2023年4月21日
ウクライナ ロシア タイ

「ロシアには帰りたくない」タイに殺到するロシア人の本音とは?

「正直、ロシアには帰りたくない・・・」

東南アジア・タイのリゾート地、プーケットで休暇を過ごすロシア人観光客が漏らしたことばです。

プーケットの海岸を歩くと、あちこちからロシア語が聞こえてきます。
家族連れなどで日光浴や食事を楽しむロシア人観光客。

ウクライナへの軍事侵攻で「戦時中」の国からなぜこんなに来ているのかと不思議に感じるほどです。

ロシアからの直行便が続々と到着し、ロシア人観光客が殺到するタイで今、何が起きているのかー。

現地を取材しました。

(アジア総局記者 鈴木陽平)

続々と到着するロシアからの直行便

タイを代表するリゾート地、プーケットの国際空港に続々と到着するのは、ロシア最大の航空会社アエロフロートの直行便です。

モスクワから来た女性
「モスクワから来ました。モスクワからの直行便です」

「ロシアはとても寒いので、プーケットを楽しんでいます。みなさんにここをおすすめしたいです」

軍事侵攻を受けて、欧米各国や日本はロシアとの直行便を停止し、観光客の行き来は今も制限されています。

しかし、タイでは去年10月にロシアとを結ぶ直行便が再開され、今では週に90往復も運航されています。

ウクライナ侵攻後はひと月1万人以下に落ち込んでいたロシアからの旅行者数は飛躍的に回復し、ことし2月にはおよそ18万6000人がタイを訪れました。

背景には、タイを含む多くの東南アジア諸国がロシアへの制裁に参加せず、政治的に「中立」の姿勢を保っていることがあります。

ロシア人観光客が欧米などに渡航するには制限があるなかで、タイにはそのような制限はなく、訪れやすい国になっているのです。

地元の観光関係者の受け止めは

GDPのおよそ2割を観光業が占めるタイ。新型コロナの感染拡大以降、街から外国人観光客の姿は消えました。

大きな打撃を受けてきただけに、業界関係者からは、今回の動きに歓迎の声が聞かれます。

プーケットでマッサージ店を経営する女性

マッサージ店経営者
「コロナの影響は大きかったです。店は閉まり、みんなふるさとに戻って仕事を探しました」
「今はみんな働けるようになり、収入も増えてうれしい」

レストランの経営者
「お客の85%ほどがロシア人観光客です」
「ロシアとの直行便再開は、宝くじに当たったようなものです」

主にロシア人向けの商品を扱うプーケットの旅行会社に話を聞くと、創業以来の収益を記録しているとのこと。軍事侵攻前と比べて、富裕層の家族連れなどが長期滞在するケースが増えているといいます。

プーケットの旅行会社 副社長 オルガさん

プーケットの旅行会社 副社長 オルガさん
「滞在期間は15~17日ほどで、大半の人が経済力があり、高級ホテルに泊まっています」
「大家族で、子どもや祖父母、子守を連れて滞在する人が多く、顧客の質は以前より裕福になっています」

プーケットを訪れるロシア人観光客に話を聞こうとカメラを向けると、取材を断られるケースがほとんどでした。

しかし、カメラを止めて「話だけでも」と頼むと、複雑な胸の内を話してくれる人もいました。

プーケットのロシア人観光客
「ウクライナの状況はひどい状況で、私は戦争を望んでいません」

「いま、ロシアでは政府に反対する人は刑務所に入れられるかもしれないという恐怖があります。私はウクライナをとても愛しているし、ウクライナに多くの友人や親戚がいて苦しいです」

「正直、ロシアには帰りたくありません。ロシアに帰ると兵士に動員されるかもしれません。観光ビザの期限ギリギリまでタイにいて、その後はロシアではなく他の国に行くことも考えています。今、ここは自由な空気で楽しいです」

一方、プーケットでビジネスを行う人たちの中には、ウクライナ人のスタッフを抱える会社や、ウクライナ生まれのロシア人の経営者なども多くいることがわかりました。

彼らにウクライナの状況について聞くと、さらに複雑な本音が漏れてきました。

プーケットでビジネスを行う人
「ウクライナには親戚や家族が今もいて、つらく苦しいです」

「軍事侵攻には明確に反対です。仕事でロシア人観光客を受け入れることに葛藤はあります。でも、コロナ禍でビジネスが厳しかったこともあり、割り切って考えるしかないのです」

タイ政府「ロシアから100万人の観光客目標」

ジャズコンサートに集まった多くのロシア人

一方、受け入れる側のタイでは、政府がロシア人観光客のさらなる誘致に向けて動き始めています。二国間の友好関係を発展させようと、プーケットの海岸にロシアの有名な演奏家を招いてイベントを開きました。

タイ政府は、ことしロシアから100万人の観光客を呼び込む目標を掲げています。

タイ政府観光庁シリパコーン・チェアオサムット副総裁

タイ政府観光庁シリパコーン・チェアオサムット副総裁
「タイは観光業が主力産業で、GDPの18%を占めます。このために国を開かなければならないのです。まだまだ需要はあり、今後さらにロシアとの直行便は増える予定です」
「タイは紛争と観光を区別できるのです。特定の国に対して扉を閉ざしたくありません」
「ロシアの観光客は何も悪いことをしているわけではないのです」

観光以外でもロシアとの結びつき強まる動きが

バンコクで開かれたビジネスセミナー

観光以外でもロシアとの結びつきを強める動きが出ています。

首都バンコクでは、タイとロシアの貿易関係者が出席したセミナーが開かれていました。

セミナーのタイトルは「新しい現実 課題とチャンス」。

軍事侵攻後の両国のビジネスチャンスを探るのが目的です。

タイ側の参加者

タイ側の参加者
「現在の世界の政治・経済状況は、私たちにとって危機でもあり、チャンスにもなり得ます。私たちはきわめて実践的でなければならないのです」

ロシア側の参加者

ロシア側の参加者
「ロシアの生産者や輸入業者はビジネスチャンスを求め、東に目を向けるようになったのです」
「ロシアの大企業は、これまでタイを観光地として見ていて、ビジネスパートナーとしては見ていませんでした。しかし今、状況は変わりつつあるのです」

取材を終えて感じた違和感

私は去年6月、ウクライナで取材にあたりました。毎日のように防空警報が聞こえ、人々はミサイルがどこに落ちるかわからない恐怖のなかで暮らしていました。

被害を受けた建物 キーウ近郊 ボロジャンカ (2022年6月 鈴木記者撮影)

国内外に避難せざるを得ないウクライナ人が多くいるなかで、多くのロシア人観光客が南国のリゾートで休暇を楽しむ様子には違和感を覚えずにはいられません。

タイの人たちも決して軍事侵攻に肯定的なわけではありません。しかし、新型コロナで大打撃を受けた経済を何とか復活させるため、ビジネスは割り切ってロシア人の誘致に力を入れているのです。

欧米各国が主導してきたロシアへの制裁。しかし、その包囲網が世界に広がり、ロシアが弱体化しているかと言えば、そうではありません。

「国益」を重視する立場から制裁には加わらず、ロシアとの関係を維持する東南アジアの国々。ロシアによるウクライナ侵攻が長期化する中、世界の多極化という現実も感じざるを得ませんでした。

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