『ありがとう』というのはこたえるよ

星野仙一

野球

2018年1月4日、星野仙一が70歳の生涯を終えた。現役引退後、プロ野球の3球団で監督を務め、その厳しくも熱い指導ぶりから“闘将”とも呼ばれた男だ。

星野が、最後にプロ野球の監督を務めたのが楽天。チームを率いたのは東日本大震災の直後のシーズンからだった。

「東北を熱くしたい」
「震災で苦しんでいる人たちに恥ずかしい試合は見せられない」
「必死にやっていれば、懸命にやっていれば、奇跡は起こる」

就任3年目の2013年、星野はチームを初のリーグ優勝と日本一に導く。
巨人との日本シリーズでは、第6戦で完投したエース田中将大を第7戦の9回にマウンドに送り、日本一をつかみとった。

「考えられないような継投だが、どうしても田中が『行く』と言った。彼がいたからこそ日本シリーズに出られたので、最後はあいつがふさわしいだろうと、彼に託した」

「東北の子どもたち、全国の子どもたち、そして被災者の皆さんに、これだけ勇気を与えてくれた選手たちをほめてあげてください」
「私の就任当時、大震災で苦労したみなさんを見ていると日本一になって皆さんを癒すしかないと信じて戦ってきた。まだまだ被災者の皆さんは苦労しているので、雀の涙でも癒やしてあげられたらと思っていた。本当にありがとう」

その年の11月、仙台で行われた優勝パレードには21万人余りのファンが集まった。星野の耳に聞こえてきたのは「ありがとう」という感謝のことばだった。

「心の片隅の、人生の1ページにイーグルスの楽天の優勝、日本一というものを刻んでくれた。短い間でも、ものすごい前向きな気持ちになったという、いろんなものが含まれて、『ありがとう』ということばになったんじゃなかろうかなと。『ありがとう』というのはこたえるよ。『ありがとう』というのはこたえるよ」

翌2014年、星野は健康上の理由でユニフォームを脱ぐことを決断。ファンとともに喜び、ともに闘い続けてきた4年間だった。

「イーグルスの監督になって本当によかった。最高に幸せな野球人生を送らせて頂いた。本当にみなさん、ありがとう」

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