2023年11月15日
(聞き手:藤原こと子 堀祐理)
“世界最大の民主主義国”とも言われるインド。14億人の国民を率いるリーダーがナレンドラ・モディ首相(73)です。現在は2期目で、支持率80%に迫る圧倒的な人気ぶり。いったいどんな人物で、成長著しいインドをどう導こうとしているのか?実際に会って取材したこともある元NHK解説委員の広瀬公巳さんに、モディ首相の光と影について聞きました。
モディ首相って、どんな方ですか?
とても元気な人ですね。エネルギッシュで、コミュニケーションが上手、演説が上手。
取材時もサービス精神があふれていました。
近畿大学 国際学部 広瀬公巳教授
1987年にNHK入局後、ニューデリー支局長・国際部デスク・解説委員などを歴任。NHK退職後もジャーナリストとして活動を続けるとともに、インドをはじめとしたアジア情勢などの講義をしています。
こちらのモディ首相の名刺を見てください。
私が取材したのは、グジャラートという州の首相を務めていたときなんですが、日本語で書かれているんです。
本当ですね。
モディ首相は情報発信の術にも長けています。
X(旧ツイッター)のフォロワー数は9000万人を超えていて、現役の政治家としては世界一です。
もともとは、貧しい家庭に生まれた少年でした。
インド西部グジャラート州の小さな村の出身で、食料品店を営む一家の三男です。
政治家一族ではなく、一家は「カースト」と呼ばれる階級制度の中で低い階層です。
家計を助けるために、父親の副業のチャイ(インド式の紅茶)を売る仕事を小さいころから手伝っていたそうです。
なぜ政治家になったのでしょうか?
ヒンドゥー教への深い信心があって、学生時代から、ヒンドゥー至上主義団体のRSS(民族奉仕団)の活動に参加しながら政治家を目指しました。
はじめは雑用係でしたが徐々に認められ、1987年にRSSが支持する政党・インド人民党に入党。
出身地グジャラート州の州議会議員に初当選すると、2001年には州首相に就任します。
一般的には国会議員として国政を経験してから首相になることが多いですが、モディ氏の場合は地方の州の代表からいきなり首相になりました。
モディ氏を一躍有名にしたのは、“グジャラートの奇跡”とも言われる州首相時代の功績です。
何をしたんですか?
代表的なのが電力改革で、中でも注目されたのがアジア最大規模の太陽光発電の導入です。
インドでは強い日差しは疲労や病気の原因になるというマイナスのイメージもあったのですが、その日差しを有効活用して電力を生み出す取り組みをしました。
発想の転換ですね。
当時はインフラ整備の遅れもあって電力の供給が不安定で、稼働中の工場が停電で止まってしまう事態もたびたび起きていました。
そんな環境では、企業活動もなかなか活発になりません。
そこでモディ氏はまず太陽光発電を推進して電力の安定供給を実現。
さらに経済特区を作って外資系企業を誘致する「グジャラート・モデル」を作りました。
これを全土に広げようと訴えて支持を集め、2014年、ついにインドの首相に就任しました。
インドの首相になってからの9年間、どんな政策をとってきたのでしょうか?
1つは、「メイク・イン・インディア」。
首相に就任した2014年から掲げる、製造業振興のキャッチコピーです。
短く分かりやすい言葉で世論を主導していくのがモディ首相の特徴です。
具体的にはどういう内容ですか?
海外から企業を誘致し、インドを製造業の拠点にする。
そうすることで新たな雇用の創出に加え、インドで作られた製品を海外へ輸出し、外貨を得る戦略です。
得意なIT産業ではなく、なぜ製造業なんですか?
インドではIT産業が成長した一方、製造業は世界に遅れをとっているのが現状です。
植民地支配を受けた経験から、インドは独立後は外国からの資本の流入を拒み、自国産業を保護する政策をとってきました。
ただそれだと、製品をもっと良くしよう、安くしようというモチベーションが高まらなくて産業が発達せず、国際競争力もつかない。
これではいけないと1991年に経済自由化を進めましたが、いまも遅れを取り戻せていないんです。
成果は出ているのでしょうか?
裾野が広い自動車産業は、「メイク・イン・インディア」の核として育成していて、実際にインドは世界有数の自動車輸出国になっています。
インドの自動車販売台数は、日本を抜いて、中国、アメリカに次いで世界3位になっているほどです。
国民がびっくりするような政策もしてきました。
ある日突然、「あすから高額の紙幣が使えなくなります」と発表したんです。
え!困りませんか!
2016年に当時最高額だった1000ルピー札と次に高額な500ルピー札を、午前0時をもって無効とすると発表したんです。
日本でいえば一万円札と五千円札が急に使えなくなるようなものです。
インドでは現金が主流でしたので、大パニックになりました。
なんでそんなことをしたんですか?
汚職や脱税にからむ不正な資金“ブラックマネー”の根絶や、偽札の対策でした。
ただ、あとの調査では、それについてはあまり効果がなかったという結果が出たのですが…。
それでインド社会がどうなったかというと、キャッシュレス化が一気に進んだんです。
確かに、現金がダメなら電子決済でとなりますね。
QRコード決済システムが広がり、普及率が低かったクレジットカードをみんなが持つようになりました。
その後、ことし5月にも、現在の最高額紙幣2000ルピー札の流通停止が発表されました。
驚きの政策は、ほかにもあります。
インド国内にトイレを1億個つくると言い出しました。
「クリーン・インディア」というキャンペーンを打ち出してインドをきれいにしようと訴え、5年がかりで実現したとしています。
そんなにトイレがなかったんですか?
はい。もともとインドはトイレがない家が多いんです。
トイレは“けがれたもの”と考えられているので、トイレが家の中にあることを良しとしない文化があるためです。
家にトイレがないとすごく困ります。
インドではまだ3億人が屋外で排せつを行っているといわれています。
屋外排せつは地下水や農産物の汚染につながり、感染症が広がったり、乳幼児の死亡率が高まったりと、深刻な健康被害をもたらします。
また安心安全なトイレがないことが女性の社会進出を妨げているという指摘もあります。
だから公衆衛生をなんとか改善しないといけないと訴えてトイレの普及をすすめました。
ちなみにインドにはこんなトイレもあるんです。
2つの穴のように見える部分は、排せつ物をためる壺です。
便器から流された排せつ物は、流れを切り替えられるパイプを通って、どちらか一方の壺にたまります。
それを自然乾燥させて肥料、燃料として利用しています。
モディ政権に課題はありますか?
いわゆるワンマン型の指導者なので、実行力の裏返しに、自分の決断に異論を唱える者は許さないところがあります。
その表れとも言えるのが、報道規制です。
例えば、イギリスのBBCがモディ首相を批判するような番組を放送したところ、インド国内での放送を禁止したり、BBCの事務所を家宅捜索するなどして圧力をかけました。
またインドの国内メディアをめぐっては、モディ首相と親しい財閥が「ニューデリー・テレビジョン」というテレビ局を買収しています。
インド国内ではモディ首相の批判をしにくくなっているという声も聞きますね。
あとはモディ首相のヒンドゥー教を重視する考えがイスラム教徒にとっては脅威に映っているようです。
どういうことでしょうか?
インドは多宗教の国で、国民の約8割がヒンドゥー教徒、次いで14%余りがイスラム教徒、ほかにキリスト教徒や仏教徒などが暮らしています。
憲法で「すべての宗教は平等」とされ、世俗主義、要するに政治と宗教を分離する仕組みをとっています。
ところが、イスラム教徒を差別するかのような動きが続いているんです。
何をしたのでしょうか。
イスラム教由来の地名を変えてしまったり、難民認定の際にイスラム教徒を対象から外したりしました。
さらに、住民の多くがイスラム教徒であるカシミール地方の州の自治権を撤廃しました。
自治権の撤廃?
インドはイギリスから独立する際、ヒンドゥー教徒主体のインドとイスラム教徒の国パキスタンに分かれて独立しました。
両国は、カシミール地方の領有権を争ってきました。住民の大半はイスラム教徒です。
ジャム・カシミール州は、インドが実効支配していますが、70年にわたり住民への自治権を認めてきました。
しかし、2019年に自治権を撤廃し、インド政府の直轄地として統治を強化してきたのです。
住民はどう受け止めたのでしょうか?
実際、インドにいるイスラム教徒に話を聞いたら恐怖を感じていると言っていました。
アメリカの人権団体は、インドが中国のような強権国家に近づいていく可能性に警鐘を鳴らしています。
モディ政権になってから宗教間の対立が深まっている面もあり、一強体制の怖さもあると思います。
モディ政権の今後の見通しはどうでしょうか?
モディ首相が率いるインド人民党の勢力は安定しています。
2019年の下院総選挙では定数543議席のうち、303議席を獲得しました。
インド人民党を支持する政党もあるので、それも足すと“超”安定多数です。
来年の春、総選挙があります。現在2期首相を務めるモディ氏が、3期目を目指すとみられています。
世論調査を行っているインドの雑誌「インディア・トゥデイ」は、ことし2月、モディ首相が所属するインド人民党が単独で過半数の議席を獲得するとの予想を伝えています。
ただ、地域政党の動きも気になりますし、宗教対立の問題も残ったままです。このままモディ首相が3期目も確実ですとまでは言えないですね。
インドは想定外のことが起きる国で、今後どういう展開になるのかわかりません。
日本ではまだまだインドの情報も少ないですが、人口世界一で経済成長著しく、グローバル・サウスの旗手として国際社会でも影響力を増しているインドが今後どういう国になっていくのか、ぜひ注目していってほしいと思います。
編集:種綿義樹
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