悔しいだけでは上がれない

御嶽海

大相撲

2022年1月26日午前、出羽海部屋。
大関昇進の使者を待つ御嶽海は、少しひきつった表情で、伝達式の口上を繰り返しつぶやいていた。
だが、同じ出羽海一門の春日野親方と大鳴門親方が使者として到着し、昇進が伝えられると、御嶽海は、はっきりとした口調で口上を述べた。

「謹んでお受け致します。大関の地位を汚さぬよう、感謝の気持ちを大切にし、自分の持ち味を生かし、相撲道にまい進してまいります」

地元、長野県の御嶽山にちなんだしこ名をつけた御嶽海。
学生横綱とアマチュア横綱の2冠に輝くなど活躍し、平成27年の春場所で初土俵を踏んだ。
鋭い出足と力強い突き押しを持ち味に順調に番付を上げ、平成28年の九州場所には昭和以降で5番目に並ぶスピードで三役に昇進。
「大関候補」と呼ばれる中、2回の優勝を果たすも、その後、負け越す場所もあるなど期待に応えられない時期が続いた。
関脇、小結の座を維持しながら、貴景勝や正代に大関昇進を抜かれていった。

「大関候補とずっと言われてきて、いろんな方に先を越されて。すごく悔しい思いもしたし、『大関になる』と言いながらも、言っているだけでは本当にだめだなと実感した。自分の地位にみんなから『慣れたんじゃないの?』とか『もう上に行く気持ちがないんじゃないの?』とか、いろいろ言われたことで、まだ上を目指している自分がいるし、ここにいる自分自身がいやだなと嫌気が差した」

2021年九州場所は11勝4敗の成績で、3場所ぶりに二桁白星をあげた。
そして2021年12月に29歳になり、2022年は20代最後の1年となった。
その最初の場所、三役で自身初となる2場所連続二桁勝利を目指して、みずからを奮い立たせた。

「20代の最後なのに20代前半のような元気のいい相撲を絶対に取って、みんなの気持ちに応えたいというのが一番大きかった。今行かなくて、いつ行くのかなと僕自身の心でも嫌気が差していたので『悔しいだけでは上がれない』、そう思って12月から心を入れかえた」

心技体で一番変わったのは“心”と言った御嶽海。

初場所の中日、8日目にはただひとり勝ち越しを決めた。
「1日1勝」とがむしゃらに目の前の一番で勝つことだけに集中していた。

「いつもはそんなに顔に出さないが、顔に出すことで引き締まる思いがしたので。いつも以上に厳しい顔になった」

しかし、10日目。
同学年で同期入門だった北勝富士に敗れ、今場所初黒星を喫した。

翌11日目。相手は大関昇進で先を越された正代だった。
前日の黒星も含めて「悔しいだけでは上がれない」という言葉の重みが問われる一番だった。

「(北勝富士に敗れて)自分に対して怒りがこみあげてきて、それを大関にぶつけてやろうと。そこは今までになかった。今までは負けても次どうやって勝とうとかばっかり考えていた」

立ち合い踏み込んで、土俵際に押し込むも残され、正代得意の右四つの形に。左の上手も引かれたが、それでも前に出た。

寄り切りで勝ち、場所前から目標にしていた二桁勝利を手にした。

御嶽海は、その後も白星を重ね、千秋楽では横綱 照ノ富士に勝って3回目の優勝を果たした。

自身の中にある大きな壁を乗り越え、ずっと目標としていた大関に昇進した。そして、まだ乗り越えたいものがある。

「追いかけられる存在だけれど、まだまだいろいろ追いかけるものがあると思う。まだ上の番付が1つあるので、そこを目指してやっていきたい」

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