2023年12月27日
パレスチナ イスラエル タイ アジア 中東

「ハマスはタイ語で呼びかけてきた」生存者が証言 外国人も標的に?

「地下トンネルから生きて出られるとは思っていなかった」

50日間、ハマスの人質となっていたタイ人の男性はこう語り、当時の状況を生々しく証言しました。

休戦期間中に解放された人質のうち、タイ人は23人と外国籍では最多です。

そもそもいったいなぜ、これほどタイ人が人質となっていたのか。10月7日にいったい何が起きたのか。取材しました。

(アジア総局記者 鈴木陽平 / 加藤ニール / ディレクター 白水康大)

ハマス人質 地下トンネルでの生活は?

10月7日の奇襲攻撃の際、イスラエル人だけでなく、多くの外国人も人質にとったハマス。

外国籍の人質の中には、ガザ地区周辺の農場などで働いていたタイ人が多く含まれていました。

タイ東北部出身のナタポン・オーンケーオンさん(26)もその1人です。2年前からイスラエルの農園で果物を栽培する作業員として働いていました。

イスラエルの農場で働いていた時のナタポンさん(2022年)

10月7日の朝7時ごろ、ナタポンさんが朝食の準備をしていたところに突然、ハマスが押し入ってきたといいます。

タイ人の同僚とともにハマスに拘束され、手を縛られ目隠しをされた状態で長時間歩かされてガザ地区の地下トンネルに連れていかれました。

帰国後 インタビューに答えるナタポン・オーンケーオンさん

ナタポンさん
「私が連れて行かれた部屋にはタイ人4人とイスラエル人2人のあわせて6人がいて、最初の1週間は手を縛られていました。
天井は低く、部屋も狭くて壁はコンクリートで覆われ、頑丈な鉄のドアがあるだけでした。ドアが閉められると外の音は何も聞こえませんでした」

ナタポンさんは50日にわたって地下トンネル内の施設で拘束されていました。

イスラエル軍が公開した地下トンネルの部屋(パレスチナ ガザ地区 2023年11月)

11月25日にほかのタイ人とともに解放されたときには体重が8キロ落ちていたというナタポンさん。地下トンネルでの生活について、次のように語りました。

ナタポンさん
「食べ物は朝と夕方の2回、パンが1人1つ与えられました。水は小さなペットボトルが2人につき1本しか与えられず、分け合って飲むという状況でした。
トイレは別の部屋にあって、使うときにはハマスの戦闘員2人が見張っていました。
地下トンネルから生きて出られるとは思っておらず、怖くて毎日、30分から1時間くらいしか眠れませんでした」

帰国直後 出迎えた母親と抱き合うナタポンさん

ナタポンさんは12月に入って故郷タイ東北部の家族のもとに帰ったあと、NHKなどの取材に応じました。

「家に帰ることができてただただうれしい」

そう話したナタポンさんですが、10月7日にハマスの襲撃を受けた際、走って逃げようとしたタイ人の同僚2人が目の前で射殺された光景が頭から離れず、「今でも怖くてうまく説明することができない」と話すなど、心の傷が癒えていないことを伺わせていました。

「ハマスは“タイ語”で呼びかけてきた」

タイ人の人質はこれまでにナタポンさんを含む23人が解放されましたが、10月7日以降、犠牲になったタイ人はわかっているだけでも39人。

そして、8人は依然としてハマスの人質となっていると見られます。

なぜこれほど多くのタイ人が巻き込まれたのか。話を聞くと、ハマスがタイ人も標的にしていた可能性が見えてきました。

証言してくれたのは、イスラエル南部の農園で働いていたクリアンサック・パンスリーさん(37)です。

クリアンサック・パンスリーさん

クリアンサックさん
「朝、ハマスの戦闘員が農場に来たときはなんとか見つからずにすんだのですが、夕方になってまた銃声が聞こえてきました。『ハマスの戦闘員がまた戻ってきた』とみんなパニックになり、部屋にいる全員が身を伏せました。
そして、静かになったかと思うと、戦闘員が宿舎の入り口に近づき『タイ人のみなさん、こんにちは』とタイ語で呼びかけてきたんです。まるで私たちにドアを開けさせようとしているようでしたが、誰も動きませんでした。
すると、玄関に火をつけられ、あっという間に天井まで燃え広がってしまいました。このままだと焼け死んでしまう。でも、外に出たら銃で撃たれて殺されるかもしれない。そんな中、同僚の1人が熱さに耐えきれず外に出たのですが、銃声がしなかったので、みんな一斉に外に出たのです」

外にはすでにハマスの姿はなかったため、宿舎の裏のオレンジ畑で一夜を明かしたクリアンサックさん。

翌日の昼になってイスラエル兵に保護され、着の身着のままで逃げ延びてイスラエルから退避しました。

タイ語で呼びかけられた状況を説明するクリアンサックさん

タイに帰国した後、多くの仲間が銃撃で亡くなったり、人質となったりしたことを知り、自身は人質になるのをまぬがれたものの、「ハマスは計画的に自分たちタイ人を狙ったのではないか」と考えています。

なぜタイ人が標的に?

生存者の証言からは、ハマスの戦闘員にタイ語で呼びかけられた人がほかにも複数いたことがわかっています。

その背景について、専門家は「ハマスが多くの労働者を送り出しているタイ政府からの圧力などを期待していた可能性もある」と指摘します。

慶應義塾大学 田中浩一郎教授

田中教授
「今回のハマスの攻撃はできるだけ多くの人質をとるということから始まっていると思うのですが、同時にこの農場などで外国人が働いているということもわかった上で、その中の適切な人材を人質にしたということだと思います。
タイの労働者というのは中東でもいろいろな国に出稼ぎに来ています。そこで何かトラブルが起きた際、タイ政府は相手国政府に対して非常に強く申し入れなどをする、そういうケースがわりと見られます。
そういう点では、ハマスから見るとタイは頼りになる政府ということになります。
人質の帰属する政府からイスラエル政府に対して、むやみな攻撃を加えないようにというけん制や抑制をきかせるような要請や圧力が加えられることを期待してのことだと考えています」

ガザ地区とイスラエルの境界を越えるハマスの戦闘員(2023年10月7日)

さらに田中教授は、パレスチナ人がタイ人のような外国人の出稼ぎ労働者に仕事を奪われてきたことも背景にあるのではないかと分析しています。

田中教授
「この農場『キブツ』ではもともと、パレスチナ人が雇われて働いていたケースが多かったのですが、イスラエルが分離政策を強化して壁をつくり、人の往来を極端に遮断したことによってパレスチナ人が職を追われました。
その代わりがタイ人であったりネパール人であったり、いわゆるアジア系の人たちだったわけです。そういう点においては、ある種自分たちから職場、あるいは仕事を奪った相手であるということも、タイ人を狙ったもう1つの背景、意図にあるのではないかと思います」

悲しみに包まれるタイ農村部

イスラエルで農業などに従事するタイ人はおよそ3万人。

ガザ地区の近くではそのうち5000人以上が働いていたとされ、その多くが貧しいタイ東北部の出身でした。

避難したタイ人の農業労働者ら(イスラエル アシュケロン近郊 2023年10月11日)

労働力不足を解決したいイスラエルと、地方の貧困問題を抱えるタイの思惑が一致したこともあり、2012年には両国間で協定が結ばれ、ビザの緩和や最低賃金の保障などが取り決められました。

日本など、ほかの国では必要な渡航前の語学の試験がイスラエルでは必要なく、農業の経験者が求められていたことなどから、毎年5000人のタイ人がイスラエルから募集され、タイの出稼ぎ労働者の人気の行き先の1つとなっていたのです。

タイ東北部コンケーン県の農村からも、夢をいだいてイスラエルに向かった兄弟がいました。

兄のアピチャートさん(左)と弟のポンテープさん

兄のアピチャートさん(29)と弟のポンテープさん(26)です。

母親にイスラエルでの出稼ぎを勧められ、家計を支えるためにガザ地区の近くの畜産農場で働いていました。

月収はそれぞれ、7万バーツ(日本円で28万円ほど)。コロナ禍で収入が減る中、家族にとって魅力的な金額でした。

ハマスによる攻撃で2人の息子を失った父親のランプイ・クサラムさん(62)。

2人の息子を亡くしたランプイ・クサラムさん

自身もブルネイや台湾で10年以上働き、家族を養ってきましたが、なぜ息子たちをイスラエルに出稼ぎに行かせてしまったのか。

棺に入れられて村に戻ってきた息子を前に、自分を責めています。

ランプイさん
「自分自身に腹が立ちます。お金もなく、子どもたちを苦しめて海外で働かせるなんて。子どもたちの面倒も見ることができず、息子たちがかわいそうでなりません。
こんなことが起きるなんて想像もしていなかったし、受け入れられません。私にお金さえあれば…」

取材を終えて

ふるさとから遠く離れた異国の地で、家族のために働いていた東南アジアの若者たちも犠牲になっている今回の衝突。

「家族を思って必死に働いていただけなのに、どうしてこんなことになるのか」

イスラエルから運ばれてきたひつぎを迎えた村の人たちは口々にこう嘆いていました。

人質の解放が進んだ休戦期間は1週間で終わり、再び戦闘は激化してガザ地区での死者は2万人を超えています。

民間人の犠牲をこれ以上出さないためにも1日も早く停戦が実現し、いまもガザに残された人質全員が解放され、帰りを待ち望む家族と無事に再会できることを願わずにはいられません。

(12月4日 BS国際報道2023などで放送)

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