2023年8月30日
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プリゴジン氏死亡 アフリカのワグネルは? ロシアは?

ロシアでプライベートジェットが墜落、プリゴジン氏の名前が搭乗者名簿に載っている。
先週、衝撃的なニュースが世界に伝わった。

そのわずか数日前に、アフリカとみられる場所で「ロシアをより偉大に、アフリカをより自由にするために活動している」と述べる動画が話題になったばかりだ。

ことし6月のプリゴジン氏の武装反乱以降、ワグネルをめぐる状況はめまぐるしく変わっている。この変化は、ロシアとアフリカの関係にどのような影響を与えているのか?

それを探るため、私は西アフリカのある国に向かった。

(ヨハネスブルク支局長 小林雄)

マリの首都バマコではロシア国旗が・・・

西アフリカのマリ。

首都バマコは、国の南のはしの方にあり、人口は300万。

広大なニジェール川が街の中心部をゆったりと流れている。

7月、真冬で肌寒い南アフリカから来ると、バマコの雨期の蒸し暑さをひときわ強く感じる。

マリの首都バマコ

街中を車で走ると目につくのは武装した警察官の姿。主要な道路の至る所で警察官が目を光らせ、物々しい雰囲気が漂う。

マリでは3年前に軍事クーデターが起き、その翌年にもクーデターが繰り返され、軍主導の暫定政権による統治が続いている。

クーデターを伝える紙面(マリ・2020年)

北部や中部ではイスラム過激派がテロや襲撃、誘拐などを繰り返し、その脅威は南部の首都にも迫っている。

治安の強化と、政権に反対する勢力の抑え込み。それがマリの軍事政権の最優先課題となっている。

バマコに着いたら行ってみたい場所があった。中心部の広場にある国旗を売る露店だ。

実は1年前にもNHKの取材班は、マリとロシアの関係の取材でバマコを訪れている。そのときはマリ国旗とともにロシア国旗も売られていて、マリの親ロシアぶりはここまできているのかと取材班を驚かせた。

ワグネルの反乱が起きて3週間が経ったこの時点でも、ロシアの旗は売られているのか気になっていた。車で広場に近づくと、露店はいまもある。

そして、たくさんのマリ国旗の間にロシアの国旗もひとつふたつ飾られている。だが、去年よりも若干数が少なく、目立たなくなっているようにも見える。

これはワグネルの反乱後のロシアに対する国民感情の変化の表れか? 私たちは車を降り、店員に話しかけてみた。

取材班「以前来たときはもっとたくさんロシアの国旗が売られているように思ったが?」
店員 「いまも売っているよ!!」

明るくそう言った店員は、店先に置いてあった袋を開けた。

そこにはたくさんのロシア国旗が詰め込まれていた。店員が両手で旗を広げて見せる。

取材班「いまもよく売れている?」
店員 「売れているよ。以前に比べると少しペースは落ちたけど、それでも人気はあるよ」

見たところマリとロシア以外の国の国旗はない。ロシアの国旗はいまも商売になるほど根強い人気があるようだ。

SNSではどんな議論が?

次に向かったのは、バマコに拠点を置く団体「ベンベレ」。

SNS上の投稿の分析や、偽情報の検証などを行っている。

SNSへの投稿を分析・検証する団体「ベンベレ」

この団体のコーディネーター、アブドレイ・ギンドさんに、ワグネルの反乱以降、SNS上の世論に変化が起きていないか尋ねた。

ギンドさんは、具体的なデータがあるわけではないがと前置きした上で、ロシア支持の論調はいまも多数派だと話した。

「ベンベレ」 アブドレイ・ギンドさん

ギンドさん
「プリゴジン氏が反乱を起こしたという情報が伝わると、ロシア支持者の間で落胆が広がり、マリへの支援も減っていくのではとの懸念の声が上がった。
しかし、反乱が24時間で収束すると彼らは希望を取り戻した。世論の大半はいまもロシアを支持している」

世論が大きく変化しなかった理由は、反乱が短期間で収束したことが大きいらしい。

マリ政府は「マリが協力関係を結んでいるのはあくまでロシア政府とであって、ワグネルではない」との立場を取っている。

ワグネルの反乱は、マリ政府の立場からすれば大きな問題ではない。ロシアのプーチン政権さえ健在であれば、支援は受けられるという論理が大勢を占める。

ワグネルはマリや中央アフリカで、SNSなどを駆使した情報戦を展開し、反欧米の感情をあおっていると指摘されている。

プリゴジン氏はそのための会社も作っており、欧米をおとしめるだけでなく、アフリカに展開するロシア部隊を英雄視する映画なども作り、ロシアへの親近感を作り出す工作も重ねているという。

ワグネルが制作した映画「TOURIST」の予告編

ギンドさんは、SNS上には今もロシアが最新兵器をマリに提供したなどの偽情報が流れるが、どの情報がワグネルによって生み出されたものかは確認できないと話す。

マリとロシアの関係

マリが急速にロシアに接近していったのは3年前のクーデター以降だと言われる。

2020年のクーデター

政権転覆をフランスは非難。反フランスの国民感情の高まりもあって軍事政権とフランスの関係は悪化の一途をたどっていく。

2022年には、イスラム過激派の掃討作戦のために派遣されていたフランス部隊はマリから完全に撤退。

そのフランスと入れ替わるようにマリの軍事政権との関係を深めてきたのがロシアだった。

そのころ、ワグネルの部隊もマリに展開するようになったと言われている。

マリで活動するロシアの傭兵ようへいとされる兵士たち(フランス軍撮影・2022年)

2022年以降、およそ1000人のワグネルの兵士が駐留し、マリ軍の訓練や作戦指導にあたっていると言われている。

マリの軍事政権は、フランスが10年かけても達成できなかったイスラム過激派の鎮圧をロシアとともに進めようとしている。

その過程では極めて苛烈な取り締まりが行われていることが住民の証言から見えてきた。

連れ去り、殺害されるケースも

5か月前に、中部の村から避難してきたという73歳の男性が匿名を条件に取材に応じてくれた。メディアに話したことが分かると過激派だけでなく、マリ政府当局からも目を付けられると恐れていた。

ことしにはいったころから、ロシア人らしき白人の兵士がマリ軍とともに村に来るようになったという。

その兵士たちは村人がイスラム過激派との関わりを持っていないか徹底的に調べるようになり、疑わしい人物を連れ去るようになったと話す。

中部の村から避難してきたという男性
「白人が来て村人を連れ去っていき、時には殺すようになった。だから私たちは逃げてきた。
彼らは村人を全員イスラム過激派だと考えているようだ。男も女も老人も子どもも関係なく、少しでも過激派と疑われたら彼らに殺される」

男性は、イスラム教を信じる牧畜民の出身で、自らも毎日の礼拝を欠かさない。そんな敬虔なイスラム教徒の村人たちが、外国の兵士の目から見るとすべて過激派に映るのだと訴える。

礼拝する男性

疑われた人は、手足を縛られ車に放り込まれ、そのまま帰ってこないことも多いそうだ。

男性の村には、イスラム過激派や狩猟民族の武装集団などが繰り返し襲撃にくる。その上、政府軍にも痛めつけられ、食べるものもなくなり、やむなく村を離れざるを得なかったという。

マリ政府軍は去年3月、中部の村で市民を虐殺した疑いが持たれている。国連の報告では犠牲者の数は500人以上。5日間にわたる軍事作戦で、村人が無差別に銃撃され、拷問やレイプも繰り返された上に、次々と処刑されたとみられている。

この場にもワグネルの部隊が参加していた疑いがあると、アメリカ政府は指摘している。

こうした残虐行為は各地で繰り返されているとみられ、現在、マリ国内で住む家を追われ、避難している人は37万人にも上っている。

バマコ市内の避難民キャンプ

避難民を支援する団体の代表、モクタール・シセさんは、ワグネルの支援を受けるようになって以降、治安はさらに悪化しているとロシアを痛烈に批判する。

避難民支援団体の代表 モクタール・シセさん

シセさん
「フランス軍がいた頃より状況は悪くなっている。ワグネルの兵士は、過激派と地元の普通の人々の見分けがつかない。だから手当たりしだいに殺すことになっている」

国連軍とも絶縁、ロシア依存深めるマリ政府

マリの軍事政権は、それでもロシアとの関係に依存する道を突き進む。

ワグネルの反乱から1週間後の6月30日、国連安全保障理事会では10年にわたってマリに駐留してきた国連平和維持部隊の撤退が決定された。

国連平和維持部隊のマリからの撤退を決める国連安保理(2023年6月)

マリ政府が、自国の治安は自分たちで守れると主張し、終了を要求したことを受けての決定だった。中部の村での虐殺事件を国連が調査したことへの反発もあったといわれている。

国連部隊の撤退でさらに治安が悪化する懸念が高まっている。

国連部隊の広報官は、任務が成果を上げ始めていたこの段階での撤退に悔しさをにじませる。

国連部隊の広報官 ファトゥーマタ・シンクーン・カバ氏

シンクーン・カバ氏
「決定は残念です。この後マリがどうなるか私の立場からは何も言えません。私たちに残された任務は安全に撤退することだけです」

なぜ、マリの軍事政権は、ウクライナでの戦争で武器や兵力を消耗し、ワグネルとプーチン政権の間の対立もあらわになる中でも、ロシアを頼り続けるのか。

マリの安全保障政策に詳しい地元シンクタンクの研究員、アルファ・アルハディ・コイナ博士は、「ロシアがマリ政府の国内事情に口出しせずに、武器などの支援をしてくれるパートナーとして信頼できるからだ」と話す。

マリの安全保障政策に詳しい アルファ・アルハディ・コイナ博士

コイナ博士
「フランスはマリの内政に干渉し、国連は十分な治安回復で成果を上げられなかった。
我々はいま過激派との戦争のなかにあり、必要なのは具体的な成果だ。ロシアは約束通りヘリコプターなどの武器を提供してくれ、兵士も送ってきてくれる。
ロシアに頼りすぎることへの危険は確かにあるが、治安回復という面ではマリにとってロシアは今も最善の選択肢となっている」

なぜ、ワグネルはアフリカにとどまるのか?

マリの実情を取材しての実感は、「ロシアとの関係は反乱後もまったく揺らいでいない」というものだ。

なぜ、ロシア国内であれほどの混乱があったにも関わらず、アフリカには大きな影響がでていないのか。

アフリカ諸国とロシアの関係に詳しい、日本エネルギー経済研究所中東研究センターの小林周主任研究員は、プーチン政権とアフリカ諸国の指導者の双方にとって現在の関係が大きな利益を生み出しているからだと指摘する。

日本エネルギー経済研究所中東研究センター 小林周主任研究員

小林 主任研究員
「ワグネルは、展開するアフリカの国々で、軍事支援の見返りに金やダイヤモンドの鉱山などの利権を押さえ、それを輸送し売りさばく広範なネットワークも築いている。
これはプーチン政権にとっても、欧米の制裁を回避しながら利益を上げる道として非常に重要となっている。
また、ウクライナでの戦争がロシアにとって不利になればなるほどアフリカとの関係がますます重要になってくることも大きい。アフリカはヨーロッパの対岸にあり、アフリカでの政情不安は、ヨーロッパへの大量の避難民の移動へとつながる。
ヨーロッパをけん制するためにも、アフリカの地域情勢に大きな影響力を持つことはロシアにとって手放しがたい手札となっている」

一方のアフリカの指導者たちにとっても、欧米や国連のように人権や民主主義といった理念を押しつけずに、自分たちを守ってくれるワグネルの存在はなくてはならないものになっている。

こうした双方にとってウインウインの関係が、アフリカの一部の国とロシアを固く結びつけているのだという。

ワグネルが深く入り込んでいる国は、マリのほか、中央アフリカ、リビア、スーダンと言った国内に紛争を抱え、不安定さが増している国々だ。

ことし7月末、私がマリの取材を終えた数日後に、隣国のニジェールでクーデターが発生し、欧米寄りだった大統領が排除され軍事政権が成立した。。

クーデターを支持する市民は、旧宗主国のフランスへの反発を露わにし、代わりにロシアの支援を求める声を上げている。

クーデターを支持するニジェールの人々(ニアメー・2023年7月)

ニジェールはこの地域のイスラム過激派対策で欧米が「最後の砦」として頼りにしてきた国だ。この国までもがロシアに近づくようなことになれば、欧米諸国にとっては大きな痛手となる。

その一方、ロシア政府はプリゴジン氏が死亡したと発表。一部では、暗殺されたとの見方も出ている。

これがアフリカでのワグネルの活動にどう影響してくるのか?

ロシアはこれからもアフリカの国々が求める支援を提供できるのか?。

不確定要素は増えてきているが、アフリカの一部の国がいまもロシアの支援を必要としている状況は変わっていない。 ロシアがこれからどう動くのか、アフリカの地域情勢にも大きな影響を与えることになりそうだ。

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