2024年1月31日
ウクライナ ロシア ヨーロッパ

最新状況「ロシア軍は町を破壊し尽くしている」反転攻勢のいま

ロシアによるウクライナへの軍事侵攻が始まってまもなく2年。
ウクライナでは東部や南部の要衝をめぐり、激戦が続いています。

「ロシアはアウディーイウカを破壊し尽くしている」

東部の要衝、アウディーイウカを防衛するウクライナ軍の前線部隊「第110独立機械化旅団」の報道官のことばです。

去年(2023年)6月から始まったウクライナ軍の反転攻勢はどうなっているのか?

前線部隊や激戦地の市長へのインタビューからその現在地を探ります。

(国際部記者 吉塚美然)

去年6月から始まった反転攻勢

ウクライナ軍の反転攻勢が始まったのは2023年6月。

ゼレンスキー大統領
「ウクライナでは、反転攻勢と防御の軍事行動が行われている」

会見するウクライナ ゼレンスキー大統領(2023年6月10日)

この2日前の6月8日に、アメリカのシンクタンク「戦争研究所」はホームページで戦況の分析を公開。この中で「ウクライナ軍は反転攻勢の一環として、少なくとも前線の3つの地域で作戦を行った」と指摘。8日までに、東部ドネツク州のバフムト周辺やドネツク州の西部のほか、南部ザポリージャ州の西部でもウクライナ軍が攻撃に打って出たという分析を明らかにしました。

ロシア側に占領された領土の奪還を目指すウクライナ軍。防御に徹するロシア軍。各地で双方による激しい戦闘が繰り広げられてきました。

前進するウクライナ軍の兵士(バフムト方面とされる 2023年6月)

「反転攻勢」停滞の指摘も

秋以降は、ロシア軍が東部のドネツク州などで攻勢を強め始めました。ウクライナ軍のザルジニー総司令官は、イギリスの経済誌「エコノミスト」(11月1日付)の中で、戦況について「第1次世界大戦と同じように、こう着状態に陥る段階に達している」という認識を示しました。

ウクライナ軍 ザルジニー総司令官

さらに、12月にはゼレンスキー大統領が反転攻勢についてAP通信のインタビューで「早く結果を出したかったが、望んだ結果が得られなかった」と述べるなど、その停滞が伝えられています。

東部戦線でウクライナ軍が苦戦も

激戦が続いているとされているのが東部の戦線です。特にドネツク州のアウディーイウカやマリインカ近郊、バフムト、それにハルキウ州のクピヤンシクなどの前線でロシア軍の攻撃が続いているとされています。

その一つ、アウディーイウカは東部ドネツク州の中央部に位置する人口3万余りの小さな町です。すでに多くの住民が避難しています。ウクライナ軍にとっては重要な補給拠点ですが、ロシア軍はこの町を取り囲むように占領地域を広げていて、ドネツク州全域の掌握を目指す上での「突破口」として重視しています。

複数のウクライナメディアによりますと、ウクライナ軍のザルジニー総司令官は、今のままではアウディーイウカは2、3か月以内に占領されるおそれがあるという認識を示しました。さらに、隣に位置するマリインカという町では、ロシアの制圧によってウクライナ軍の部隊が郊外に撤退したことも認め、苦戦が明らかになっています。
(2023年12月26日の記者会見で)

「インフラは100%破壊された…」市長が語る

アウディ―イウカはいったいどうなっているのでしょうか。戦時下の現在、市の軍政にも携わっている市長が取材に応じました。

アウディーイウカ市 ビタリー・バラバシュ市長

壊滅的な被害を受けている町。ビタリー・バラバシュ市長は、特に電力の供給源となっていたコークス工場が空爆で破壊されたことが厳しい惨状を招いていると訴えます。

バラバシュ市長
「ロシア軍は町を包囲しようと差し迫っていて、周辺で激しい戦闘が続いています。インフラは100%破壊されたと断言できますし、住宅など建物の破壊率も100%に近づいています。市内には電気もガスも共有されず、明かりも暖房もありません」

アウディーイウカ近郊(2023年11月)

「もとの人口は3万3000でしたが、今ではその4%、1300人ほどしか残っていません。残った住民は地下室で過ごし、ストーブで薪を焚いてしのいでいますが、敵はストーブの煙がどこから出ているのかを見て、空爆を行うことまでします。さらに、市内には飲み水もなく、汲み上げた井戸水を沸かして飲むしかないのですが、その井戸水を運ぶ道中でも、常に銃撃を受けていて、水の供給は難しいのです」

前線の戦闘で何が?人的損失を顧みないロシア軍

なぜ、ロシア軍が攻撃を強め、ウクライナ軍が守勢に回る事態となっているのか。

アウディーイウカでロシア軍と激戦を繰り広げている、ウクライナ軍の前線部隊「第110独立機械化旅団」のアントン・コツコン報道官に話を聞きました。

ウクライナ軍「第110独立機械化旅団」アントン・コツコン報道官

コツコン報道官が指摘したのが、ロシア側の攻撃の大きな変化です。ウクライナ軍は戦闘の長期化で兵員の確保が課題となっている一方で、ロシア軍はこれまで以上に戦闘機や砲弾などを増やして、大量の兵士を投入してきているといいます。損失を顧みない、いわば「人海戦術」をとってきているのです。

アウディーイウカ方面に砲撃するロシア軍(2023年12月)

コツコン報道官
「ロシア軍は信じられないほどたくさんの兵士を投げるように投入し、攻撃が始まった10月10日から1か月だけで、1万人の自軍の兵士を犠牲にしたほどです。また、攻撃には歩兵部隊だけでなく、戦車やロケット砲、航空隊など多くの部隊が関わっていて、これら全てが毎日ノンストップで動いています」

激しい空爆、航空戦力の差が…

さらに航空戦力の差が大きいとも指摘します。ロシア軍は航空機による空爆で、町のインフラそのものを破壊しつくす戦術に舵を切っているといいます。

ロシア軍に空爆されるアウディーイウカ

コツコン報道官
「ロシア軍は爆弾を投下する航空機を使って常に活動しています。空爆は精密兵器ではないのですが、非常に強力かつ大規模に町を破壊してしまいます。市の産業の中心となっていたコークス工場は空爆によって深刻に破壊されました。被害を受けずに残っている住宅は1軒もなく、ロシアはアウディーイウカを破壊し尽くしているのです」

砲弾不足に直面

さらに、ここにきて、砲弾などの数に大きな差が出ていることも作用しているといいます。緊迫するイスラエルとパレスチナ情勢などのあおりをうけてアメリカなど欧米諸国からの軍事支援が滞り、ウクライナは武器不足に陥っています。

アメリカメディアは、アメリカがウクライナに供与する砲弾の量が、イスラエル軍とイスラム組織ハマスによる一連の衝突が始まった2023年10月以降、その前と比べて減っていると伝えているほか、砲弾が尽きかけている最前線の現状を報告しています。

また、アメリカ議会では軍事支援の継続に必要な緊急予算がいまだ承認されず、今後の支援の先行きはさらに不透明な状況です。

ウクライナ支援を含む緊急予算について協議するアメリカ議会上院(2023年12月)

一方で、アメリカのホワイトハウスやイギリスの国防省は、ロシアが北朝鮮から大量の砲弾を受け取っていると指摘しています。

ホワイトハウスが公開した北朝鮮による軍事物資の供与を示す資料

前出のバラバシュ市長は、厳しい戦いを迫られている現状をこう吐露します。

バラバシュ市長
「正確な数字では言えませんが、ロシア側の砲弾のほうが間違いなく何倍も多いです。私たちの砲弾は不足していて、確実に供給が減っています。砲弾が不足しているので、われわれの兵士は狙撃手のように1人1人を狙うような細かい作業をしているのです。砲弾や装備、ミサイル、それに戦闘機の数が多ければ、戦いで有利になります。とにかく多ければ多いほどです。もしロシア人をここで止めることができなければ、彼らは暴走していくでしょう。だからこそ、全世界がわれわれを助けなければならないと思います。これは、文明的な世界全体に対する戦争でもあるのです」

厳しい冬の戦闘、極限状態に…

ロシアによるウクライナの軍事侵攻開始からまもなく2年。ウクライナ軍は、またもや文字通り、厳しい冬を迎えています。戦闘の長期化によって最前線で戦う兵士たちの疲労は極まっていると、報道官は指摘します。

コツコン報道官
「戦争が2年近く続く中で、特に歩兵は疲労を感じています。寒さや雨、そして雪の中で、民間人の生活ではおそらく一度も経験したことのないような極限状態に置かれているのです。ただ、兵士たちは前線で戦う意味を理解しているので、士気で疲れを克服しています」

「家族を、国を守る」その一心が支えに

圧倒的な物量の差に欧米の支援疲れへの懸念。それでも戦い続けるウクライナ軍の兵士たちを支えるのは何か。

コツコン報道官
「ウクライナには、この戦争の影響を受けていない人は1人もいません。誰かが戦争に巻き込まれ、誰かは直接戦い、誰かの親族が戦い、誰かの妹が外国に逃げ、誰かの家族が殺され、誰かが負傷しています。兵士たちの士気が高いのは家族を守っているからです。また、出身地が一時的にロシアに占領されている人もいて、自分の土地のために直接戦っているのです。ロシア軍を止めなければ、追い返さなければ、ロシア軍は前進し続けてしまうことも分かっています。戦うモチベーションは探さなくても、そこにあるのです。そして、そのモチベーションこそが兵士を塹壕に立たせ、ロシア軍の攻撃を退け、撃破し、より多くのリスクを冒す力を与えてくれます。この戦いは相手を全員殺したときに終わるのです」

取材後記

欧米からの軍事支援の継続が必須だとする、ゼレンスキー大統領。2024年1月12日にイギリスのスナク首相と会談し、安全保障の協定を締結して、およそ4600億円規模の追加の軍事支援にこぎ着けました。

新たな安全保障協定を締結したイギリス スナク首相とゼレンスキー大統領(キーウ 2024年1月)

さらに、ルーマニアなど各国とも安全保障をめぐる交渉が始まっているとも明らかにするなど、積極的な動きを見せています。裏を返せば、反転攻勢の停滞、欧米側の「支援疲れ」が指摘されるなかで、2国間の交渉や協定によって支援を要請しなければならないウクライナの苦しい立場を映しているようにもみえます。

「広く現状を知ってもらい、ウクライナに関心を持ち続けてもらいたい」

コツコン報道官がインタビューの最後に口にした言葉は、極限状態で一進一退の攻防を続ける最前線の部隊からの切実な願いだと感じました。

(1月18日 マイあさ!で放送)

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