2022年11月28日
ウクライナ ロシア

ロシア軍事侵攻「この冬の戦闘は激化する」専門家の最新分析

11月24日で9か月となったロシアによるウクライナへの軍事侵攻。

「この冬の戦闘は激化する」

こう分析するのは東京大学先端科学技術研究センター専任講師の小泉悠さんです。
寒さが厳しい冬に、戦闘がこう着するのではなく、なぜ激化するのか?
開戦から戦況をウォッチし続けるロシア専門家の最新の分析です。

(ヨーロッパ総局:渡辺信 国際部:後藤祐輔)

(※以下、小泉悠氏の話し)

いまの戦況をどう見る?

ウクライナ軍が9月から主導権を取りかけ、11月には南部の要衝ヘルソンを取り返したことで、この2か月ほどはウクライナ軍のペースで進んできたと思います。問題はこの先です。

今後もウクライナ軍が主導権をとり続けられるのか、それともロシア軍が取り返すのか、ここは、少し分からなくなってきている感じがします。

というのは、ウクライナ軍はヘルソンを陥落させましたが、川を渡ってドニプロ川の向こうまで反撃していくことは、かなり難しい。逆にロシア軍も川を渡ってヘルソンの西側を取り返しにいくというのも難しい状況です。このため、このヘルソン周辺の戦線は、しばらくは「こう着」せざるをえないのではないかと思います。

つまり、今度は勝負の場が、どこか南部以外の場所に移るということです。

ロシアは、新しい勝負の場所をウクライナ東部のドンバス地域にしようとしていて、特にその1つのドネツク州のバフムトという都市の周辺で、非常に激しく攻勢をかけ始めています。そのため、まずはウクライナ軍がバフムトを守りきるのか、それともロシア軍が2022年6月に東部のルハンシク州の要衝、セベロドネツクを落としたように、力で押してバフムトを奪うのか、このあたりが焦点になりそうです。

バフムト近郊のウクライナ軍(2022年11月20日)

また、ウクライナ軍も主導権を手放すことはしたくないはずなので、どこかで新たな反撃に出ると思いますが、その場所がどこなのかも気になります。

いまはいったん大きな戦闘が休止していて、ロシアもウクライナも、おそらく大きな攻勢に出ようとしているけれども、それはいつ、どこなのかということを探り合っている状況ではないかと思います。

厳しい冬、どちらが有利?戦況への影響は?

有利か不利かは「戦術」レベルと「作戦」レベル以上とで分けて考えたほうがいいです。

「戦術」レベルで考えると、ウクライナ軍は冬期専用の装備を手厚く支給されている一方、ロシア軍、特に動員された兵士たちは、ろくな被服も与えられていないという話があります。このため戦場で、どちらの兵隊が凍えるか、どちらの士気が高いかという問題でいうと、ウクライナ軍の方が有利なのかと思います。

東京大学先端科学技術研究センター専任講師 小泉悠さん

他方で、そもそも個々の兵士を超えた「作戦」レベル以上とか「戦略」レベルで考えた場合は、この冬の戦闘というのは、攻める方が有利になるのではないかとみています。

秋までは地面がぬかるんでいたので攻める側が不利でした。しかし、冬の戦闘になると、地面が凍って、ざんごうを掘るのも大変になることから、今度は守る方が大変になります。そうすると、どちらが先に大規模な攻勢を発動して、相手を受け身に回らせられるかという勝負になってくるのではないかと思います。

一概に、どちらが有利、不利とは言えません。相手が後手に回らざるをえないような巧妙な攻勢を、どちらが仕掛けるか、です。

ロシア軍の戦略どうなる?インフラ攻撃の効果は?

都市に対する空襲は、一種の場外乱闘戦です。戦場で勝てなくなり始めたから戦場以外の場所でなんとか勝てるようにしようというものです。

場外乱闘の方法として、ロシアは、カホフカのダムを破壊して周辺を水浸しにするかもしれないとか、ザポリージャ原発を破壊して放射性物質をまき散らすかもしれないとか、これ以上ウクライナが抵抗を続けるとそういうことが起きるぞ、という脅しをかけています。

ただ実際にできるかというとなかなか難しいのが実情です。このため、ロシア軍はこれから冬にかけて、人々が電気、熱を必要とするときに、インフラ、特に発電施設を攻撃して、ライフラインを絶つという作戦を行っています。

これは一種の戦略爆撃です。敵の軍隊ではなく、都市に対して爆撃を行って国民を狙うという100年以上前からある発想です。ただ、私はこれ自体で戦争のすう勢が大きく変わる感じは持っていません。

あとはロシアがこのような空襲をどれだけ続けられるのかということです。こうした攻撃には、ドローンとかではなく巡航ミサイルを使わざるをえないと思いますが、今のロシア軍が半年も1年もこの攻撃を続けられるかというと、ちょっと難しいんじゃないかという感じがしています。

私はやはりロシアは、どこかの時点で、こうした住民の生活を狙った攻撃は切り上げざるをえず、再び「戦場での勝負」というのが中心に出てくるのではないかという気がしています。

どういう状況なら停戦交渉に?

いま、交渉が活発化していることはどうやら確かなようです。

この前のロシアのSVR=対外情報庁のナルイシキン長官とアメリカのCIA=中央情報局のバーンズ長官の会談もそうだし、ロシアの安全保障会議のパトルシェフ書記とアメリカ・ホワイトハウスのサリバン大統領補佐官も、過去数か月間、連絡をとりあっていたといわれています。

アメリカとロシアが話し合いを続けていることはどうやら間違いない。確かにプーチン大統領もゼレンスキー大統領も時々、「停戦」という単語自体は口にしています。

しかし、そこから自分でイニシアチブをとって停戦をはじめようという動きがあるかといえば、いまのところ見せていません。特にウクライナ側から見た場合、いま「停戦」というのは言い出しにくいと思います。ウクライナ軍がせっかく領土を奪還し始めた段階なので、ここで「もうそろそろやめます」とは、なかなか国民に言いにくいところです。

もう1つ、やはりウクライナ側とすれば「ここで停戦する」と言っても、本当にプーチン大統領が停戦するかどうかが分からないということがあります。

ロシアが「停戦する」とだけ言っておいて、その停戦期間を、戦力を再建するために使って、また何か月かしたら攻めてくるのではないかという疑いをもっても当然です。ウクライナとすればロシアが侵略を再開できないぐらいに、もう少し戦場で勝たないと心配で停戦ができないということだと思います。

冬の戦況どうみる?

今回の戦争は極めて古典的な、戦場での軍隊同士のぶつかり合いで勝負が決まるというタイプの戦争です。

これから冬になって地面が凍って大規模な戦闘がやりやすくなるというときに、ロシア側とウクライナ側が、どのぐらい戦果を上げるのか、特にウクライナ側がロシアの侵略をこれ以上続けられないぐらいまでの損害を与えられるのかというところに大きくかかってくると思います。

秋は地面がぬかるんでいて普通のタイヤをはいている軍用トラックみたいなものだと、もう身動きが取れなくなるんです。まさにこの雨や地面のぬかるみが、クラウゼビッツが著書「戦争論」の中で「摩擦」と呼んだものです。

人類同士の戦争は、極限まで暴力をエスカレートさせていくというメカニズムが根本的に備わっているんだけど、現実にはいろんな理由で絶対的な暴力までいかない。その要因の1つが「摩擦である」「天候である」というふうに指摘しています。まさにクラウゼビッツが言うところの「摩擦」が、この秋にウクライナで発生しているのです。

ただ、寒さが厳しい冬になれば、地面が凍って、カチコチになります。

要するに、地面が普通に乾いて固い時と同じような状態になるので、実は両軍にとって、戦闘がしやすくなります。広く野原に展開して戦えるわけなので、これはお互いの戦闘力をフルに発揮することが可能になり、お互いの軍事力の地が出るような戦場になるんだと思います。

このため、私はこの冬の戦闘はやっぱり激化するのではないかと思っています。ロシア軍の持っている火力というのは侮れません。ウクライナ軍はロシア軍の火力そのものはつぶせないので、後方の弾薬庫などを高機動ロケット砲システム=ハイマースでたたくという戦闘を夏から続けてきて、大きな戦果を上げていますが、東部の要衝バフムトなどドンバス地域は、ロシア本土から近く、ウクライナ軍から脅かされるほど長い補給線もありません。

ハイマース(アメリカ・ワシントン州での米軍の演習の様子)

ウクライナ軍のハイマースの威力などはありつつも、ロシア軍の火力が依然として非常に高いことから、この冬、特に東部では火力がものを言うような戦争になっていく可能性が高いと思っています。

いつまで激しい戦闘続く?

この冬にいかにウクライナ側がうまくやったとしても、ロシアが完全に侵略を諦めて、この冬の間に軍隊を撤退させることは、ロシア側が大きく意図を変えないかぎり、なかなかないと思います。 

そうすると、この戦闘が来年の春先まで続いて、春先の泥ねい期(ぬかるみの状態)でいったんはこう着した後、春夏になると戦闘が再開できます。そうなると非常に嫌な話しですが、だいたい来年いっぱいぐらいまで戦闘が続くという状況が見えてきます。

ブチャ(キーウ郊外 2022年4月20日)

そのときに果たして国際社会がどこまでウクライナを支え続けられるのか、です。もちろんロシア側も負担は厳しいので、ロシア自身の体力や国民の支持がいつまでもつのか、という点もあります。

侵攻開始1年を越えたぐらいから非軍事的な要素、周辺の国々とかロシア自身の体力が問題になってくると思っています。

戦況苦戦も プーチン氏どう出る?

そもそも今回の戦争でのロシア側の大きな目的は、ウクライナをロシアの勢力圏として取り戻すというものであるように思います。

開戦当日にプーチン大統領が言ったのは、ウクライナの「非ナチ化」、つまりゼレンスキー大統領の政権は「ナチス」だと言っているわけです。

いまの政権を下ろして、非武装化と中立化を実現し、軍事的にロシアに逆らえない状態にするということが目標です。とするならば、これは簡単に諦められることではなく、ウクライナの一部の領土を支配するとか、何らかの資源地帯を占拠するとかで満足する戦争でもない気がします。

ウクライナという国が、ロシアに対して独立の意思を持った存在であるということそのものがどうも気に入らない、おそらくこれがロシアのオリジナルな意思なんだと思います。 

今後のポイントとしては、ロシア側がウクライナの主権そのものを否定するような考え方を変えずにいくのか、それともある程度の支配領域を持って満足し、このぐらいまでやれば、国民に一応「勝った」というふうに言えるという政治的な打算を優先するようになるのか、ではないかと思います。

ただ、もしもプーチン大統領が当初の戦争目的を放棄しないのであれば、やはりこの戦争は簡単に終わらないだろうと思います。

国際ニュース

国際ニュースランキング

    世界がわかるQ&A一覧へ戻る
    トップページへ戻る