苦しんでいた自分を終わりにする

寺田明日香

陸上

31歳で初めて立ったオリンピックの舞台。それはママにとって本当の意味での再出発の場となった。若くして日本のトップに上り詰めながら引退、結婚、出産、ラグビー転向、そして迎えた2回目の陸上人生。
復帰からわずか2年半でたどりついた「世界最高峰」の地では、予選、準決勝、決勝と「3本走る」というまな娘との約束を果たせなかった「悔しさ」、それでも周囲の支えでこの舞台に立てた「満足感」、これら2つの相反する感情が交錯した2日間の戦いとなった。

無観客だった国立競技場での準決勝、1週間後に7歳になる娘、果緒ちゃんはテレビの前で声援を送った。

レース後「ママとして果緒ちゃんに今どんな声をかけたいか」と寺田に尋ねると、ひとこと「ごめーんとまず謝りたいです」と素直な気持ちを表した。
すぐに「でも…」とことばを続けた。

「彼女も1年生になって母親がどこを目指して、どういうことを頑張っているのかというものが少しずつ分かってくれていると思う。そこは褒めてもらえればと思います」

一度は諦めた目標に向かい再び進んできたママ。そんなママの背中を見ることで好きなことに向かって苦労をいとわず、それに打ち込むことの大切さをあなたに感じてほしい。だからママは走り続けている。

「1回目の陸上選手では立てなかったオリンピックの舞台だった。だから苦しんでいた自分を終わりにするいい機会だった」

若かりし自分のつらかった記憶を「回収する場所」と言った寺田。
でも過去の自分とサヨナラするだけの場所ではない。寺田がこう付け加えた。
「陸上選手として新たに進んでいくひとつのステージ」だったと。

準決勝1組を走り終えた寺田は目を真っ赤にしてインタビューエリアに現れた。ただ、次の2組が始まりそうになるのを確認すると途中で足を止め、みずからが走っていたトラックに再び、目を移した。

「こういう選手たちを実際に自分の目で見られる機会は少ないので見ておきたい。どういうリズム感なのか、どういう体の使い方なのか、自分の中にしっかり解釈して持って帰りたい」

さっきまで潤んでいた寺田のその目とそのことばは、「勝負師」のそれに戻っていた。

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