2023年5月30日
タイ アジア

タイ総選挙で躍進 ピター党首ってどんな人?「新たな始まり」とは?

「タイの人々が未来に向かうことを求めた結果だ」

5月14日に行われたタイの総選挙で、大方の予想を覆して第一党に躍進した「前進党」のピター党首。

選挙後、現地では一挙手一投足を追う「ピターフィーバー」と呼ばれる現象まで起きていて、「民主化のシンボル」として注目を集めています。

9年前のクーデター以降、軍の影響力が強い体制が続くタイで、民主化を実現できるのか。そして、ピター氏は首相になれるのか。話を聞きました。

(アジア総局長 島崎浩 / 記者 鈴木陽平)

※ピター党首の名前の表記はより原音に近い表記に変更しました

英語堪能、日本語も?ピター氏とは?

「こんにちは、わたしはピターです。はじめまして、おねがいします」

タイ「前進党」ピター・リムジャラーンラット党首

政治家になる前、実業家としてたびたび日本を訪れ、日本語も少し話せるというピター氏。

NHKとのインタビューでも冒頭、日本語で自己紹介をしてその場を和ませるなど、柔らかな物腰、笑顔が印象的です。

記者会見では外国メディアの質問に積極的に応じるなど、流暢りゅうちょうな英語を駆使して発信を続けているピター氏。

英語で会見するピター氏

現地では地元メディアが連日、ピター氏がどこで何をしたか、何を言ったのかなど、一挙手一投足を伝える「ピターフィーバー」と呼ばれる現象まで起きています。

1980年生まれの42歳という若さで、大方の予想を覆して第一党に躍進した「前進党」を率いるピター氏はいま、「民主化のシンボル」として注目を集めています。

ハーバード大卒で実業家に そして政界へ

ピター氏はタイの大学を卒業した後、アメリカのハーバード大学とマサチューセッツ工科大学で修士号を取得。

父親の急死にともない25歳の時に、父親が立ち上げた米油などを手がける会社の経営を引き継ぎました。その後事業を成長させ、若手実業家として注目を集めます。

前回、2019年の総選挙で、軍政からの脱却などを掲げ新党ながら第3党に躍進した「新未来党」の候補として初当選し下院議員に。

翌年、プラユット政権下で「新未来党」が解党され、党幹部の政治活動が禁止されると、ピター氏が中心となって新未来党に所属していた議員とともに、後継となる「前進党」を立ち上げて党首に就任しました。

今回の総選挙で下院500議席のうち151議席を獲得し、「前進党」を第一党に躍進させたピター氏に、首相就任に向けた戦略や王制改革、徴兵制の廃止といった公約をどう実現するのか、話を聞きました。

※以下、ピター氏の話。

「前進党」躍進の理由は何か?

今回の選挙結果は、タイの人々が「過去に戻るのではなく、未来に向かうことを望む」と声を上げた結果です。

支持者と握手するピター氏(2023年5月)

(クーデター以降の)9年間、タイでは経済、政治がさまざまな理由で混乱してきました。このことが変化をもたらす要因になったのです。

政府と国民、議会と国民との間にほとんどつながりがありませんでした。コロナ禍での政策は、公衆衛生の面で迅速で十分な対応ができなかったことを明確に示しました。

そして労働改革、教育改革、環境改革を含む多くの先進的な法案を提出しても、軍の影響力の強い議会を通りませんでした。

さらに、平等をもたらすはずの「法の支配」が機能していないのです。

タイの首相どうやって決まる?
タイでは憲法で「選挙結果は投票日から60日以内に正式に発表されなければならない」と規定されていて、今後、選挙違反の申し立ての調査などを経て確定します。
その後、議会が開会され、下院議員500人に加え、軍政下で任命された上院議員250人の投票で新しい首相が選ばれます。
首相に選ばれるには上下両院の過半数となる376人の支持が必要となります。


首相就任に意欲を示すピター氏は5月22日、7つの党と連立政権を目指すことで覚書に合意しました。
ただ、「前進党」と覚書に合意した7つの政党をあわせても下院で300議席あまり。
多くの上院議員が軍側に有利な投票をするとみられる中、ピター氏が首相になるには上院議員の切り崩しが焦点となっています。

連立政権を目指す覚書に調印し握手する「前進党」など8党の党首ら(2023年5月)

上院議員切り崩しの見通しはどうか?

私個人がどうかということではなく、統治の正当性に対して投票するべきだと思います。

アジア、そして世界の一員としてどうかということ、私を好きか嫌いかにかかわらず、タイの価値観こそが問われているのです。

下院の500人が4000万人の投票者から選ばれているのに対して、上院の250人は軍政下で任命されています。つまり、ほんの一握りの人たちから選ばれているのです。

タイの議会(バンコク)

私たちは非常に勢いがあります。

多くの上院議員が民意とのつながりを示して、今の時点で20人から30人が私に投票すると公言しています。

これは個人の判断ではなく、国の正当性を守りたいからだと思います。そして、何人かが私たちの交渉チームに連絡をくれています。

まだ、首相指名までに1、2か月の期間があることを考えると、私たちは正しい方向に進んでいると思います。

公約に掲げていた王政改革はどうなるのか?

不敬罪については、議会の場で議論し改正する必要があります。

法律を提出するのには議員20人が必要ですが、前進党は150人あまりの議員がいて、自分たちだけで提出することができるのです。

私たちはこれまで王室と国民の関係、特に新しい世代との関係をどうよりよいものにするかについて真摯しんしに考えてきました。

21世紀の現代において、王室の地位や権威を、ほかの立憲君主制の国々と比較してどのように位置づけるかです。

タイの王宮(バンコク)

これまでほぼ間違いなくできなかった議論を、このように話すことができるようになっています。すでに進歩しているとはいえます。

徴兵制の見直しについてはどうか?

徴兵制の見直しを含む軍改革により、より新しい課題に予算を振り向けたいです。

パンデミックや気候変動の影響、高齢化など、私たちは新たな脅威に直面しています。

タイが防衛力をもつことは非常に重要だと思います。

ただ、大規模な兵力をもてば、国の安全保障を向上させられるというわけではありません。

国防を国内経済に転換するということです。

タイの外交は変わるのか?

外交は目の前にあるものを選ぶビュッフェでなく、自分で好きなものを注文するアラカルトです。自分の体に合わせて服を仕立てるアプローチです。

米中対立の中、どちらかを選ぶのが外交ではありません。

アジアでもヨーロッパでも、どの地域でも力による一方的な現状変更は容認できません。

大国の間の対立が続く中でこそ、タイを含むミドルパワー、中堅の国々が発言力をもつべき時に来ていると思います。このミドルパワーの国々は結束する必要があるのです。

何も言わなければ何の意味もないということです。

タイが国際社会の一員であることは、声をあげることであり、それが私たちの価値観に沿うものであることは明らかです。

議員資格を停止させようとする動きも出ているが?

心配はしていませんが、気に留めていないわけではありません。

選挙管理委員会が何を求めているのか詳しくはわかりませんが、要請があれば、強力な司法チームと証拠をもって、この問題に対処します。

私たちはすべてのシナリオを分析しています。リスクは常に存在すると思いますが、戦略的な対応策を提示し、さまざまなシナリオに対応できるようにします。

保守派の巻き返しの動き
今回の総選挙で大きく議席を減らした最大与党「国民国家の力党」の関係者が「憲法の規定に違反してメディアの株を保有していた」などとして、ピター氏を選挙管理委員会に告発。
軍に近い保守派などから、徴兵制の廃止や王制改革を掲げるピター氏や前進党が政権を取るのを阻もうという動きが出てきています。
前回、2019年の総選挙では、選挙後、軍政からの脱却などを掲げて躍進した「新未来党」の党首が「選挙の際、候補者には認められていないメディア会社の株を保有していた」などとして議員資格をはく奪され、その後、党も解党を命じられました。

タイの民主化は進むのか?

私たちの政権が樹立されれば多くの挑戦の最初の一歩になると思います。

議会があり、野党があり、政府があり、それぞれがお互いをチェックする。メディアが正しいことが行われているかどうかを監視する。

権力を持つ側がクーデターを起こし、自分たちで憲法を書き直し、チェックアンドバランスなしに自分たちで統治することは正しいことではありません。

いま、民主化に向けた1歩、そしてタイにとっての新たな始まりの時を迎えようとしているのです。

私たちは政治家や政府、議会の透明性と信頼を取り戻さなければならないのです。

取材を終えて

インタビューの最後に「タイにとって、いまがまさに正念場です。日本を含む国際社会にここで起きていることに注目し支援してほしい」と訴えたピター氏。

このインタビューのあと、連立相手の「タイ貢献党」との対立が報じられ、「連立の枠組みが崩れるのでは」との臆測も流れるなど、今、民主派政権の樹立には暗雲が立ちこめつつあるのも事実です。

多くの国民の支持を受けて第一党に躍進した「前進党」、その党首のピター氏がタイを率いるリーダーとなり「新たな始まりの時」を迎えられるのか。タイ政治の今後を大きく左右するものとなりそうです。

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