
「コップの半分以上水を入れた。あとは日本の『誠意ある措置』によってコップがさらに満たされると期待している」
太平洋戦争中の「徴用」をめぐる問題で、新たな解決策についてこう述べた韓国のパク・チン(朴振)外相。
韓国政府はどんな解決策を発表したのか。そもそも「徴用」をめぐる問題とは。詳しく解説します。
(ソウル支局記者 大谷暁 長砂貴英)
そもそも「徴用」めぐる問題とは?
太平洋戦争末期の1944年、日本政府は、統治下にあった朝鮮半島にも「国民徴用令」を適用しました。
戦争の長期化によってあらゆる産業で労働力が不足していたことが背景にありました。
1944年以前は民間企業による「募集」や行政による「官斡旋(あっせん)」などさまざまな形で日本に渡った人たちも多くいました。

一方、韓国政府は、「国民徴用令」の適用前に日本に渡った人たちも「徴用された」と位置づけています。
「徴用」めぐる問題 日本の立場は?

日本と韓国は、1965年の国交正常化に伴って結んだ日韓請求権協定で「請求権に関する問題が、完全かつ最終的に解決された」と明記し、日本政府は、この協定で「徴用」をめぐる問題は解決済みとの立場です。

協定で日本政府は、有償・無償であわせて5億ドルの経済協力を約束しました。
「徴用」めぐる問題 韓国の立場は?
韓国政府は1970年代に、日本からの資金を運用して、「徴用」で死亡したと認定した人に対し、ひとり当たり30万ウォンを支給しました。
また、韓国政府は2008年以降、これまでの補償が道義的に不十分だったとして「徴用された」と認定した人や遺族に対しても、慰労金の支給や医療支援を行ってきました。
“解決済み”なのになぜ問題に?
2012年に韓国の最高裁判所が「徴用」をめぐって「個人請求権は消滅していない」 とする判断を示し、日本企業に賠償を命じる判決が相次ぐようになりました。
そして2018年、韓国の最高裁で日本企業に賠償を命じる判決が初めて確定すると、原告側は企業が韓国国内にもつ資産を差し押さえて売却することを認めるように地方裁判所に申し立てました。

こうした動きに日本政府は強く抗議。
「日韓関係の法的基盤を根本から覆すものだ」として、韓国政府に国際法違反の状態を是正するよう求めてきましたが、当時のムン・ジェイン(文在寅)政権は三権分立の原則から司法判断を尊重しなければならないという立場を一貫してとったため、日韓関係は「戦後最悪」とも言われるまでに冷え込みました。

事態打開のきっかけは?
去年5月の政権交代で、日本との関係改善に意欲を示すユン・ソンニョル(尹錫悦)政権が発足したことで、韓国政府は日本企業の資産の「現金化」が行われる前に問題の解決を図りたいという姿勢を打ち出すようになりました。

韓国政府は問題の打開策について話し合う官民合同の協議会を設置。
4回にわたって開かれた会合で、有識者らがさまざまな案について議論を重ねたほか、最高裁に対して「日本との外交協議を続けている」などとする意見書を提出しました。
今回の解決策とは?
判決で賠償を命じられた日本企業に代わって、韓国政府の傘下にある財団が原告への支払いを行うというものです。
財源は韓国企業などの寄付で賄う見通しです。
韓国外務省の高官は、財団が原告に支払った相当額の返還を日本企業に求める「求償権」について「いまのところ求償権の行使は想定していない」としています。

パク外相
「冷え込んだ両国関係は事実上放置されてきた。今後は、韓日関係を未来志向的により高いレベルに発展させていきたい。過去の歴史について日本から新たな謝罪を受けることがすべてではない。日本がこれまで公式に表明した反省と謝罪の談話を一貫して忠実に履行することがより重要だと考えている。関係の未来志向的な発展のため、両国の経済界が自発的に貢献する案を検討していると聞いている。コップの半分以上水を入れた。あとは日本の『誠意ある措置』によってコップがさらに満たされると期待している」
専門家はどう見る?
韓国政府が発表した解決策について、日韓関係に詳しく、現在はソウルで研究活動をしている慶應義塾大学の西野純也教授に話を聞きました。

※以下、西野教授の話
なぜこのタイミングで発表?
ユン大統領は、選挙期間中から日韓関係改善を強く訴えていて、選挙から1年たったということもあり、努力を尽くしたと感じている可能性はあります。
そして、朝鮮半島情勢が北朝鮮の強硬な姿勢もあってますます緊張することが予想される中で、これまで以上に日米韓の3か国の安全保障協力が必要になってきます。
そのなかで日韓関係を改善することで安全保障協力に拍車をかけたいというねらいもあったのだと思います。
また、ユン政権の立場からすると、来年、2024年4月の韓国の総選挙が当然、念頭にあります。韓国では日韓の問題は政治的に重要なイシューになりますので、遅くともことしの前半までにはめどをつけたい、国内の政局が動き始める前に問題を一段落させたいという政治的な意図があったのだと思います。
今後の見通しは?
再び政権交代があった場合、韓国側から問題提起、異議申し立てがある可能性は排除できないと思いますが、今後、ユン政権が国内的な理解を得る作業を十分に進めて行くことができれば、今回の解決策を持続可能なものにできる可能性は十分にあると思います。
一部の原告、関係者は強い反発を示しています。

そうしたなかでユン政権が原告に寄り添う立場を示し続けられるのか、さらには国民に説明を尽くすことができるのか、それに加えて、日本政府が日韓の協力に向けてどれくらい今後、積極的に取り組めるかということが重要になってくると思います。
今回の発表が問題の終わりということではなく、日韓関係改善のための始まりであるということを韓国政府だけではなく、日本政府もしっかりと認識することが必要です。