2022年11月25日
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ロシア“プーチン氏は妥協しない” アメリカの前駐ロ大使の洞察

ロシアによるウクライナへの軍事侵攻が始まって9か月。
戦地は厳しい冬を迎えつつあります。

アメリカ軍の制服組トップ、ミリー統合参謀本部議長は11月16日の記者会見で、戦闘がこう着状態になれば、両国の対話のきっかけになる可能性があると指摘。

しかしー。

「プーチン大統領は妥協しない。彼の時間軸はわれわれよりもずっと長く、待つことをいとわない」

そう断言するのがアメリカの前の駐ロシア大使、ジョン・サリバン氏(John Sullivan)です。
いったい、どういうことなのか。

(聞き手:ワシントン支局 渡辺公介)

前駐ロシア大使 ジョン・サリバン氏とは

アメリカ外交のナンバー2の国務副長官などを歴任。ウクライナへの軍事侵攻が始まる3年前の2019年12月から2022年9月まで、駐ロシア大使を務めました。

モスクワからプーチン氏の動向を見続け、「ロシアは軍事侵攻する」と警鐘を鳴らしていました。アメリカの対ロシア外交を最前線で担ったサリバン氏にインタビューしました。

アメリカ サリバン前駐ロシア大使

※以下、ジョン・サリバン氏の話

軍事侵攻前の米ロ間の外交戦は?

(軍事侵攻が始まる4か月近く前の)2021年11月1日、私は一時帰国していたアメリカから、CIA=中央情報局のバーンズ長官とともにモスクワへ向かいました。長官は、バイデン大統領の指示で、ロシア政府の最高指導部と会談するため派遣され、私も同席しました。

バーンズ長官はロシア側に「われわれの分析によれば、ロシアが軍事侵攻することはわかっている。そうなれば、同盟国とともに力強く対抗措置をとり、ロシアは壊滅的になる」と説明しました。しかし、ロシア側は「侵攻する意図もなければ、そんな計画もない」と全面的に否定したのです。

バーンズCIA長官

それは明らかに真実ではありませんでした。今回のロシアによる侵攻の規模から、必要だった準備、計画を考えてみてください。早期に首都キーウを制圧するなどの計画は最終的に失敗しましたが、彼らは長い間、計画を立てていました。

ロシアはいつから侵攻計画を立てたのか?

2014年のクリミア併合よりも、もっと前の15年前、プーチン氏がドイツのミュンヘンの国際会議※で行った有名な演説にさかのぼるとみています。

ミュンヘン安全保障会議で演説するプーチン大統領(2007年)

ロシア政府は2021年12月に、アメリカやNATOに対し、いわゆる安全保障に関する条約案を公開しましたが、真剣に交渉をするつもりはなかったのだと思います。それらは非常に短く、あっさりとした文書で、NATOを数十年前に創設した条約の条項の放棄を迫るものでした。アメリカとしては決して受け入れられるものではありませんでした。

当然、ロシア側もアメリカが受け入れることはできないとわかっていたのです。

※2007年ドイツのミュンヘンで行われた安全保障に関する国際会議で、プーチン大統領は、NATO=北大西洋条約機構の拡大を主導するアメリカを強く批判した。

今回の“プーチンの戦争”をどう見る?

ロシアはウクライナ政府のレジリエンス(回復力、立ち直る力)とゼレンスキー大統領を過小評価しました。また、この侵略戦争に反対するために団結したアメリカとヨーロッパ諸国の決意も過小評価したと思います。

プーチン氏はNATOの拡大を止めたいと思っていたのに、フィンランドとスウェーデンが加盟することになりました。プーチン氏にとって、今回の攻撃的な戦争は地政学上、悲劇的なことです。

ウクライナに展開するロシア軍兵士

プーチン氏はソビエト連邦を再建しようとしていると話す人がいますが、そうではないと思います。彼はロシア帝国、つまりロシアだと信じている世界の一部を取り戻そうとしています。

ロシアは、アメリカが文化面や政治面でロシアを征服しようとしているという“作り話”をしています。プーチン氏は自分がしていることの法的正当性を持ちたいと思っているので、今回の軍事侵攻も「自己防衛」だと呼んでいるのです。

核兵器使用の可能性は?

個人的な意見ですが、いまの時点では、ありそうもないでしょう。

私がモスクワで大使を務めていたときも、ロシア政府の高官からは米ロの対立が最終的には核戦争につながるかもしれないという話は何度も聞きました。それは、ロシアが交渉の場で使ってきた常とう手段なのです。ロシアがこのような状況で核兵器を使用した場合、世界の舞台でどんなのけ者になるか想像してみてください。

ロシアによる ICBM=大陸間弾道ミサイル発射実験(2022年4月)

ただ、そうは言っても、ロシア政府による核兵器の威嚇は明白であり、バイデン政権でも真剣に受け止められています。そして、もし、ロシアがクリミアを奪還されるなど、侵攻前の2022年2月24日よりも占領地域を失って状況が悪化した場合は、ロシアによる核兵器の使用のリスクを考えなければなりません。

軍事作戦は失敗との見方も プーチン氏の権力に影響は?

ロシアの地政学的な立場は明らかに著しく低下しました。国連の140以上の加盟国が軍事侵攻を非難し、ロシアの評判は大きく傷つきました。

また、ロシア国内でプーチン大統領の政治的な立場はある程度、弱くなりました。ロシア政府が部分的な動員を始めたあと、大勢の人たちがロシアから国外に脱出しました。これは、一種の抗議活動です。ロシアでは、アメリカや日本のように、集まって抗議活動をすることはできませんから。

特に若い人が逃げたことは、少子化が進むロシア経済に長期的に悪影響を与えます。彼らがいつ戻ってくるのか、誰もわかりません。

ロシアの隣国ジョージアへ向かう車の列(ロシア 北オセチア・2022年9月 )

また、報道によれば、チェチェン共和国の指導者、カディロフ氏などが「特別軍事作戦」に批判的な発言をしました。批判の矛先は、主に、ゲラシモフ参謀総長が率いるロシア軍やロシア国防省などに向けられていますが、最終的には、「特別軍事作戦」に大統領として責任を負っているのはプーチン氏です。こんなことは異例なことで、見たことがありません。

チェチェン共和国の指導者 カディロフ氏

ただ一方、現時点では、政権内でプーチン氏を追放しようとたくらんでいる人たちがいるとは思えません。

プーチン氏は今後どう出る?

これから寒さが厳しくなり、軍事作戦を冬まで継続することは、より難しくなっていますが、プーチン氏は今回の軍事作戦の目標を縮小するつもりはないと思います。ロシアには多くの兵士に犠牲が出ました。今、引き下がるのは難しいです。

プーチン氏の“時間軸”は、アメリカや日本の指導者たちが持っているものよりもずっと長いのです。待つことをいとわず、ウクライナを支配するという目標で妥協することはありません。

高速道路を例にとりましょう。プーチン氏は「出口」よりも「休憩施設」に向かうでしょう。たとえ、「出口」を用意したとしても、望んでいないのです。

欧米各国がロシアへのハイテク技術の輸出を規制したことで、ロシア軍は、精密誘導弾などの使用が難しくなり、効果的に戦えなくなっています。しかし、それによって、プーチン氏がウクライナでの戦略的な目標を変えることはないと思います。ただ、目標の達成が難しくなっただけなのです。

ロシア政府は、ウクライナをロシアの属国にしようとしています。プーチン氏は、独立したウクライナや、英雄的なゼレンスキー大統領を望んでいないどころか、がまんならないのです。

ウクライナ ゼレンスキー大統領

ご存じのように、今回の戦争はヨーロッパ大陸の中心部で、非常に長い間、安全保障上の問題になる状況を引き起こしていると思います。一時的な停戦があったとしても、両国の敵意は続くでしょう。

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