漁協の職員らに、水揚げした冷凍カツオを盗まれた可能性がある各地の漁業者たち。

焼津漁協が開いた説明会では、怒号が飛び交った。

「こちらは億単位でやられている。これは不手際じゃないんだよ、故意でやっているんだから」

「市場の信頼っていうのは人でしょ?これから不正がダラダラ続くと、さらに市場の信用をなくすよ」

焼津漁協が開いた説明会

去年12月、焼津漁協は弁護士や漁業者などでつくる「再発防止委員会」を設置し、具体的な再発防止策の検討を進めている。

これまでの会合では、漁協のすべての職員に不正を行わないことを約束する「誓約書」を提出させることを決め、実際に116人全員に提出させた。

さらに、委員からは「調査報告書ではいまだ解明されていない部分がある。不正に関与してまだ申告していない職員は、事実を申告してほしい」という意見が出されている。

漁協はことし3月には窃盗に関与したことを認めた職員などを処分し、信頼回復に向けて全力で取り組むとしている。

一方、複数の漁協職員は私たちの取材に対し「過去に不正に関与した職員が内部に残っているので、組織の体質を変えるのは難しいのではないか」と話した。

水揚げの現場で行われる「計量」は、水産物を公正に取り引きする上で土台となるものだ。

それが揺らいでいる今、事件をきっかけに漁協が組織を抜本的に立て直せるかが問われている。

捜査は続く

事件の発覚からおよそ半年。

静岡県警は、焼津漁港を舞台とした冷凍カツオの窃盗に、複数の運送会社や水産加工会社が関与している疑いがあるとみて、今も捜査を続けている。

長年水産業界に身を置き、不正な流通に詳しい人物は、私たちの取材に「この業界の闇はもっと根深い」と話した。

実態の解明に向け、今後も取材を続けていきたい。

この事件は「クローズアップ現代」でも紹介しました。詳しい内容はこちらからご覧ください。

  • 社会部記者 田村真菜実 2017年入局
    新潟局と静岡局を経て現所属
    えん罪事件など遊軍担当
    裁判員に選ばれたらやってみたい

  • 静岡放送局浜松支局記者 武友優歩 2019年入局。
    静岡局で事件・司法取材を担当。
    2021年から浜松支局。

  • 静岡放送局記者 木村友 2021年入局。
    静岡局で事件・司法取材を担当。

  • 鹿児島放送局記者 柳沢直己 2021年入局。
    鹿児島局で事件・司法取材を担当。