2022年6月16日
プーチン大統領 ウクライナ ロシア ヨーロッパ

【詳しく】プーチン大統領の愛国主義と戦勝記念日と矛盾

ロシア軍がウクライナに侵攻して3か月あまり。この1か月間のプーチン大統領の演説や発言について、旧ソビエト時代から長年にわたってロシアを取材してきたNHKの石川一洋解説委員に分析してもらいました。
注目したのは5月9日の「戦勝記念日」の演説でした。

今回の分析からは
① 矛盾?
② 宣戦布告の論理構成
③ ロシア愛国主義
というキーワードが浮かび上がってきました。

(演説全文は文末にリンクあり)

今回、注目した演説は?

やはり、5月9日の「戦勝記念日」での演説ですね。まずは、この日が、ロシアにとっていかに大切な日かを少しお話したいと思います。

77年前のこの日、第2次世界大戦でナチス・ドイツが降伏しました。ヨーロッパでは5月8日で、ロシアでは時差の関係で5月9日になります。ロシアでは、この日を「対独戦勝記念日」としていて、とても大切な祝日です。

この日を理解するためには、ナチス・ドイツとの戦いにおける、旧ソビエト、その中には今のロシアやウクライナ、ベラルーシが入っていましたが、その甚大な犠牲について知る必要があります。

甚大な被害とは?

02 220615【詳しく】プーチンの矛盾 アフロほか 独ソ戦
ドイツに反撃する旧ソ連軍(1943年)

第2次世界大戦で、旧ソビエトは、世界で最も多い少なくとも2600万人の兵士と市民が死亡したとされています。当時の旧ソビエトの人口は約2億人だったので、10人に1人以上犠牲となりました。戦勝国とは思えない甚大な犠牲です。

この数字には、一般市民の犠牲者も含まれています。例えば、ロシア第2の都市サンクトペテルブルク、当時のレニングラードでは、900日近くにわたってナチス・ドイツ軍に包囲されて、数十万人が戦死、または餓死したとされています。

今のベラルーシ、ウクライナ、そしてロシアの西部はナチス・ドイツとの地上戦が行われました。私の友人や取材対象の方にも本人が戦争孤児、あるいは親が戦争孤児だった人は何人もいます。

5月9日 国民感情は?

私が初めて戦勝記念日を取材したのは1990年のことです。

まだ退役軍人の方が元気で、同じ部隊の人たちが年に1度、「ここで会おうね」と待ち合わせていた場所のひとつがモスクワのボリショイ劇場の前でした。女性の元兵士の姿が多いのも印象的でしたが、花束を持ったお年寄りが「元気か」「また会えてよかった」と、抱き合う姿には心を動かされるものがありました。

石川一洋解説委員 元モスクワ支局長 旧ソビエト時代から取材

多くの人たちにとっては戦死者を悼む日です。「戦勝記念日」と呼ばれ、プーチン政権になって軍事パレードなどが注目されたりしますが、実は、もともとは平和を願う日という意味合いが強い。

2600万人もの人が犠牲になり、家族や親族に犠牲者がいない人はいません。だから家族みんなで集まって戦争体験者のおじいさんやおばあさんなどとともに、犠牲者を悼み、平和に感謝をする日なのです。あの悪夢を2度と繰り返さないよう、平和を祈る日なのです。それはロシアだけでなく、ウクライナやベラルーシでも同じです。

国民が、2度と戦争をしたくないと、平和を最も願う日を、特別作戦という名の戦争でむかえてしまう。その矛盾が、この日のプーチン大統領の演説にもあらわれています。

プーチン大統領の演説とは?

プーチン大統領は9日、首都モスクワの赤の広場で開かれた式典で演説しました。

結論から言いますと、これまでの演説と比べて、非常に内向きでした。世界に発信するのではなく、ロシア国民に向けた演説でした。それは先ほど述べた通り、「戦勝記念日」の持つ本来の意味、国民感情とウクライナ侵攻の矛盾を、国民に説明しなければならなかったからです。

矛盾点とは?

平和を最も願う日に、ウクライナ侵攻を継続しているという点ですね。当然、ロシア国民もやはり「なぜ侵攻したの?」と思っているわけですからね。

その矛盾について、プーチン大統領は国民に対して、演説でこう話しています。

ロシア プーチン大統領
「ロシアは西側諸国に対し、誠実な対話を行い、賢明な妥協策を模索し、互いの国益を考慮するよう促した。しかしすべてはむだだった」
「ロシアが行ったのは、侵略に備えた先制的な対応だ。それは必要で、タイミングを得た唯一の正しい判断だった」

これは、“我々は平和交渉をしてきたが、相手が全く飲まなかったから、やむをえず戦いにでた”と言っているわけです。つまり悪いのは、アメリカなど西側諸国だと。これは過去に使われた、典型的な宣戦布告の論理構成とよく似ています。

ほかにも矛盾が?

プーチン大統領は今回の侵攻を「大祖国戦争」と呼ばれるナチス・ドイツとの戦いと重ね、祖国防衛が目的の特別軍事作戦だと訴えています。このため演説では、「戦争」ということばは、一切、使っていません。

でも、すでにやってること、プーチン大統領の演説は、限りなく戦争の状態なのに、いまだに「特別軍事作戦」ということになっています。ここも矛盾している点です。

そもそも、平和を願う日に事実上の戦争状態が続き、しかもその相手が旧ソビエトの中でともにナチス・ドイツと戦ったウクライナで、さらにウクライナから勝利をと、矛盾に満ちた演説ともいえます。

ほかに注目した点は?

プーチン大統領のロシア愛国主義のルーツは第2次大戦・大祖国戦争にあるという点です。それを理解するには、まずは旧ソビエトと帝政ロシアの歴史について知る必要があります。

実は、旧ソビエトの共産主義が主たる敵としたのは、ロシア主義といいますか、ロシアナショナリズムだったのです。

ロシアナショナリズムは帝政ロシアの復活につながりかねないとして警戒され、数百万人の帝政ロシアにつながる人々は抹殺、国外に追放されました。

多くの文学者、知識人も粛清、弾圧の犠牲となりました。軍も粛清の対象となりました。

誰が粛清、弾圧を?

07 220615【詳しく】プーチンの矛盾 アフロほか スターリン
旧ソビエトの指導者 スターリン

ソビエト共産党の創設者で指導者のスターリンです。スターリンは、ロシアナショナリズムの復活を恐れていました。ソルジェニツィンのいう共産主義の赤い車輪が歴史的なロシアをじゅうりんしたのです。

旧ソビエトの最初の国歌は「インターナショナル」、「起て、飢えたるもの、圧政の世のすべてを破壊し、新世界を築く」という既存の国家を否定する歌が国歌となっていました。

その旧ソビエトの中で「ロシアナショナリズム」が復活したのが第2次大戦だったのです。

1941年6月、旧ソビエトは、ヨーロッパ全土をほぼ支配したナチス・ドイツの軍隊の急襲を受けます。ソビエト赤軍は大敗北を決し、ウクライナ、ベラルーシは占領され、その冬にはモスクワの近郊40キロまでドイツ軍が迫ったのです。

スターリンに弾圧されたウクライナ、特に西部ではナチス・ドイツを解放軍と歓迎し、協力する動きもあったのです。ちなみにプーチン大統領は今のウクライナはこうした動きを正統化し、その流れを受け継いでいるとして、ネオナチと呼び、侵攻の理由としています。

スターリンは何を?

インターナショナル、国際主義ではナチス・ドイツに太刀打ちできないと考えたスターリンが頼ったのが、弾圧してきたロシア愛国主義でした。

ロシア正教会に協力をもとめ、正教会もそれに応えました。多くの聖職者が収容所から解放されました。ロシアを守る戦い・大祖国戦争としてロシアの愛国心を奮い立たせました。

戦争の中で国歌はインターナショナルから新たなソビエト国歌に代わりました。
「自由な共和国の揺ぎ無き連邦を偉大なるルーシが永遠に固める」。
「偉大なるロシア」というロシア愛国主義が復活したのです。第二次大戦以来、旧ソビエトの枠内で脈々とロシア愛国主義が底流として流れるようになりました。

その愛国主義を、国のイデオロギーとして復活させ、安定の土台としたのがプーチン大統領なのです。

プーチン大統領の愛国主義とは?

08 220615【詳しく】プーチンの矛盾 アフロほか レニングラード
ナチス・ドイツ軍に包囲されたレニングラード(1942年)

プーチン大統領自身は戦後の生まれですが、戦争の傷跡の深い家庭に生まれました。

両親ともにナチス・ドイツ軍に包囲された当時のレニングラードにいて、父親は戦闘で重傷を負いました。母親は飢えで死にかけたといわれています。

だからプーチン氏は、大戦での勝利、勝利への思いがとても強い。それだけの犠牲を払って勝ち取った勝利という思いがあるのだと思います(詳しくはロシアのプーチン大統領はどんな人?)。

大統領になるとすぐ新しいロシア国歌を制定しました。ソビエト国歌のメロディを復活させ、それにロシアをたたえる歌詞をつけました。第2次大戦の勝利と愛国主義を基盤とするプーチン大統領の国歌といえます。

でも、指導部に戦争体験者がいれば、なぜ第2次大戦の悲劇の舞台となった土地で再び同じような戦争を起こすことができるのでしょうか。ウクライナにも、ナチス・ドイツ軍との戦いで、苦しんだ、大変な人たちが今もいるわけですから。

米ソ対立の冷戦時代、朝鮮戦争、ベトナム戦争という悲惨な地域紛争、そして東欧諸国の民主化への弾圧もありました。

ただソビエトの指導者、フルシチョフやブレジネフは、あの戦争を繰り返してはならないという1点ではアメリカの指導者と一致し、ヨーロッパでの大きな戦争は繰り返されませんでした。

今後の懸念は?

ロシア軍のICBM

私が懸念しているのは、ロシアの戦術核兵器の使用です。

ロシアは戦術核兵器というものを非常にたくさん持っています。私は昔、核開発も取材したんですけれども、冷戦時代から、超小型の核兵器などもすでに開発していました。そうしたものが今、どうなっているのか私はわかりません。

ただ、核兵器の使用というのは、誤解、認識のずれが大きくなると、そのリスクも大きくなります。ロシアが、ウクライナを全面支援しているアメリカと戦っているんだという認識を強めていく中で、何か偶発的なことがおきないとは限りません。

また、ロシアがギリギリまで追い込まれた場合、この戦術核兵器の使用に踏み切るのではないかということを懸念しています。

そして私が最も気がかりなのは、これ以上、どれほどの犠牲者がでるかです。これはウクライナの人たちだけでなく、ロシア側についても同じです。

9日の演説で、プーチン大統領は、戦死者や負傷者の子どもたちを特別に支援する大統領令に署名したことを明らかにするなど、戦争が長期化して戦死者が増えていることを事実上、認めています。おそらく、プーチン大統領が想像した以上の犠牲者になっているのだと思います。

停戦の見通しは?

現段階においては停戦への道筋、見通しは全く見えません。

可能性としては、戦況がこう着し、自然と停戦ラインというのができて、そこで一時停戦、または休戦ラインというものがつくられるかもしれません。しかしお互いの対立はかなり長く続くと思います。つまり、戦争状態はそのまま残るということで、今のところ、恒久的な停戦あるいは終戦という見通しは、残念ながらありません。

つまりこの戦争が始まった段階で既に、ロシアの失敗であり、このロシアを戦争に走らせてしまったという点では国際社会の失敗だと思います。

演説の全文はこちら

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