100mが僕を裏切ったことはない

山縣亮太

陸上

2020年3月下旬。山縣亮太はオリンピックの延期を伝えるニュースを見ながら、静かに語り出した。

「(延期は)あんまり気にしていないですね。オリンピックは一番大切な試合だけど、そのために全てをかけてやっていくというスタンスがあんまり好きじゃない。とにかく、目の前の事に全力で取り組むという姿勢でずっとやってきたので、どんな状況でも毎日の積み重ねを大事にしたい」

“目の前の事に全力で取り組む” というそのことばは、実に山縣らしいものだった。2019年は、かつてない苦しみを味わったシーズンだった。6月の日本選手権は直前に肺の病を患い欠場。その後も背中や足首など、相次いでケガに見舞われた。

その間、ライバルたちは次々と9秒台へと足を踏み入れていった。山縣が滅多に吐かない不安をもらしたのはこの頃だった。

「これからどうしたらいいんだろう、探している答えが見つからなかったら、最後は才能のせいにするでしょうね。自分はそういう星のもとに生まれてきたっていう」

それでも自分を信じて地道に練習を続けた。大切にしていたのは、他の選手と比較するのではなく、過去の自分と比べて成長することができたかどうかだ。これまでケガをする度に復活し、強くなってきた山縣。自分と向き合い続ける日々を通してたどり着いたのは、戦う相手は“自分自身”という境地だった。

「自己ベストを出したいです。自己ベストを出すということは前の自分よりも100mについて深く知れた時だと思うので。100mという種目は、納得できる練習ができた時はいいタイムが出ます。これまで自分がなまけてダメだったことはあるけど、100mが僕を裏切ったことはないです」

昨日の自分よりも強くなりたい。自己ベストを超え続ける、それが山縣亮太の生き方だ。

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