新浪剛史・経済同友会 新代表幹事に聞く 脱“現状維持病”を目指して

経済団体のひとつ経済同友会の新しい代表幹事に新浪剛史さんが就任しました。新浪さんは、商社勤務からコンビニチェーン社長を経て、大手飲料メーカーのトップに就任。政府の経済財政諮問会議の議員として国の政策立案にも関わっていて、歯に衣着せぬ物言いで知られています。

企業の経営者が個人として参加し、特定の企業や業界の事情にとらわれず幅広い視点から政策提言を行うことが特徴の経済同友会。新浪さんはどうかじ取りをしていこうとしているのか、神子田章博キャスターが聞きました。

「人への投資」へ 転換目指す

―新しい経済同友会に向けて、重点的に取り組んでいきたいことはどんなことですか。

新浪剛史 代表幹事
私たち同友会のメンバーは約1500人おられて、全国では1万6000人おられる。このメンバーの方が生き生きと、自らの企業を変えていくということになれば、すごい力になるわけです。会員の皆さまと一緒になって、経済の中心にいる方々ですから、日本の経済を一緒になって変えていきたい思いです。そのために、一緒に学んで一緒に議論して、自らの企業を変えていこう、その結果として日本の経済が本当に活力あふれるものになっていく、そういうことを目指していきたいと考えています。

―「幅広く取り組む」よりも「ポイントを絞っていこう」という話もありましたが。

何といっても人材の活性化がいちばん重要です。リスキリング、またトレーニングをもう一度することによる人材の活性化。時代が変わっていく中で、求められるものが変わってきている中で、人に対して投資をする。その結果として、その企業が魅力あふれる企業になる。それぞれの人材が新しい職を求めて動く。人材が動き始めることが経済のダイナミズムを生んでいく。その結果として賃金も上がっていくし、新しい事業も生まれてくる。場合によってはそういう方がスタートアップを始める、またはスタートアップに入っていく。人が動くことによって経済のダイナミズムが変わっていく。こういうことを第一にやっていきたい。

2つ目がイノベーションです。イノベーションの源泉は多様化、みな平等であり機会均等である。ダイバーシティ(Diversity)エクイティ(Equity)インクルージョン(Inclusion)(3つの頭文字をとって)「DEI」といった社会を作ることによって、異なるものを受け入れる経済社会にしていきたい。

3つ目が、スタートアップがどんどん生まれる、そういう活力のある経済にしたい。そのために、スタートアップがより大きくステップアップできるような規制緩和など、スタートアップの皆さまがもっと事業しやすい環境を作る。また、いろんな課題を解決することについてスタートアップの皆さんが集まり、大企業とも接点をもって、場合によっては政府に対して提言していく。こういったことをやっていきたいと思います。その中でダイナミズムが変わっていく、大きく活力が出てくる。そうなってくると、企業そのものが場合によって再編したり、活力を求めて自分のある部分は売るけれども、この部分は買っていくとか、こういった具合に企業競争力をつけていく仕組みづくりを提案していきたいと考えています。

―人材という意味では「リスキリング」が課題です。

何か新しい仕事をやってみたいとか、自分にはどんなチャンスがあるのか、そういうことをカウンセリングする。「こういう仕事があるよ」、「こういうことは面白いよ」、「こんなことになった場合、どんなスキルを身につけなければいけないか」。人材が全世代にわたって流動化していく、そして活力になっていく。こういう仕組みづくりを、「官」と「民である我々」とが一緒になってしていきたい。

その結果として、自らがやりたいことが見えてくる人材が増えてきて、強い意欲をもって新しいスキルを身につけて新たな仕事を見つけていく。場合によっては会社も変わっていきますから、新しいスキルが必要になりますので、会社としても、そういう方がどんどん昇進していく。新しい、あるいは同じ会社においてもチャンスが生まれてくる。ほかの会社に動くこともありますが、自分の会社でも動くことができる。つまり動きが出てくることが活力なんだろうなと。

―企業が自分たちの会社が強くなろうと頑張ることは大事です。一方で、新浪さんの言葉で、「強くなれなかった会社や従業員のセーフティーネットや、企業がなくなっても人材は生きる仕組み」というのが印象的ですが、どういったことを考えていますか。

この“失った30年”、日本の国が、企業も同様でしたが、人への投資が非常に遅れてきた。ゆえに国際競争力がこれだけ落ちてきたと思うわけです。企業を生かすためにいろんな補助金が出てきた。しかし、そのお金が本当に人を本当に育てるために使われてきたか。ここは大きなクエスチョンです。

そういった意味で、今度は企業じゃなくて人に焦点を当てようじゃないか。これが正しい姿で、企業も生産性が上がってくる。今までは「企業の生産性が上がらないと賃金が上げられません」、「人への投資ができません」。そうじゃなくて、これからは賃金も上がり、人への投資もし、その結果として生産性が上がる。構図が逆になるんですね。失った30年においてやらなかったこと、違うことをやっていかないと、企業も生き抜けない。それができない企業はたぶん退室せざるをえない。人も集まりませんから。ですから、今度は焦点を当てるのが人。人への投資。そういったことに大きく転換していくことが日本の経済社会に必要だと思います。

世界で活躍するスタートアップ増やす

―スタートアップ企業をどんどん増やすために、大企業としてどういったことができますか。

2つあると思います。1つはスタートアップに対して投資して、そこから新たな技術を作ってもらって自分が活用する。新たなビジネスモデルを作ってもらって自分たちのところで活用する。

もう1つは、大きな企業は、自分たちでできないいろんな新しい仕組みを持っている会社を自分の体内に取り込んでいく。
そういった意味で、今後、経済同友会においてスタートアップと大企業との接点をより深くする。そういったことで新しい取り組みもできてくるのではないかと考えています。

一方で、新たなスタートアップをどんどん生んでいく、このエコシステム、まさに安倍政権、菅政権、岸田政権はずっとやってきたわけです。非常に多くのスタートアップはできてきましたが、どちらかというと小ぶりなんですね。もっと世界でも活躍できる、そういったスタートアップをもっと増やしていく。そういった意味で、大企業が世界へのつなぎ役になることもありうるのではないか。また同友会が世界とのつなぎ役をやる、そういったことをやっていきたいと考えています。

―経済同友会では今、若手のベンチャー系の会員がいらっしゃいますが、もっと若い人たちを経済同友会として取り込んでいくお考えはありますか。

これから会員数を増やしていきたい。多様性ということで、スタートアップである程度のところへいって悩んでおられる方、そういう方に入会していただいて、いろんな成功された先輩たちや同期生とかと混ざり合うことによって、こういう運営をしたらいい、経営をしたらいいと学んでもらう。そういった意味で新たにいろんなかたちのスタートアップの方に入ってきていただきたいと思っています。

同友会にスタートアップで上場して、立派な企業になっておられる先輩方がおられるので、そういう輪に入っていただいて、そういう輪を大きく作っていきたいと考えています。

―若い経営者を育てていくことも大事な役割ですね。

たいへん重要だと思います。1946年に経済同友会ができた時は、30代40代の人たちが作り上げてきたんですね。ですから私は将来的に、30代はわかりませんが、40代の方が中心に座っているような、そういう経済同友会ができればいいなと思っています。

―去年夏のセミナーでも、10代後半から40代がイノベーションを起こす主役になるとおっしゃっていました。若い世代の野心にスイッチを入れるために、どうしますか。

若い人たちにとって、もっと夢が大きく見えるような世界ではどういうことが起こっているか。シリコンバレーとかイスラエル、いろんな国で同じようにスタートアップの方がおられますが、もっと夢が大きいんですね。こういう方と接点をもってもらうことによって、もっと自分も大きな会社にしていきたいという、いい意味での願望をもってもらう。こういう場づくりをしていきたいなと思います。

提唱する「共助資本主義」とは?

―キーワードでおっしゃっているのが「共助資本主義」です。これは生活者と民間セクターによるということですが、公助とよく似た言葉ですね。新しい資本主義とどういう関係があるのでしょうか。政府と民間の役割をどう考えていますか。

私は、経済運営は民間に任せるものだと思います。日本の場合は、政府を中心とした行政のお金が経済に影響を与えすぎてきた時間が少し長かったかなと。民間に経済運営は任せてもらいたい。

その時、資本主義がもたらす負の部分もあるわけです。市場の失敗というのがあります。その結果として、格差が大きくなるとか、こういった問題があります。これも、民間がNPO、NGO、共助の中心となる方と一緒になって社会問題の解決を一緒にしていく。

ただメインのところは公助。国や行政が、病院や福祉とかいろんなことをやられるわけですね。医療・福祉・介護、しかし手が回らないところがたくさんあるわけです。そこが実はすごく大きな課題になっています。お子さんの貧困化とかいろんな問題が、この負の連鎖から生まれている。

これはひょっとしたら市場の失敗から生まれたものであろう、私たち民間の資本主義のもとに動いているもとで、その問題が起こってきた。それを考えると私たち民間は、ただ資本市場で我々の企業が大きくなることを目指すだけではなくて、社会の問題も一緒になって取り組んでいく。今までのアニマルスピリッツは、誰かが勝って誰かが負ける。そうじゃなくて、みんなが勝とうよと、こういう仕組みを作っていこうじゃないか。

民間が中心となった経済活動はそこまでやっていかないと、多くの方が実は資本主義はおかしいのではないか、これをやっているから問題なんだよと、特に若い方がそう思われている。そうじゃなくて、資本主義のもとに私たちの企業価値を継続的に上げていくんだと、そのために社会の問題も一緒になって解決する、その結果としてみんながコミュニティーをつくりながら幸せに暮らしていくことができる。これを「共助資本主義」と称します。

ですから資本主義が大前提です。企業は切磋琢磨して勝ったり負けたりしていくわけです。でもそこにいる方々は、やり直しができて、貧困の負の連鎖のなかに入るのではなくて、また救いの手が出てくる。企業も一緒になってそういう救いの手のなかに入っていこうということで共助、そして資本主義。こういうふうに唱えているわけです。

―企業が社会に貢献していくことは大事なことだと思います。一方で民間企業ですから、利益を出していかなければいけない。ということは、そういった環境とかさまざまな社会課題をビジネスとしてやっていけるようにするということですか。

2つありまして、1つは、社会課題の解決に向き合っていない企業は、社会からなくてはならない存在にはなりえない。社会から必要だという企業でなくては価値が上がっていかない。

もう1つは、社会問題を解決することによって、一緒になってその企業をよくしようという社員が集まってくる。これに取り組むことが、実は企業の価値向上につながるということです。企業の価値の向上は、それはとりもなおさず資本主義です。しかし、これからの企業の価値の向上は、今までのやり方ではなくて、社会と向き合って一緒になってコミュニティーを育て合いながら自分の企業も成長する。こういうモデルを作っていかないと、社会から本当に必要とされる企業体にはなれないと信じています。

「企業は変わらなくてはならなくなった」

―この間の会見で気になるフレーズがありました。「現状維持病」。どうして何十年も現状維持病になってしまったのでしょうか。

失った30年間において、まず正規雇用を何とか守る。大企業がそれに走ったわけです。中小も自分たちの社員を守る。そういう中で、新たに職に就きたい方が非正規ということがあったりして、6割の方が正規、4割の方が非正規と、ここに大きな格差が生まれてしまった。正規をとにかく守るという現状維持、そしてある意味ではうまく活用しようと企業が考えた非正規、こういったものが生まれてきて、今を行ければ何とかなるんだと、こういうことになってきてしまった。

そしてこれはまたニワトリと卵ではありますが、デフレの中で、何かやって失敗するよりも、何もやらないほうがいいんだと、こういう具合になってしまった。いろんな理由はあると思います。しかし経営者をはじめ、今を守るために必死だと。先々何が起こるか分かっていても、今を守る。こういうふうになってしまったんだと思います。

―それを変えていくために経済同友会として、どういうメッセージを発していきたいですか。

第一に、変わらなくてはならなくなってしまったんですね。なぜかというと、世界はもう平和じゃなくなった。私たち日本の経済が伸びていた時は、ある部分ではベトナム戦争とかいろいろなものがあったわけですが、日本そのものは平和の中で経済発展ができた。そうではなくなってしまったわけです。

それと、突然のようにインフレが世界中にまん延し、日本にも影響を大きく与えてしまった。見える風景が思い切り変わったんです。日本の岐路であるわけです。

私たちは、どういう資本主義がいいのか、どういう企業体がいいか。こういったことを発していきたい。発信力を強めて私たち企業体も変わっていこうと。失った30年間の中で、私たちも変わらなかったんです。同友会も反省しなければいけない。同友会の会員の皆さんは経営者ですから、経営者が自らの企業を変えていこうとできるわけです。今までの現状維持から、現状を変えなければいけない、我々同友会が自らの所属する企業が変わることによって。皆が変われば、経済社会は変わるわけです。

ただその時に重要なのは、世界中でいろんなことが起こっている。これをもっと深く学んで、先々が分からなくてもアクションをとらなければいけないわけですから、こういう中で切磋琢磨して議論して、それぞれの会員が学んだものを自らの企業で生かしていく、そしてどうしても政府にやってもらわなければいけないことであれば、提言をどんどん出していく。その提言をすれば、私たちも提言に基づいて変わっていくんだと、変化していくんだということを同友会自らが示していく。こういうことをやっていきたいと思います。

国内投資「チャンス来ている」

―民間は300兆円ため込んでいるといわれると新浪さんご自身がこの間話していましたが、なかなかこういうことをおっしゃる経営者の方も少ないですが、賃金が有言実行で上がってきました。大企業もみんな上げてきました。投資をもっと増やしていくために、経済同友会としてどういうふうにしていこうと思いますか。

国内投資をするのは、1つのいいチャンスが来ているわけです。経済安全保障上、もっと国内でいろんなものをつくらなければいけない。その1つが熊本における半導体、そういったものを日本で作る。今度は北海道でも作るとなったわけです。国内での本当に重要な物資、部品を作るという大きな流れになってきたわけです。これが着火点になり、国を守るために、国の安全のためにも、国内で作らなければいけないものがどんどん増えてくるわけです。

この投資の機会に、まずグリーンイノベーション、そして、それに関わるエネルギーの投資が必ず必要になってきて、これは民間が主体となってきます。

もう1つは、みんなが誰もが長生きしたい、健康長寿、このためにまだまだ投資するチャンスがあるわけです。ただ、規制緩和は必要です。

3つ目は、それを支えるデジタルです。そういった意味で、国内で投資するニューフロンティア、新たな分野があるわけです。今まで30年、アニマルスピリッツを失ってしまった民間。その理由はいくつかありますが、しかし現実にお金をためちゃっているわけですから、それを、そういうニューフロンティアに、どんどんお金を投資しましょうということを、政府が、例えば3年なら3年思い切り投資減税をやりますと。こんな具合に後押しするのが政府の役割です。

そういったことをやって民間がどんどん投資する。その結果、たいへん質の高い雇用が生まれてくる。こういう雇用が生まれてきたら、今まで非正規の方が、今度はトレーニングもできる。「行きたいな」と思っても行けなかったところへ行けるわけです。デジタルといっても今まで何に使うのかと思ったら、やってみたら、こういうところへ行けるんだよね、面白いねと。そうしたら高専にしても、大学にしても、学んだものが生きることが分かってくるわけです。

そういった意味で、国内の投資をするために大幅減税は1つ、国としても非常に投資になるわけです。その結果としてリターンがあって、税収として戻る。雇用も活性化し、賃金も上がっていく。こういう具合に、国内投資のチャンスをたくさん作っていく仕組みづくりを官と民が考えてやっていくべきだと。経済財政諮問会議とか新しい資本主義、そういった会議体で、民間が「こういうことをやろうよ、我々もやりますから」と提案していかなければいけないと思います。その提案について、同友会の仲間と議論していきたいと思っています。

発信・提案できる同友会に

―経済3団体の中で経済同友会の存在感について聞きます。経団連は大企業が軒並み名前を連ね、商工会議所は全国各都道府県に商工会議所という組織を持っている。同友会は素晴らしい議論をされているし、財政問題についても問題点は問題だと指摘されて、非常にいい組織体だと思いますが、アピール度はちょっと弱いのではないかという指摘もあります。同友会の存在感を、新しい代表幹事としてどういうふうに高めていこうと考えていますか。

もっと発信をしていかなければいけないと思います。そのためには代表幹事のみならず、副代表の皆さん、そして幹事の皆さんと一緒になって、もっともっと政策や必要なことを学びあっていかなければいけない。私たちの強みは議論を活発にできる、何もとらわれず、あるべき論を議論できる。これは1946年に創設した時の我々の思いを、もう一度みんなで振り返って、政策提言なり、自分の会社をこう変えるという思いを各会員の皆さんに持っていただくこと、そして、私たち執行部が、歯に衣着せず必要であれば政府にものを言っていくことを、もっとやっていかなければいけないと思います。

その中で、もっと学ばなければいけないということがあると思います。私自身ももっと学ばなければいけない。そういった意味で「同友会アカデミー」を設置しまして、いろんな第一人者に今、いろんな形でバーチャルにコミュニケーションできるわけです。地方の同友会ともつながることができるので、もっとつながる力を我々は発揮していきたい。そこでいろんな意見が出てきて、それを我々自身が政府に伝えていく、もしくは必要な団体に伝えていく。地方のみならず、令和臨調とか、そして三極委員会とか、いろんな団体ともっとつながり合っていく。例えば共助社会でいえば新公益連盟の皆さんと、今までおつきあいをしたことのないような団体にも意見をもっともらって、我々自身がもっと研ぎ澄まされたような提案ができる、そういう集団になっていきたいと考えています。
【2023年4月28日放送】

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