2023年10月30日
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モルディブに中国寄りの政権?世界有数の人気リゾート地でなぜ?

白い砂浜に、透き通る青い海。そして美しい珊瑚礁。

日本人のハネムーン先としても人気の世界有数のリゾート地・モルディブで、中国との関係強化を訴える大統領が選ばれました。

なぜ、親中派とみられる大統領が誕生したのか?そもそもモルディブってどんな国?

現地で取材を進めると、大国の間で揺れる小さな島国の難しい立場が見えてきました。

(ニューデリー支局記者 山本健人 / リサーチャー アビシェク・ドゥリア / カメラマン ウダイ・ラマ)

モルディブってどんな国?

インドの南、スリランカの西に位置しているモルディブは、およそ1200の島々からなる島しょ国です。

島々は赤道を挟んで、南北およそ900キロにわたって点在。すべての島を合わせても面積は300平方キロメートルと、東京都の23区の半分ほどの小さな国です。

「モルディブ」は、サンスクリット語の「島々の花輪」を意味する言葉に由来するとも言われていて、その名のとおり島々が26の環礁のグループを形成し、輪を描くように連なっています。

モルディブの首都マレ

人口は50万人余り(2022年モルディブ統計局)。このうちおよそ4割が首都のマレに暮らしています。

主要産業は高級リゾートを中心とする観光業で、コロナ禍前は、日本人を含む年間100万人を超える観光客が訪れていました。また、漁業も盛んで、かつおやキハダマグロなどの水産物を輸出しています。

シーレーンの要衝 2つの大国の接近

モルディブは面積や人口規模から見ると小国ですが、地政学上、重要な位置にあります。

アジアと中東・アフリカを結ぶインド洋の海上交通路=シーレーンの真ん中にあり、石油などの資源や食料などの輸送路として海運の要衝となっているのです。

近年、より注目されるようになった背景にあるのが、インドと中国の台頭です。
特に中国がインド洋への進出を強めるなか、モルディブは両国の綱引きの舞台となっています。

《~2010年ごろ “インド寄り”》

モルディブでは、もともと南アジアの大国でもある隣国のインドが大きな影響力を保ってきました。

1980年代にモルディブでクーデターが起きた際、モルディブ政府の要請に応じて、インドは軍を派遣して鎮圧しました。2004年のインド洋大津波でも、インドはいち早く救援部隊を派遣するなど、安全保障や災害支援などの面で歴史的につながりが深く、モルディブにとっていわば“後ろ盾”のような存在でした。

《2011年~2018年ごろ “中国寄り” に》

一方で、経済大国となった中国は2011年に大使館を開設して以降、モルディブへの影響力を拡大します。さらに2013年に中国は巨大経済圏構想「一帯一路」を掲げ、シーレーン周辺への進出を強めていきました。当時のヤミーン大統領のもと「親中国路線」が進められ、中国の支援による大規模なインフラ事業が行われるようになりました。

中国の支援により建設された「中国モルディブ友好大橋」

それを象徴する1つが「中国モルディブ友好大橋」と名付けられた橋。総工費2億ドルの大半を中国が融資し、国際空港と首都マレの中心市街地が初めて陸路でつながりました。また、首都マレのベッドタウンのあわせて7000戸の高層集合住宅の建設も中国の支援によって行われました。

FTA=自由貿易協定を締結するモルディブ ヤミーン前大統領(左)と中国 習近平国家主席(北京 2017年)

さらに2017年には、モルディブは中国とFTA=自由貿易協定を締結。この際、中国の習近平国家主席は「一帯一路」に触れ、「モルディブと発展の機会を分かち合い、共同の繁栄を実現したい」と述べるなど、両国が関係を強化していくことで一致しました。

《2018年~ また“インド寄り”に》

こうした中国との蜜月ぶりの潮目が変わったのは2018年の大統領選挙でした。親中路線を進めた当時のヤミーン大統領に対して、野党連合の統一候補で「中国から巨額の借金が国民に押しつけられようとしている」と訴えたソリ氏が当選したのです。

モルディブ ソリ大統領

過度な中国依存への不安や多額の債務、それに不透明な契約や資金の流れに疑惑の目が向けられた結果でした。

さらに、同じように中国からインフラ事業の支援を受けていた隣国のスリランカで中国への借金がかさんで港を99年間、中国側に譲渡せざるをえなくなったことも影響を与えたとみられています。

インド モディ首相(右)と会談するソリ大統領(2022年)

当選したソリ大統領(現在)はそれまでの路線を転換し、再びインドに接近するようになりました。
特に防衛面での協力強化を進め、インドの支援によるレーダーシステムの供与や沿岸警備隊施設の建設も発表されました。また、首都マレと近隣の島を結ぶ橋など、インドの支援によるインフラ事業を呼び込み、経済面でも結びつきを強めてきました。

再び問われた2023年 親印か?親中か?

インドか中国かという外交政策は、2023年9月に行われた大統領選挙で再び、争点の1つとなりました。2期目を目指して立候補し、親インド路線の継続を掲げるソリ大統領に対して、中国と関係を強化すべきだと訴える野党の有力候補が立ちはだかったからです。

野党連合の統一候補 ムイズ氏


野党連合の統一候補で首都マレ市長のムイズ氏。親中路線を進めたヤミーン前政権の閣僚として、中国の支援による大規模なインフラ事業に携わった実績をアピールしました。
さらに、問題視したのが沿岸警備隊施設の建設に伴うインド側の関係者の滞在でした。ムイズ氏は、インド軍の部隊が駐留していると批判。モルディブの主権が脅かされているとして、インドとの関係を見直すべきだと主張しました。

ムイズ氏
「インドの部隊を退去させることでしか、われわれは主体性を取り戻せない。それは議論の余地なく行われるべきだ」

一方、インド寄りの路線をとってきたソリ大統領は、駐留しているのは部隊ではなくあくまで技術者で、滞在の目的も建設支援だと反論しました。

ソリ大統領
「いまモルディブで軍事的な活動を行う外国の部隊はなく、これまでもなかった」

印中めぐる論戦に市民は?

両候補が繰り広げる激しい論戦について市民の受け止めはさまざまでした。

中国支援の集合住宅で暮らす男性
「中国による投資が増えることはいいことだと思います。中国はほかの国よりも緩い条件で融資をしてくれるので歓迎します」

地元の漁業者
「モルディブは小さな国なので、自分たちだけでは領海を守ることができません。インドがインド洋の安全を守るべきです。インドを重視する外交政策を支持します」

「親中派」政権が誕生、なぜ?

決選投票の結果、ソリ大統領が有利との事前の世論調査の予想を覆し、親中派のムイズ氏がおよそ54%の票を獲得し、ソリ大統領を破りました。

再び、モルディブ国民は「中国寄り」の路線を選択したのはなぜか?

専門家は、物価高騰や住宅不足などに市民が直面する中、中国の巨額な経済支援や投資が生活改善につながると主張したムイズ氏が現政権への批判票を取り込んだことや、市民の間でインドがモルディブの主権に干渉しようとしているとの認識が広がったことなどが背景にあると分析しています。

ただ、新政権もインドとの関係を無視することはできないと指摘しています。

モルディブの外交政策に詳しいグルビーン・スルタナ氏

グルビーン・スルタナ氏
「インドからの経済支援も増えているほか、医療支援や安全保障などインドの協力は不可欠です。今後5年間で、中国による開発プロジェクトなど経済的な関与が強まることは疑いの余地がありませんが、いかなる形であれ、近隣国であるインドの国益を損なわないように配慮していかなければならないでしょう」

取材後記

中国の習国家主席は、選挙戦のあと当選したムイズ氏に「両国の未来に向かう全面的な友好協力パートナーシップが絶えず新たな進展を遂げるよう推進することを願う」とする祝電を送りました。一方、インドのモディ首相も祝意を表して、友好関係をつなぎとめようという姿勢を示しました。

今後、モルディブは両国とどのような関係を築いていくのだろうか。

取材中に乗り合わせたタクシー運転手のことばが、私の頭から離れません。

「中国もインドも結局は国益が大事なのです。本当に私たちの生活を良くしてくれるかはわかりません」

モルディブは経済発展を遂げてきた一方で、経済格差の拡大や失業問題などの深刻な社会課題を抱えています。また、領海での密漁や麻薬取引などの脅威にも直面しています。

国民の安全を守り、生活を改善するために、2つの大国とどう向き合うべきなのか、これからも問い続けることになりそうです。

(9月28日 BS国際報道2023などで放送)

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