アスリート×ことば

サッコさんのためにも

サッコさんのためにも

大橋悠依 競泳

2021年4月、競泳の日本選手権。東京オリンピックの代表選考会を兼ねたこの大会で、オリンピックの切符を手にした選手たちはレース後、マイクを向けると喜びをかみしめながら感謝のことばを口にした。その多くは、さまざまな形で支えてくれた家族やコーチへと向けたものだ。
そんな場面で、大橋悠依があげたのは1人の選手の名前だった。

「サッコさんがいたから」
「サッコさんが引っ張ってきてくれた」
「サッコさんは大きな存在」

繰り返し登場した“サッコさん”。それは、リオデジャネイロオリンピック代表で、大橋と同じ個人メドレーを主戦場にしてきた清水咲子の愛称だ。

2020年から大橋がいる平井伯昌コーチのチームで練習してきた。成績が振るわなくても真摯(しんし)な姿勢で練習に取り組みながら周囲を気遣い明るくふるまう清水に、日本女子のエースと言われ、常に結果を求められる立場にプレッシャーを感じていた大橋は救われてきた。
しかしともに代表内定を狙った日本選手権、大会初日の400m個人メドレー決勝で、大橋は東京への切符を手にし、清水はその切符を手にできなかった。

プールから上がった大橋を清水は抱き寄せて声を掛けた「頑張れよ」と。サッコさんはいつもと変わらなかった。

翌日、サッコさんは同じチームの選手全員分の名前が入った応援用のうちわを作って会場にやってきた。そこにはもちろん大橋の名前も。

大会直前、古傷の股関節に痛みが出ていたが、それでも、全力を尽くさなければならない。「頑張れよ」と言ってくれたサッコさんのためにも。
大会4日目。大橋は200m個人メドレーで2位に入りこの種目でも代表に内定した。

4月13日。日本代表のジャージに袖を通した大橋がオンラインで取材に応じた。
開幕が迫るオリンピックへの意気込み。

「ずっとテレビで見続けてきた舞台で、もちろん目標にはしていたけれど、自分が出られるとは思っていなかった。自分の水泳の集大成の場所にしたい」

そして、サッコさんへの思い。

「自分がサッコさんにしてもらったように初めて代表入りした選手たちに接していきたいと思っているし、ちゃんとサッコさんにほめてもらえるようなレースがしたい」

それは日本代表を自分が引っ張るという大橋の決意表明だった。
この取材から、ちょうど1週間後の4月20日。サッコさんは、29回目の誕生日に現役引退を発表した。
大橋が「サッコさんのために」泳ぐ理由が、またひとつ増えた。