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「音楽には、人の心を救う力があると信じています。過酷な時にこそ、音楽で人々を励ましたい」
こう話すのは日本人指揮者、吉田裕史さんです。
“音楽の力”でウクライナの人に幸せ、そして希望を届けたい。
その思いを胸に、防空警報が鳴り響くウクライナで、吉田さんはタクトを振りました。
(国際部 記者 松本弦)
音楽家としての使命感
「今、ウクライナは本当に一番過酷な時です。そういう時に、音楽の力で励ましてあげたい。希望を感じてほしい。『音楽家として行かないといけない』という使命感を感じました」
ウクライナ南部の都市オデーサで、2023年9月、1人の日本人がオペラの公演を指揮しました。
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その日本人は、吉田裕史さん(55)。イタリアを拠点に、国際的に活躍する指揮者です。
名門、ボローニャ歌劇場のオーケストラで芸術監督を務めたこともあり、イタリアを代表する作曲家、プッチーニのオペラのスペシャリストとして知られています。
吉田さんは、2021年から、オデーサの歌劇場の首席客演指揮者を務めています。
しかし、世界的に感染が拡大していた新型コロナの影響で、予定されていた演目はすべて延期。さらに2022年2月、ロシアによる軍事侵攻が始まり、吉田さんは就任以来1度もオデーサを訪れることができていませんでした。
攻撃が続く中でも公演を再開した歌劇場
そんな吉田さんの心を揺さぶったのは、オデーサで音楽に関わる人たちの姿でした。
オデーサは19世紀の美しい町並みが残る港湾都市。歴史地区はユネスコの世界遺産にも登録され、「黒海の真珠」とも呼ばれています。
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そして、その中心部にある歌劇場は、世界でもトップレベルのオペラやバレエなどの公演が行われる「街のシンボル」として市民に親しまれてきました。
それが、軍事侵攻ではオデーサも繰り返し攻撃の標的になり、歌劇場は一時公演を休止せざるを得ませんでした。
ところが、歌劇場は数か月ほどで再開。それから歌手や劇場の関係者たちは、攻撃を受ける日々の中でも休むことなく公演を続けたのです。
吉田裕史さん
「とにかく音楽を市民に届けようと、すぐに劇場を再開して、それからずっとやっている。音楽家のみなさんは逃げずに街に残った。音楽を奏でるために、劇場にとどまったんです。本当に驚くべきことです」
歌劇場に関わる人たちの姿に胸を打たれた吉田さん。
9月に開幕するオペラのシーズンに合わせて現地に赴き、音楽を届けようと決意しました。
”聴衆が待っている”
音楽は困難な状況にある人たちの救いになる。
吉田さんがその思いを強めたのは、ロシアによるウクライナへの軍事侵攻が初めてのことではありません。
新型コロナの感染拡大が長く続く中、吉田さんはある経験をしました。
感染防止対策が求められ、多くの人が集まるコンサートの開催が難しくなっていた当時。
なんとか音楽を届けたい。そんな思いを募らせていた吉田さんに「演奏してほしい」と声をかけてきた人がいました。
それは病院の関係者でした。
「人々の心が本当に救われるんです。だから、来てください」
そう言われたのだといいます。その声に背中を押されて、病院を訪問して演奏を指揮した吉田さん。
コロナ禍のような困難な時でも、音楽は必要とされ、聴衆が待っている。吉田さんは、確信したといいます。
死と隣り合わせの日常の中で
2023年9月5日。吉田さんはウクライナに入国。歌劇場が用意した車でオデーサに到着しました。
その日の深夜、吉田さんが休んでいると、けたたましいサイレンの音が鳴り響きました。
防空警報です。
ロシアによる攻撃のおそれがあるため、吉田さんは急いでホテルの地下にあるシェルターに避難。
滞在中、吉田さんはシェルターへの避難を2度経験しました。
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死と隣り合わせの日常。
ウクライナの人たちは、そんな恐怖を感じながら暮らさなければならない。
吉田さんは、そんな現実を肌で感じ、ウクライナの人たちにいっときでも、恐怖から解放され、幸せと希望を感じてほしいとの思いを強くしました。
同じ思いを持った仲間として
吉田さんが、今回のオデーサでのオペラの公演で選んだ演目は、プッチーニの「ラ・ボエーム」。
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パリを舞台にした若者たちの、愛と友情の青春群像劇です。
今回の公演を通して、愛や友情の思いを届けたいと考えた吉田さんにとって、「ラ・ボエーム」は、まさにこのメッセージが込められたオペラだと考えたのです。
そして、主役を務めたのは、地元オデーサに暮らすソプラノ歌手、マリーナ・ナイミテンコさん。
今回の公演を通じて、吉田さんとの親交を深めました。
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ナイミテンコさんも、ほかの仲間たちとともに防空警報が鳴り響く街にとどまり、音楽活動を続けてきました。
恐怖を感じても避難せずに公演を続けてきたのは、何よりも聴きに来てくれる市民がいたからだったといいます。
ナイミテンコさん
「戦争が始まった時、私はオデーサにとどまりました。聴きたい、見たいと言ってくれる人たちがいるのです。だから、ここに残ろうと決めました。みんなのために私ができることは、歌うことだけでした」
そんな思いを胸に活動を続けてきたからこそ、自分たちと同じように「ウクライナの人々に音楽を届けたい」という強い意志を持ってタクトを振る吉田さんに、心を動かされたといいます。
ナイミテンコさん
「私たちは今、困難な状況に追い込まれています。私について言えば、仕事だけが救いです。舞台に上がり、人々を助けられることがとても嬉しいのです。そのような時に、吉田さんの思いは支えになるものです。アーティストにとっても、多くの人々にとっても大切なことです。吉田さんは私たちがこの困難を乗り越えるのを助けてくれているのです」(ナイミテンコさん)
力強く悲しみを乗り越えていく
9月10日夕方、歌劇場が開場。観客が続々と訪れ、会場はほぼ満員になります。
そして、吉田さんが指揮台に立つと大きな拍手が起き、オペラの幕が上がりました。
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舞台は19世紀のパリのクリスマス。
芸術家として活躍することを夢見る若者たちの1人が、ナイミテンコさん演じる「ミミ」と出会い、恋に落ちます。
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2人は楽しい時間を過ごしますが、やがてミミは重い病にかかります。
クライマックスは最終盤。
ミミが恋人や友人に見守られながら静かに息を引き取るシーンです。
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愛と友情、そしてその先に待つ大切な人の死。
吉田さんがクライマックスで伝えたかったのは、力強く悲しみを乗り越えていく若者たちの姿でした。
約2時間半のオペラが終わると、客席には、涙を流し、スタンディングオベーションする人たちの姿がありました。
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一刻も早く、心から音楽を楽しめる日を
オペラを見て喜ぶ観客たちの姿を見て、吉田さんとナイミテンコさんは、音楽には人々に幸せと希望を届ける力があることを改めて実感していました。
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ナイミテンコさん
「私の持てるエネルギーや感情を捧げました。そして観客の拍手は、その思いを受け取ってくれた証しです。吉田さんと一緒に仕事ができてとても幸せでした」
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吉田裕史さん
「本当にうまく行きました。全身全霊で演奏したことが音楽を通して伝わりました。みんなウクライナ語で『ジャークユ』(ありがとう)と言ってくれて。また来てくれとか、また見たいとか。涙を浮かべていたり。私からは『本当に頑張って』と言いました」
「オペラがある日、コンサートがある日は、朝から本当にうきうきする日なんです。安全で平和で、何の心配も無く劇場に来られるようになってほしい。終わったあと、劇場を出てすぐに防空警報が鳴るのではなく、本当に落ち着いて、心から音楽を楽しめる日が一刻も早く戻ってきてほしいです」
(9月22日 BS国際報道2023で放送)