2023年12月15日
北朝鮮

キム総書記の前に立つ「尊敬するお子様」とは?

父親であり北朝鮮の最高指導者でもあるキム・ジョンウン(金正恩)総書記の前にサングラス姿で立つ娘。

北朝鮮の公式報道では「愛するお子様」、「尊敬するお子様」などと紹介され、11月に打ち上げに成功したとする軍事偵察衛星の「祝宴」ではキム総書記の隣に座り、ツーショットの写真も公開されました。

専門家は、初めて紹介されてから1年が過ぎた娘の取り上げ方の変化をどう見ているのか。そのねらいは何なのか、読み解いてもらいます。

偵察衛星は「宇宙の監視兵」 アメリカ軍基地を撮影主張

北朝鮮は2023年11月21日午後10時42分、北西部の「ソヘ(西海)衛星発射場」から、軍事偵察衛星「マルリギョン(万里鏡)1号」を搭載した新型ロケット「チョルリマ(千里馬)1型」を打ち上げ、軌道に正確に進入させることに成功したと、翌22日の深夜に発表しました。

軍事偵察衛星「マルリギョン(万里鏡)1号」を搭載した新型ロケット「チョルリマ(千里馬)1型」の打ち上げ(2023年11月21日)

偵察衛星はアメリカのホワイトハウスや国防総省のほか、沖縄のアメリカ軍嘉手納基地、グアム・韓国にあるアメリカ軍基地などを試験的に撮影し、キム・ジョンウン総書記が確認したと主張しました。

キム総書記は、偵察衛星を敵の軍事動向を常に把握する「宇宙の監視兵」とたとえ、「わが武力は万里を見下ろす『目』と万里をたたく強力な『拳』をすべて手中に収めた」と強調しました。

「拳」はミサイルなどを指すとみられます。

国家航空宇宙技術総局のピョンヤン管制所

北朝鮮は衛星で撮影したとする写真を公開していませんが、2023年12月から正式に衛星の運用を開始したとしています。

『尊敬するお子様』は偵察衛星も指導?

一連の報道で専門家が最も注目したのは、キム総書記の娘でした。

打ち上げの2日後に国家航空宇宙技術総局を訪問し、その日の夜に行われた祝宴にも出席しました。

偵察衛星打ち上げの「成功」を受けた祝宴 キム総書記の隣に娘の姿が(2023年11月23日)

キム総書記の横に座り、ツーショットの写真も公開するなど、リ・ソルジュ(李雪主)夫人やキム総書記の妹キム・ヨジョン(金与正)氏よりも目立つ伝え方になっています。

北朝鮮政治を研究している慶應義塾大学の礒﨑敦仁教授は、初の偵察衛星打ち上げ「成功」に娘が関わったと、将来を見据えて準備している可能性があると指摘しています。

慶應義塾大学 礒﨑敦仁教授

「この宴席は『成功』の打ち上げに貢献した人のための祝宴です。娘は2023年4月や5月の偵察衛星の準備に関する視察にも立ち会っていましたので、衛星の開発や打ち上げに貢献したと位置づけるためなのかもしれません。
将来、偵察衛星の活動に関わっていたと後付けで説明できるようにしたり、将来『革命歴史』というものが作られたりする布石にもなりえます。キム総書記も10代の前半から軍を指導していたことになっています」

キム総書記の娘が公式報道で初めて紹介されたのは、2022年11月のICBM=大陸間弾道ミサイル級の「火星17型」の最終発射実験に立ち会った時でした。

キム総書記の娘が初めて公式報道で紹介された際の写真(2022年11月18日撮影とされる)

それから1年がたちましたが、礒﨑教授は「尊敬する」という敬称が娘につけられる形が定着しつつある点も注目すべきだと指摘しています。

礒﨑教授
「『尊敬する』という表現で落ち着いた印象です。
『尊敬する』はキム総書記が父のキム・ジョンイル(金正日)政権のときに、後継者に向けた準備期間に使われていた表現です。妹のキム・ヨジョン氏には使われたことがありません。
1年前に初めて出てきた時は、キム総書記が愛するという意味での『愛するお嬢様』だけでした。その後、『尊貴なお嬢様』といった言い回しが出てきました。2023年4月や5月の公式報道では娘の姿が公開されても言及はありませんでした。
半年ぐらいをへて『尊敬するお嬢様』という表現が復活し、どうやら調整が終わったように思えます」

キム総書記の娘は、2023年11月に空軍の記念日「航空節」にあわせた行事でサングラス姿でデモンストレーション飛行を参観する姿も公開されました。

写真の中には最高指導者である父親の前に立って飛行を眺める構図で撮影されたものもありました。

サングラス姿で空軍のデモンストレーション飛行を参観するキム総書記と娘(2023年11月30日)

娘の登場以降、最大の関心事はキム総書記の後継者なのかどうかです。

韓国大統領府のチョ・テヨン(趙太庸)国家安保室長は12月3日に出演したテレビ番組で「後継者と考えて検証しなければならないのではないか」と述べました。

「NATA」Tシャツのわけ

もうひとつ、偵察衛星の打ち上げで関心を集めたのが、キム総書記の娘も着ていた「NATA」とデザインされたTシャツです。

キム総書記を取り囲む「NATA」ロゴTシャツを着用した幹部たち(2023年11月23日)

NATAとは、衛星の開発や打ち上げ、それに運用を担当する国家航空宇宙技術総局のアルファベットの頭文字です。2023年9月に国家宇宙開発局から格上げされた機関で、今回初めてロゴが公開されました。

青い惑星とその周りを周回する衛星の軌道をイメージしただ円が描かれたデザインに、北朝鮮の英文国名の略称DPRKとともにNATAと書かれています。

祝宴では、キム総書記とチェ・ソニ外相を除く全員が同じTシャツを着ていました。

礒﨑教授
「正確な意図は分かりませんが、団結して大きな事業をやり遂げたという演出に見えます。
この宴会場での軍事分野の祝宴が伝えられたのは、2017年11月に『国家核武力の完成』に位置づけられるICBM級『火星15型』の発射実験を成功させたとする祝宴以来です。今回の偵察衛星の打ち上げ『成功』は、それに匹敵するほどの意味合いがあると捉えられているいうことです。
幹部まで同じTシャツを着るのは不思議な姿に見えるかもしれませんが、彼らにとっては国家的な大きな慶事である衛星の打ち上げの一員として与えられる褒美であり『誉れ』だといえます」

『宇宙を征服せよ!』宇宙強国を目指す北朝鮮

礒﨑教授は、「NATA」のロゴを作った背景には外国の技術を積極的に取り入れ「宇宙強国」を目指すとしたキム総書記の意向が反映されている可能性があるという見方を示しています。

軍事偵察衛星を搭載した新型ロケットの打ち上げを祝うキム総書記と技術者ら(2023年11月21日)

礒﨑教授
「キム・ジョンウン政権にとって『科学技術重視』というのは大きなキーワードです。
キム総書記は最高指導者になったばかりの2012年、『世界のすう勢』ということばを強調し、他国の先進的で発展した科学技術に接することができるよう代表団を派遣し、多くを学び、取り入れるよう指示しました。
TシャツにあしらわれたNATAがNASA=アメリカ航空宇宙局のロゴをまねたものかは判断できませんが、北朝鮮指導部の思いを反映させたものと考えることはできるかもしれません」

北朝鮮は早期に複数の偵察衛星を打ち上げる方針で、2023年12月下旬に開く朝鮮労働党の中央委員会総会で2024年の打ち上げ計画を決定するとしています。

キム総書記はアメリカなどに対抗するため北朝鮮を世界的な宇宙強国にする「遠大な宇宙征服政策」があるとし、今後も偵察衛星と人工衛星を打ち上げ続ける姿勢を強調しています。

礒﨑教授
「北朝鮮は90年代初期の核疑惑が浮かび上がった時期から長い時間をかけて核・ミサイル開発を完成に近づけ、世界で数少ないICBM保有国になりました。
『宇宙強国になるなんて、いまの北朝鮮の国力では難しい』と思うかもしれません。ただ、キム総書記が『超長期政権』を見据える中、核・ミサイル開発のように時間をかけて、関心のある宇宙開発の分野は着実に進められると思います」

(11月24日 NHKニュースなどで放送)

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