
去年10月タイで銃を持った元警察官が保育施設を襲撃し36人が死亡した銃撃事件。
36人のうち24人は2歳から5歳の幼児でした。
どうして幼い子どもたちが命を落とさなければいけなかったのか。
1000万丁もの銃が出回っているといわれるタイの現状を取材しました。
(アジア総局記者 鈴木陽平 / リサーチャー カーンボディ・ナームジット / リサーチャー タクダナイ・ゲートケオ)
昼寝をしていた子どもたちが
事件が起きたのは、子どもたちの昼寝の時間帯でした。
タイ東北部のノンブアランプー県にある保育施設を34歳の元警察官の男が銃と刃物をもって襲撃しました。
死亡した36人のうち24人は、2歳から5歳までの幼児でした。

元警察官の男はその後、自宅で妻と息子を殺害し、自殺。男は薬物中毒だったとも伝えられていますが、体内から薬物は検出されておらず、保育施設を襲撃した動機についてはいまも明らかになっていません。
男が使った銃は、合法的に手に入れたものでした。
私たちが事件から1か月がたった現場を訪ねると、たくさんの菓子やジュースが供えられていました。

“大きくなったらトラクターを買ってあげる”
事件で亡くなったクリサナポーンくん、3歳です。

音楽を聞くと楽しく踊り出す、陽気な性格でした。
「将来、大きくなったらおじいちゃんにトラクターを買ってあげる」と言っていた祖父母思いの子どもだったといいます。
両親はタイ東部の工場に出稼ぎ中だったため、祖父母と暮らしていました。
毎日、保育施設にクリサナポーンくんを送り迎えしていたという祖父母は、たった1人の孫を失った悲しみで、毎晩眠れなくなったといいます。

ブーンチャイさん
「孫が一人前になったときに、私は何歳になっているだろうといつも考えていました。成長が楽しみでしかたありませんでした。クリサナポーンは私が畑に行くといつもついてきました。今は農作業も手がつけられません。とても寂しい」
男が使った銃は合法的に手に入れたものでした。
なぜ、元警察官の男が銃を持っていたのか。遺族は銃の規制強化を求めています。

トンジャイさん
「元警察官がなぜ銃を持っていたのか。銃を規制する法律をつくってほしいです。こんなことは二度と起きてほしくない」
“お母さんはどこ?”
奇跡的に命をとりとめた子どもも、厳しい現実に直面しています。
クリサコーンくん、3歳。

事件で頭に大けがを負いました。
大きな手術をして、一命をとりとめ、1か月近く入院したあとに退院しました。
事件では母親のワニダさん(30歳)が亡くなりました。

いつも母親の近くにいたというクリサコーンくん。
父親のシリチャイさん(36)は、息子に母親の死を知らせることができずにいます。

シリチャイさん
「息子はまだ母親の死を知りません。ときどき、お母さんはどこ?と聞かれますが、はぐらかすことしかできません。生きている者たちはなんとか生活を続けていかなければなりません。毎日胸が張り裂けそうになりますが、なんとかやっていかなくてはなりません」
妻を失ったシリチャイさんも、タイの銃社会の現状について疑問を投げかけています。
「犯人を恨んでいますが、すでに死んでいてどうすることもできないし、銃はどこにでもあります。誰もコントロールできない状況になっています」
7人に1人が銃を持つ社会
スイスの研究機関によると、人口6600万人あまりのタイで、民間人が保有する銃は2017年時点で1000万丁あまり。東南アジア諸国の中で最も多いとされ、人々にとって銃は身近な存在です。

年齢が20歳以上で犯罪歴がなく、安定した収入などがあれば、合法的に銃を購入できます。
安いものは3万バーツ。日本円で12万円ほどと、庶民にも手が届く価格です。
また、警察官など公務員であれば、格安で、複数の銃を手に入れることができ、その一部が市場に流れているとみられています。
首都バンコクには高校生の通学路の脇に銃の販売店が並ぶ光景が見られます。

高校生
「子どもの頃から銃を売る店を見てきました。普通です。どうってことはありません」
バンコク近郊で、銃を持つ人の自宅を訪問してみると、複数の銃がクローゼットに保管されていました。

取材に応じた男性は「父の代から銃をもっていて、普通です。自分の財産や家族を守るためには銃は必要だと思います」と話していました。
違法ルート、いわゆる闇市場も存在していて、国境地帯では銃が密売されていると言われています。
SNSでは違法な銃の販売を低価格で持ちかける投稿が多くみられます。

ある投稿には、「質流れ品非合法銃(本物 お手ごろ価格3500バーツ(およそ1万4000円)」と書かれていました。
事件を機に、タイでは銃についての議論も始まっています。
タイ政府は銃の管理などの規制強化を進めると表明。銃を所持するための免許取得の際に、心理テストを義務づけるほか、取得後も持ち主の精神状態を確認する方針などが示されています。
凶悪事件を機に浮き彫りとなったタイの銃社会の課題。 悲劇を繰り返さないための対策が急がれます。
