追跡 記者のノートから主婦は盗みを繰り返した~彼女が向かった先は

2021年9月1日司法 裁判 事件

“玄関のガラスを割り、座敷に上がりました。
仏壇の遺影に手を合わせて「勝手にお邪魔して申し訳ありません」と謝りました”

あわせて2400万円もの現金を盗み、実刑判決を受けたのは、夫や子供と暮らしていた30代の主婦。

犯罪とは無縁だった彼女はなぜ盗みを繰り返していったのか。

法廷に立った主婦

裁判所の法廷に立った30代の小柄な女性。秋田県で夫や子どもと暮らしていた。
彼女は連続窃盗事件の被告として罪に問われていた。

裁判は原則公開で行われ、誰でも傍聴できる。当事者の口から、なぜ事件を起こしたのかが語られる。

捜査段階で語った供述調書の内容も明らかにされる。
彼女はなぜ盗みを始めたのか、そして繰り返したのか。

その詳細が明らかにされた。

“仕事に向かう”ふりをして

夫婦ともに働いていたが、生活は苦しかったという。

ところが、彼女はおととし勤務先を自己都合で退職してしまう。別の仕事を探すが、再就職先はなかなか見つからない。

家計の管理は彼女が担っていた。

退職したことを夫には言えなかったという。

“責められると思い、会社を辞めたことは家族に言えませんでした”(法廷での証言)

毎朝、仕事に向かうふりをして、車で市内を走っていた。

車を走らせた道路

初めての盗み

そんなある日、目に入ったのは1軒の空き家。

おととし7月のことだった。

“最近まで年配の人が住んでいたなら、小銭をためた瓶や貴金属が置かれているかもしれない。カギがかかっていない空き家なら中に入っても気づかれにくいと思い、盗みを思い立ちました”(供述調書など)

見つけた空き家のドアや窓を調べてみると、カギがかかっていない入り口が見つかった。
周囲の目がないことを確認して、家の中に忍び込んだ。

物色すると、あった。金の硬貨だ。手にして急いで現場をあとにした。
貴金属店に売ると1万円余りになったという。

これが、半年にわたる「空き家泥棒」の始まりだった。

エスカレートしていく犯行

朝、家を出て、カギのかかっていない空き家を探しては盗みに入った。

生活費に困れば、また盗みに入った。

繰り返すうち、犯行はエスカレートしていく。
カギのかかった空き家にも侵入するようになる。
手口はスマートフォンで調べた。

“秋ごろにはカギがかかっている空き家にもガラスを割って入るようになりました。ドライバー、軍手、スリッパなどの道具をトートバッグに入れて、いつでも盗みができる状態にしていました。

手ぶらでいるよりも、バッグを持っていると、近所の人に見られても、用事があってその家に来ている人間だと思わせられるからです”(供述調書など)

“仕事に近い感覚に”

同じ地域で繰り返すと足がつくと考え、周辺の市町にも出向くように。

郵便物がたまっていたり、除雪がされていなかったりする家をスマホのメモ機能に登録していた。

盗みに入った空き家

“空き家だと思えば、目を付けておいて、機会があればいつでも入ろうと考えていました。生活費を捻出するための仕事に近い感覚でした”(供述調書など)

仕事感覚。すでに規範意識は麻痺していた。

後の判決でもそう指摘された。

それまで犯罪と無縁の人生を歩んでいた彼女は、わずか数か月で窃盗の常習犯になっていた。

空き家が目立つ集落

裁判を傍聴した記者が、被害に遭った空き家の周辺を歩いてみた。

時折、車は通るものの歩く人は少ない。
地域の人に話を聞くと「ここも空き家、あそこも空き家。管理している子どもはみんな遠くに住んでいますよ」という答えが返ってきた。

たしかに昼から窓のカーテンがしまったままの家が多い。
人が住んでいる気配は感じられない。

周囲には他にも空き家が

侵入盗 5件に1件が空き家

空き家は全国各地で増えている。

背景にあるのは急速に進む高齢化と人口減少だ。

国の調査によると、このうち秋田県では平成30年時点で6万戸余りと推計されている。県内の全住宅の13.6%にあたる。

秋田県警が去年1年間に把握した侵入盗の件数で見ると、5件に1件が空き家。

親が亡くなった後、遺品を整理する前に盗まれてしまうケースが珍しくない。

被害に遭わないためには

被害を防ぐにはどうすれば良いのか。

警察などへの取材をもとにポイントをまとめた。

➀親が元気なうちに貴重品の保管場所を確認
万が一の際にスムーズに整理できるよう、今から準備を。親が認知症になった場合の備えにもなる。

➁空き家っぽくない見た目に
除草や郵便受けの管理などはこまめに。防犯用ライトの設置も有効。

➂不動産業者などの管理サービス利用も
離れた場所に住んでいて近くに頼れる人がいない場合は、不動産業者などの管理サービスも利用できる。

仏壇に手を合わせて…

今回の事件でも、遺品が整理される前の空き家で盗みが繰り返されていた。

彼女はそのうちの1件について、こう振り返っている。

“玄関のガラスを割り、スリッパに履き替えて中に上がりました。座敷に入ると仏壇が目に入りました。年配の女性の遺影が仏壇の下に置かれていました。葬儀の日程表があり、最近亡くなったんだろうなと思いました。

私は手を合わせて『勝手にお邪魔して申し訳ありません』と謝りました。小銭が入っている貯金箱を盗みました”(供述調書など)

被害に遭った空き家

“とんでもない大金を盗んでしまった”

盗みを始めてから半年後の去年1月23日。
この日が最後の犯行となった。

以前から目を付けていた空き家に、いつもの手口でガラスを割って侵入。

屋内を物色したときの様子をこう語っている。

“タンスの扉を開けると棚の上に赤い袋を見つけました。中には帯のついた100万円の束が入っているのが見えました。

盗むしかない、こんなにあればしばらく盗みはしなくて済むと思い、袋ごとトートバッグに入れて盗みました。人があまりいないところで数えようと思い、駐車場の車内で袋の中身を確認しました”(供述調書など)

その額はなんと2400万円を超えた。
初めて目にする大金に、かえって恐怖を感じたという。

“とんでもない大金を盗んでしまったと思いました。経験したことのない怖い気持ちになりました。

しかし、このお金があれば借金も余裕で返せるし、夫や子どもと自由に暮らせる。このまま保管しながら使い道を考えることにしました”(供述調書など)

「もうこれで盗みはしなくてもいい」

“仕事道具”のドライバーは元の場所に片付けて、軍手やスリッパは捨てた。

現金は車の中に隠し、少しずつ使うことにした。

そして、逮捕

約2400万円もの現金は、この家で暮らしていた高齢の女性が生前に保管していたものとみられている。

別の場所に住む息子が遺品整理の際に発見したが、「兄弟で話し合う必要がある」と考え、一時的にそのままにしていたものだった。

犯行から9日後。
管理のため訪れた息子が、現金がなくなっていることに気づき、警察に通報した。

現場から採取された靴底の形が、他の現場で見つかったものと酷似。
その現場で目撃されていた車のナンバーなどから、彼女はすぐに割り出された。
去年2月、逮捕された。

盗んだ約2400万円のうち、使っていたのは約40万円。
使い道は灯油代、車検代、借金返済、スーパーのプリペイドカードのチャージなど。
残りの2360万円余りは、亡くなった女性の息子に返された。

逮捕された彼女は、その日の取り調べにこう漏らした。

“もう家族にあわせる顔がありません。家には帰れません”(供述調書など)

取り調べには素直に応じた。

半年間に50軒余りの空き家などに侵入し、このうち約20軒から現金や貴金属を盗んでいたと認めた。

“もっと夫婦で話し合っていれば”

裁判では夫も証言に立った。

被告の指導監督を約束し、寛大な判決を求めた。


“妻が仕事を辞めていたことは知りませんでした。生活費についてもっと夫婦で話し合えばよかったと反省しています”

被告本人も被害者に謝罪。今後、働いて返済していくと述べた。

被害者の1人にあてた手紙にはこう記されている。

“家族ともっと話し合いをしてよい解決策や協力を得ていれば罪を犯す事も無く、また皆様にご迷惑をおかけするような事も無かったと思っております。

自分が弱かったばかりに大変申し訳ない事をしてしまったと後悔し、心から反省しております”

去年7月、懲役2年の実刑判決が言い渡された。

最初の盗みから約1年後のことだった。

その後、彼女は刑務所に服役した。

今からできる備えを

妻であり、母であり、犯罪とは無縁だった彼女が繰り返した空き家での盗み。

被害者の中には、金額では表せない思い出の品を盗まれた人もいる。

「置きっぱなしにしていたことに責任を感じ、後悔している」

みずからを責める人もいた。

実家の“空き家化”は誰にとっても人ごとではない。

大切な思い出のつまったあなたの実家も、いつか被害に遭うかもしれない。
どうか、今からできる備えを。

  • 秋田放送局記者 國友真理子 2016年入局
    秋田局で警察・司法の取材を担当