2022年9月6日
イギリス

イギリス3人目の女性首相 トラス氏って?日本との関係は?

「私は弁は立たないが、率直にものを言う北部出身の女性です」

ジョンソン首相の後任としてイギリスの新たな首相となるリズ・トラス氏。

サッチャー氏、メイ氏に続く3人目の女性首相、トラス氏とはどんな人物なのか。
ウクライナ情勢への対応は?日本との関係はどうなるのか?

わかりやすく解説します。
(ロンドン支局長 大庭雄樹)

トラス新首相ってどんな人?

トラス氏はイギリス・オックスフォード生まれの47歳。

父親は数学の大学教授、母親は看護師で弟が3人います。その1人は姉について「家族でボードゲームをするときも勝たないと気が済まず、負けそうになるといなくなった」と振り返るほど、子どもの頃から負けず嫌いだったそうです。

現在は2人の娘の母親でアメリカの人気歌手テイラー・スウィフトさんのファンを公言。大のエスプレッソ好きとしても知られています。

トラス新首相の経歴は?

オックスフォード大学で政治や経済を学ぶかたわら、中道左派の自由民主党の党員として活動し、王政の廃止や大麻の合法化など、かつてはリベラルな主張を訴えていました。

その後、保守党に移り、大手エネルギー企業や通信会社に勤めながら政治活動を続けて、3回目の挑戦となった2010年の国政選挙で下院議員に初当選しました。

トラス氏が政治活動を本格化させたころに、ともに保守党の党員として活動したナイジェル・フレッチャーさんは当時のトラス氏について「野心的でありながら陽気だった」と振り返ります。

ナイジェル・フレッチャーさん

「トラス氏は1998年、地区の議員を決める選挙に立候補してから何回か落選し、2006年にようやく当選したが、その間、戸別訪問に時間をかけて地元でしっかり活動していた。いまもその原点を決して忘れていないだろう。国政選挙で当選後、財務省の主席担当官を務めたときもインスタグラムにやんちゃな笑顔やウインクしている表情などユーモアのある写真を多く載せて有名になったが、とても彼女らしいと思う」

下院議員になってからは何をした?

キャメロン政権で環境相、続くメイ政権では司法相を任されました。

イギリスのEU=ヨーロッパ連合からの離脱をめぐる2016年の国民投票では残留を支持したものの、その後、離脱支持に転じました。現在ではEUに対する強い姿勢で、離脱強硬派の支持を得ています。

日本との経済連携協定に署名(2020年10月23日) 

ジョンソン政権では2020年、国際貿易相として日本との経済連携協定に署名しました。2021年9月に外相に就任してからはウクライナ侵攻の構えを見せたロシアへの制裁にいち早く動き強硬な姿勢を示すとともに、ウクライナに対する支援を推し進めてきました。

政治姿勢だけでなく、服装などもイギリス初の女性首相として強いリーダーシップを発揮したサッチャー氏に似ているとして、その愛称にちなんで「鉄の女2.0」と呼ぶメディアもあります。

党首選挙でのトラス氏の勝因は?

最大の争点となった経済政策で「直ちに減税する」と早い段階で打ち出し支持を広げたこと、そしてスナク前財務相との対比を意識したイメージ戦略にも成功したことです。

スナク氏(左)とトラス氏

スナク氏が、インドのIT大手創業者の娘である妻の納税問題をめぐって「富豪」や「特権階級」と批判されたのに対し、トラス氏は「イングランド北部出身の率直な物言いの女性」ということを強調し、スナク氏ほど弁は立たないが有権者により近い存在としてアピールしました。

また、不祥事が続いたジョンソン首相に対し財務相だったスナク氏がいち早く辞表を提出して退陣の流れを作ったことが、首相を支持する保守党員の間では「裏切り者」という見方が広がりました。一方、トラス氏は政権に残る道を選んだことで「忠臣」として好意的に受け止められたといえます。

トラス新首相 今後の課題は?

最大の課題は、10%を超える記録的なインフレ率にどう対応するかです。

バス運転手らによる抗議活動

インフレやウクライナ情勢を受けて、10月から平均的な家庭の光熱費は年間で80%増える見通しで、1年間の支払いが日本円で最大25万円以上増えることになります。

こうした状況の中、8月には鉄道や郵便、それに港などで働く労働者あわせて20万人以上が相次いでストライキを実施するなど、物価高騰に対する国民の不満は高まっています。

党首選挙で減税やエネルギー価格高騰に対する家庭への支援など、多くの公約を掲げたトラス氏がスピード感をもって実効性のある政策を打ち出し、目に見える成果を上げることができるか注目されます。

ウクライナ情勢への対応はどうなる?

トラス氏は外相としてジョンソン政権の外交を担ってきました。そのため、基本的にはこれまでの路線を踏襲し、ウクライナへの軍事侵攻を続けるロシアへの対抗措置に最も力を入れるとみられます。

イギリス軍によるウクライナ兵への訓練の様子

トラス氏は外相としてロシアへの制裁を主導。イギリスは兵器の供与や兵士の訓練といったウクライナ支援をヨーロッパで最も強く推し進めてきました。

ロシアの脅威に対抗するため、トラス氏はGDPに占める国防費の割合をこれまでの2%台から2030年までに3%に引き上げると主張しています。

就任後、最初に行う電話会談の相手はウクライナのゼレンスキー大統領だとし、最後の討論会でも「ウクライナへ最大限の支援を行うことが重要だ」と強調していました。

中国とはどう向き合っていく?

一部メディアは、トラス氏が首相に就任早々、中国の位置づけをこれまでの「競争相手」から国家の安全に対する「脅威」に引き上げると報じています。

イギリスはキャメロン政権のとき、中国と経済的な結びつきを強めて国益につなげる政策をとっていましたが、中国が香港への統制を強めたことなどを受け、対決姿勢に転じました。その転換の中心を担った1人がトラス氏でした。

トラス氏は選挙戦で、中国企業が運営する動画共有アプリ「TikTok」など、中国のIT企業を取り締まるべきだとも発言しています。「トラス氏は中国に対してアメリカ政府内のタカ派よりも強硬だ」と指摘する専門家もいて、中国に対して対決姿勢を鮮明にする可能性があります。

日本との関係はどうなる?

お互いを「基本的価値を共有するグローバルな戦略的パートナー」と位置づけている日本とイギリス。

イギリスの政治や外交に詳しい慶應義塾大学の細谷雄一教授はトラス氏率いる新政権で関係強化がさらに進むと指摘しています。

慶應義塾大学 細谷雄一教授

「過去100年でおそらく現在の日英関係は最も良い状態だと思えます。この5年ほどの間でインテリジェンスの共有や装備、共同訓練など、日英での協力は飛躍的に改善し、事実上の同盟と言っていい状態にあります。日英関係は明らかに新しい次元へと大きく前進しつつあり、それを促進したのがトラス外相だったことから、首相になった場合もこの方向に進むと思います」

両国の関係は特に安全保障と経済の分野でさらに強化されるものと見られます。

安全保障では、自衛隊とイギリス軍による共同訓練などを円滑に進めるための協定の早期締結を目指しているほか、航空自衛隊の次期戦闘機をめぐっても両国の企業がエンジンの共同研究を始めています。

経済では、トラス氏が国際貿易相として署名した経済連携協定に加えて、イギリスはTPP=環太平洋パートナーシップ協定への加入も申請していて、日本はこれを支持する立場を示しています。

日本としては、イギリスとの結びつきを強めながらもトラス政権の強硬姿勢が世界情勢にもたらす影響も見据えて提言をしていくなど建設的な関係を築くことが重要です。

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