2022年7月19日
ウクライナ ロシア

ロシア侵攻 日常戻りつつあるウクライナと“もうひとつの現実”

ビールで乾杯。響く楽しそうな笑い声。

軍事侵攻が続くウクライナの首都キーウは、明るい雰囲気に包まれていました。

街の中は、一見「日常」を取り戻しつつあるかのように見えました。

ただ、街を歩いてみて見えてきたのは「もうひとつの現実」でした。
(ウクライナ現地取材班 関谷智)

にぎわうオープンテラス

キーウ市内のオープンテラス

たくさんの客でにぎわうレストラン。よく冷えたビールで乾杯する人たち。楽しそうな笑い声が響く街の中。

それまで、日本でウクライナ情勢の動きを追っていて、街なかは暗い雰囲気に包まれているんじゃないかと想像していた私にとって、「キーウの今」は少し意外でした。

キーウに初めて入ったのは7月初旬。

オープンテラスにはテーブルといすが並び、客たちは名物のボルシチや豚料理などに舌鼓を打っていました。

防空警報は、数か月前にはキーウでも1日に何度も鳴っていたといいますが、現在は、ほとんど鳴ることはありません。

一緒に取材する現地のスタッフによると、軍事侵攻が始まってから、たくさんの店が営業を休止していましたが、最近では、侵攻前に比べて8割くらいの店が再開している感覚なのだといいます。

一時は国外などに避難していた人が少しずつ戻り、「日常」を取り戻しつつあるのかもしれないと、その時は感じました。

街の中に増えているもの

ただ、街の中を歩いてみると、ウクライナが今もロシアの侵攻を受けていることを思い起こさせるものがたくさんありました。

キーウ市の市庁舎に掲げられた横断幕

「アゾフスターリ(製鉄所)マリウポリを守った兵士を解放せよ」

キーウ市の市庁舎の正面に掲げられた横断幕にはこう書かれていました。

アゾフスターリ製鉄所は、東部の要衝マリウポリでウクライナ側が拠点としていた場所です。

ロシア軍に包囲され、ウクライナの「アゾフ大隊」(※)がロシア軍と激しく戦いました。

しかし5月、「アゾフ大隊」の兵士が投降し、2400人以上が捕虜となりました。

一部は解放されましたが、ほとんどの兵士は、今も居場所や安否すら不明のままとなっています。横断幕に書かれていたのは、こうした兵士たちの解放を訴えるものでした。

※アゾフ大隊
2014年、ウクライナ東部の親ロシア派の武装勢力と戦うため義勇兵などで結成。ウクライナの準軍事組織の精鋭部隊として、製鉄所を拠点に徹底抗戦した。

広場にあるたくさんのウクライナ国旗

また、中心部にある独立広場を訪れると、数え切れないほどたくさんのウクライナ国旗が立ち並んでいるのが見えました。

近づいてよく見てみると国旗には文字が書き込まれていました。

それは亡くなった兵士やジャーナリストたちの名前でした。

その数は、取材に訪れた時点で500以上。

ウクライナ東部では今も激しい戦闘が続いているため、現地スタッフによると、国旗の数は増え続けているということです。

またその場には、追悼の言葉をつづるノートも置かれていて、道行く人が足を止めて書き込んだり、写真を撮ったりしていました。

日常の中の“戦場”

このほかにも、今も戦闘が続いている現実と向き合わざるをえないものもありました。

独立広場とは別の広場を訪れると、大破したロシア軍の戦車や装甲車が展示されていました。

兵士たちが最前線でロシア軍と今も戦う現状を意識してもらおうと、国立軍事史博物館が企画した展示です。

展示されたものの中でも目をひいたのが、緑色の乗用車でした。

ボンネットにロシア語で“子ども”と書かれた紙が貼られた車

ボンネットにはロシア兵が理解できるよう、ロシア語で「子ども」と書かれた紙がテープで貼り付けられていて、フロントガラスは銃弾が当たったのか、割れていました。

車内を見ると、乾いた血の跡のようなものも見えました。

展示された緑色の車には、当時の様子を説明するパネルはありませんでしたが、子どもを連れた家族がこの車で避難する途中で、ロシア軍によって攻撃されたとみられています。

焼け焦げた戦車や装甲車の大きさに比べれば、とても小さな緑色の車。ただ、その場では、大きな存在感を示していました。

キーウの人たちは

一見、戻りつつある「日常」と、今も続く激しい戦闘。

キーウにいる人たちは、どう思っているのか話を聞いてみると、多くの人たちが胸の内を語ってくれました。

「夫はガンで治療が必要なので、これからドイツに行きます。戦闘が長期化していることにとても疲れていて、自宅から逃げた時を思い出すと涙が出ます。キーウが平穏なのはいいことですが、早くロシア軍の侵攻が終わってほしいです」
(ロシアが掌握したとする南部のヘルソン州から、夫と逃げてきたという61歳の女性)

「レストランや映画館で楽しむ自由、私たちの日常を守るために、東部で戦っている兵士たちを誇りに思っています。将来は自分も兵士としてウクライナを守りたいです。一方で、ロシア軍に対しては、憎悪を通り越して、もはや人間ではないとすら感じています。キーウの街は平穏を取り戻していますが、家族や友人たちとは毎日、戦闘の話、特にウクライナ軍がロシア軍に勝利した戦いの話をしています」
(戦車を見に来た19歳の男子学生)

自由な暮らしが取り戻せるように

キーウの美しい街を歩いていると、この国が今もロシアによる侵攻を受けているという現実を、忘れてしまいそうになります。

ただ、窓ガラスが割れた緑の車、名前の書かれたたくさんの国旗、人々の複雑な心境などを見たり聞いたりすると、東部で激しい戦闘が続き、各地にミサイルが撃ち込まれている現実にすぐに引き戻されました。

ウクライナの人たちが再び、自由で平和な日常が取り戻せるように。そのために、ウクライナは戦闘を続けるという選択肢を選んでいる。

突然始まったロシアによる軍事侵攻が突きつけている理不尽な現実の中で、ウクライナの人たちが暮らしている。そんなウクライナの今をかいま見た気がします。

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