「“いかさま”バイデンはアメリカを第3次世界大戦に巻き込もうとしている」
ウクライナ支援の継続を訴えるバイデン大統領に対して、トランプ前大統領はこのように非難しています。
こうしたトランプ氏の意をくんで、アメリカの議会では支援反対に回った共和党議員も少なくなく、ウクライナ支援の予算案は暗礁に乗り上げたままです。
トランプ氏の影響力の源はどこにあるのか。アメリカの支援はどうなるのか。取材しました。
(ワシントン支局記者 渡辺公介 / 根本幸太郎)
ウクライナよりもアメリカの国境を守れ
2月29日、トランプ氏が訪れたのは、南部テキサス州のメキシコとの国境でした。
現地で演説したトランプ氏は、バイデン大統領の政策を痛烈に批判しました。
トランプ氏
「これは、バイデン氏がもたらした侵略だ」
トランプ氏が「侵略」と呼んだのは、法的な手続きを経ずにメキシコとの国境を越えて大勢の人がアメリカへの入国を試みている状況です。
昨年度は247万人に達し、3年連続で過去最多を記録しました。
移民や難民に“寛容な姿勢”を示すバイデン政権が2021年に発足して以降、急増。こうした状況をトランプ氏は厳しく批判し、ウクライナよりも「アメリカ国境を守れ」と訴え、保守層の間で共感を呼んでいるのです。
テキサス州で、国境近くに住むマリア・ナップさん(77)もこうしたトランプ氏の主張を強く支持する1人です。
ナップさんはおととし、外出先から自宅に戻ると、冷蔵庫を物色する見知らぬ人と遭遇しました。
ナップさんが恐る恐る尋ねると、国境を越えて来たアルゼンチンの女性で、空腹のあまり、食べ物を探していたのだといいます。
知らぬ間に家に侵入されて恐怖を感じたナップさんは、国境警備隊に通報しました。そして、この件をきっかけに、国境管理を厳しくして、不安を取り除いてほしいと、トランプ氏を支持する思いを強くしたと話していました。
ナップさん
「わたしは100%トランプ氏を支持する。バイデン大統領は国境問題にまったく対処できていない。ウクライナを守るのに、自国の国境は守っていない」
国境管理の問題は、いまや全米の関心事となっています。
テキサス州の知事は、国境を越えてきた人たちを次々にバスに乗せ、与党・民主党がトップを務め、移住を目指す人たちに寛容とされる州や都市に送り込んで、受け入れを迫っているからです。
テキサス州が受け入れを迫った州や都市は、東部のニューヨークや中西部のシカゴ、西部のロサンゼルスなど各地にまたがっています。
一方、バイデン大統領もトランプ氏と同じ日に、テキサス州の別の国境沿いを訪問。
国境管理を厳しくしようにも、それを阻んでいるのはトランプ氏だと主張しました。
バイデン大統領
「トランプ氏は、国境問題で政治的な駆け引きをしていないで、わたしと一緒に、議会に対し、国境管理の強化に向けた超党派の法案を可決するよう呼びかけてほしい」
しかし、トランプ氏は耳を傾ける様子はありません。
それどころか、バイデン政権の国境政策について「アメリカを転覆させようとしている」などと批判を強めています。
ことし秋の大統領選挙を前にトランプ氏は、国境政策でバイデン大統領が成果をあげることを阻んでいます。
その背景には世論の変化があります。
2月に実施された世論調査では「アメリカの最も大きな脅威はなにか」を尋ねた質問に、28%が「移民」の問題を選びました。去年8月の調査では9%に過ぎず、半年で「経済」(12%)と「物価上昇(インフレ)」(11%)を上回る問題に浮上し、大統領選挙でも大きな争点となるとみられています。
暗礁に乗り上げたウクライナ支援
かねてから、共和党は、ウクライナへの軍事支援の継続よりも、メキシコとの国境管理の強化を優先すべきだと民主党やバイデン政権に迫ってきました。
議会上院の与野党は、総額600億ドルあまりのウクライナ支援と、メキシコとの国境管理の強化を抱き合わせた緊急予算案でいったんは合意。
2月7日には、議会上院で、この案の審議を前に進めるかどうかの採決が行われました。しかし結果は、共和党の議員が合意を反故にして反対に回り、49対50の1票差で否決。
ウクライナ支援は、暗礁に乗り上げました。
圧力かけた?!トランプ氏
共和党議員が反対に回った最大の理由は、トランプ氏の存在でした。
トランプ氏が採決前に集会で演説し、国境管理が不十分だとして共和党議員に対し、法案に反対するよう圧力をかけたことが影響したのです。
トランプ氏を支持し、ウクライナ支援に反対する共和党の下院議員の1人に話を聞きました。
ビッグス下院議員
「トランプ氏が大統領だったとき、メキシコとの国境政策は安定していた。世界におけるアメリカの存在感は大きく、国際情勢も安定していた。
共和党の大統領候補者がトランプ氏になるのに、トランプ氏を支持しないのであれば、自分の有権者に説明できない。トランプ氏はすでに確実に議会共和党で影響力を持ち、ますます影響力を拡大させている」
連邦議会の下院議員は2年に1度、全員が改選されます。
大統領選挙が実施される11月5日は、下院議員選挙の日でもあり、共和党議員のなかには、保守層で高い人気を誇るトランプ氏の方針に従うのが得策だと考える議員が多くいるのです。
トランプ氏は、有権者が抱く、バイデン政権の国境政策に対する不満や、ウクライナへの“支援疲れ”を巧みにくみ取り、政治的なエネルギーに転換して影響力を行使しているのです。
バイデン政権に突破口はあるのか
2月13日、議会上院は国境管理の強化策を切り離したうえで、ウクライナやイスラエルへの支援を含む総額950億ドルあまりの緊急予算案を可決し、下院に送りました。
上院は任期が6年で、11月に改選されるのは3分の1の議席にとどまることもあって、共和党議員でも、下院ほどはトランプ氏の言動に左右されないと言われています。
一方、下院で採決をするかどうかの権限を持つ共和党のジョンソン下院議長は、この予算案に否定的な見方を崩していません。
3月の末になっても、緊急予算案は審議されていません。
「歴史が見ている」
バイデン大統領は3月7日に、アメリカ連邦議会で今後1年の施政方針を示す一般教書演説に臨み、ウクライナ支援の重要性を訴えました。
そのなかで触れたのは、第2次世界大戦中の1941年1月、当時のルーズベルト大統領が行った一般教書演説でした。
このとき、ルーズベルト大統領は「こんにちほど、アメリカの安全が外からの深刻な脅威にさらされたときはない。アメリカ史上、前例がない瞬間だ」と強調し、ナチスドイツに抵抗を続けるイギリスへの支援を誓いました。
バイデン大統領は、このルーズベルト大統領の歴史的な演説を引用し「アメリカ史上、前例のない瞬間に直面している」と訴えたのです。
バイデン大統領
「歴史が見ている。もし、アメリカが手を引けば、ウクライナは危険にさらされる。ヨーロッパも危険にさらされる。
自由な世界が危険にさらされ、われわれに危害を加えることを望むものたちを勇気づけることになる」
各国も注視
アメリカのウクライナ支援の行方と、トランプ氏の影響力については各国も注視しています。
ドイツ南部で各国の首脳や閣僚が参加して毎年2月に開かれる「ミュンヘン安全保障会議」。
過去2回はいずれも、ヨーロッパで力を背景に現状変更を試みるロシアに対し、欧米の結束を確認する場となってきました。
ことしは、ゼレンスキー大統領が参加して演説し、40か国以上の首脳に直接、支援の継続を訴えたことで、脚光を浴びましたが、ここでも、もう1人の主役は会場には来ていないトランプ氏でした。
登壇したパネリストや集まった記者から出されたのは、トランプ氏をめぐるさまざまな質問でした。
「もし、トランプ氏が大統領選挙で返り咲いたら、ウクライナ支援はどうなるのか」「アメリカのウクライナへの関与の仕方はー」「アメリカとヨーロッパの同盟関係はー」。
ウクライナへの対応をめぐって、欧米を結束させ、軍事支援をリードしてきた「扇の要」ともいえるアメリカが、いまや最大の不安要素と受け止められていることが、ひしひしと伝わってきました。
会議の直前、トランプ氏がNATO=北大西洋条約機構について、求められている負担金を払わなければアメリカは防衛しないという趣旨の発言をしたことも大きな波紋を広げました。
トランプ氏に注目しているのは、ヨーロッパ各国だけではありません。
アジアに目を転じると、トランプ氏は大統領時代、韓国に駐留するアメリカ軍の経費をめぐって、韓国側に負担の大幅な増加を求めたこともあります。
もし、大統領に返り咲いたら、「ディール=取り引き」を重視するトランプ氏は同盟国に何を求めてくるのか。
ウクライナ支援に“待った”をかけ、それがアメリカ政治だけでなく国際情勢にも大きな波紋を広げているトランプ氏。その強い影響力に今後ますます、世界の目が注がれることになりそうです。