「ずっと1人でさみしい。真剣な恋の相手を探しています」
突然、SNSやマッチングアプリを通じて送られてきたメッセージ。
送り主は外国人。写真をみれば“イケメン”や“セクシー”な魅力あふれる人たち。
甘い言葉を投げかけ、自分の悩みを聞いてくれて、すっかり恋に落ちた頃…。
「会いたい。旅費を送って」「困っている。少しだけ支援してほしい」
世界各地で相次ぐこうした「国際ロマンス詐欺」被害。
誰がどうやって、何のためにだますのか。一大拠点とされるアフリカの国で、その実態に迫りました。
(ヨハネスブルク支局長 小林雄)
ナイジェリアで出会った“詐欺師”
私たちが向かったのは、アフリカ西部に位置するナイジェリアの最大都市・ラゴス。
渋滞する市中心部を抜けて、とある住宅街の約束の場所に着いた。雑居ビルの狭い階段を上がり、アルミ製のドアを開けると、6畳一間ほどの広さの部屋。そこに若い男が待っていた。
男は自らを「アーメッド」と名乗った。23歳だという。名前も年齢も本当かどうかは怪しいが。さまざまなつてをたどってようやくたどりついた取材OKな男だ。
当初は警戒するような表情を見せていたアーメッド。話をしてみると気さくな一面もあり、なによりあどけなさが残る笑顔が印象的だった。それに、身なりや話し方もしっかりとしていて、きちんとした教育を受けているようにも感じた。
彼は“女性”になりすまし、男性をだます手口を専門にしている詐欺師だという。ターゲットは主にアメリカ人だと打ち明けてきた。
彼が話した手口をこれから詳しく説明する。彼らの巧妙な手口を知ってもらうことで、詐欺の被害者を1人でも減らすことにつながればと願うからだ。
手口① 写真は拝借、作り込まない
まずは、SNSで偽のアカウントを作成することから始まるという。
大事なのは相手が思わず反応したくなるようなアイコンの写真を用意すること。別のSNSから若い女性の写真を拝借してくるという。
「例えば・・・」と言ってみせてきたスマートフォンの画面には、タンクトップ姿で微笑む白人女性の姿があった。
彼がいう“鉄則”はこうだ。
いかに不自然さがないか。メイクや照明がばっちりで作り込まれた写真だと、うそとばれる可能性が高いらしい。
「セクシーで魅力的でありながらも、決して手が届かない“高嶺の花”と感じさせないことが大事だ」と、彼はうそぶいた。
アカウントを作ったら、SNSのメッセージ機能でメッセージを送る。1日に50人ほどにメッセージを送って、運よく返事をしてくれる人を探すというものだ。
アーメッド
「100人に送っても、返事を返してくれるのは1人か2人。返事が来たら、それからはとにかくメッセージを送り続けるんだ」
手口② 恋に臆病な女性を演じる
「あなたは結婚しているの?」「どこに住んでいるの?」「好きな音楽はなに?」
こうした何気ない質問から、相手の男性の特徴をつかんでいく。
男性が独身だと分かったら、自分も彼氏と別れたばかりで独りであることを伝えるという。さらに大切なポイントは、あえて「奥手」な女性をアピールすることだという。
そして、決めぜりふはこうだ。
「私が積極的ではなかったから、彼氏とうまくいかなくなった」
たくさんの男性と付き合ってきた女性よりも、恋に臆病な女性を演じた方が、男性からの反応はいいと、得意げにアーメッドは話した。
手口③ すぐに金は要求しない
アーメッドは、スマートフォンのノートパッドを見せてくれた。そこにはびっしりと想定問答が書かれていた。
過去のやりとりで使ったメッセージのほか、ふと思いついたセリフを書きとめているようだ。
「イリノイ州のシカゴで生まれて、今はテネシー州のメンフィスにいるの。ジャズは好き?私は今、○○の新しいアルバムにはまってる」
人物像をあらかじめ詳細に設定し、メッセージに矛盾が出ないようにしている。
そして、メッセージのやりとりが順調に進んでも、すぐには金を要求しないという。
アーメッド
「最初の1週間、2週間はとにかく会話に専念して、お金は要求しない。楽しく会話をするんだ。
そして機が熟したとみたら、食べ物を買うお金もないみたいな話をする。そうすると、相手は『困っているのか?いくら必要なんだ』と聞いてくる。
こちらが『500ドルくらい』というと、相手は『500ドルでは少なすぎる。1000ドル送るよ』と言ってくる」
“彼を幸せにするためにあらゆることをしている”
アーメッドは、だます相手を「クライアント=顧客」と呼んでいた。
いま連絡を取り合っている男性は6人。実際に2人からはお金を受け取っている。そのうちの1人とは、1年ほど、金銭のやりとりが続いているという。手口はこんな感じだ。
「会いに行く」と言って、旅費をもらう。直前になって、うその理由をつけてキャンセルする。
最近も「前の彼氏がストーカーになっていて警察から外に出るなと言われた」とうそをついて、しばらくは会えないことになっているらしい。
冷静に聞いていると、なぜ相手の男性は不審に思わないのか、不思議で仕方ない。
そう疑問を投げかけると、彼は笑って、悪びれもせず、こう言い放った。
「俺がこの男の『ガールフレンド』だからだよ。
嘘をついて金をとることもあるけど、それ以外の時間は彼を楽しませ、笑わせ、ずっと寄り添ってきた。彼から、『君は生涯のパートナーだ』と言われたこともある。
彼を幸せにするためにあらゆることをしているんだ。だから彼はこちらが望むものを何でもくれるのは当然なんだ」
ネットの“無法地帯”
数々の巧妙な手口を駆使して相手をだますアーメッド。さらに驚いたことに、彼は相手と時々、電話で直接やりとりまでしていた。
どうやっているのか。その答えはすべてネット上にあった。ネットに声を変えることができるアプリがあるのだという。
有料サービスに加入すれば、自分の声を女性の声に変換することができ、女性として電話越しに会話できる仕組みだ。彼は友達と金を出しあって、このサービスに加入していた。
でも、通話の際にナイジェリアの電話番号が表示されれば、うそがバレるのではないか。
それもネット上で、アメリカの携帯電話の番号が簡単に買えたという。つまりナイジェリアにいながら、相手の携帯電話にはアメリカ国内からの着信と表示されるのだ。
つけ込まれる“孤独”
アーメッドによると、だまされて金を払うようになるのは「孤独な人」だという。
独身の若者や学生から金をだまし取ることもあるというが、彼がメッセージをやりとりをしている被害者の男性たちの写真を見ると、年配の人が多い。
アーメッド
「年配の人であれば、離婚をして1人の人は簡単な場合が多い。
彼らは1人きりで、誰にも頼れず、誰からも優しい言葉をかけられない。だから僕がメッセージを送り、時には直接電話をして声をかけ続け、喜ばせたり笑わせたりするんだ。
すると彼らは、『僕のすべてを君に捧げたい』というようになる。そうなれば、金が手に入るんだ」
若者の間に広がる“だましのネットワーク”
2億人あまりの人口のうち、60%以上を若者が占めるナイジェリア。
携帯電話の加入率は100%を超え、計算上、国民全員が携帯電話を保有していることになる。
SNSで誰とでもつながることができ、声や姿を変えるアプリが簡単に手に入る。
相手にばれないようにあの手この手を使うスリルや、思い通りに相手を操り金を得たときの快感が、若者達をロマンス詐欺にのめり込ませているようだった。
取材をするなかで、有料で詐欺の手口を個人レッスンしているという若者にも会った。
ラゴス市内のホテルなどを教室にして、マンツーマンでだますためのコツを教えているという。
金をだまし取る口実の作り方にいくつかの写真を見せてくれた。
車がバッテリー切れを起こしたことを示す写真。
これは、会いにいく途中で車のトラブルがあって会えなくなったと口実に使うという。そして、バッテリーを替えるためのお金を無心するという。
「あなたに会いにいくため」という甘い言葉とともに。
さらに、入院中とおぼしき女性の写真。
病気の母親がいるという想定だ。母親を助けてほしい、良心につけ込むのだ。
こうした写真を事前にたくさんストックしておくことを指南していた。
指導役の若者に、大きな犯罪組織などから手口を広めるよう命令を受けているのかと聞いてみると、「そうした組織とは関わったことがない」ときっぱりと言い切った。
「この国には金も何もない。金を得る手段を教えてほしいというやつがいたら、喜んで教えるよ」
経済大国も低迷する国の現実
有数の産油国でアフリカ最大の経済大国、ナイジェリア。人口規模もアフリカ最大だ。2050年には、アメリカを抜いて、インド、中国に次ぐ世界第3位の人口になると予測されている。
「最後の巨大市場」と言われるアフリカの中でも、最も注目される国のひとつだ。
しかし、国内経済は混乱している。インフレ率はおよそ30%。生活費は高騰を続けるが、若者達がまともな職を得ることが極めて難しいという。
決して明るく見えない将来。若者同士の横のつながりが,新たな犯罪の手法を広め、洗練させていっている。
そのつながりは国境を越える。
たとえば、ナイジェリアにいながらアメリカ人の被害者から金を受け取ることができるのは、インターネットを通じて、アメリカ国内に協力者を作っているからだ。
アメリカ人がよく使う送金アプリのアカウントを協力者に作ってもらい、被害者から金を振り込ませる。一部を報酬として協力者に渡し、残りは銀行送金やギフトカードで送らせる。
ギフトカードは、中国にある換金サービスで、簡単に金に換えられるという。若者同士がネットやリアルでつながりながら、犯罪のネットワークを作っている。
かつては大がかりな犯罪組織にしか作れなかったが、スマホ1つでつながる若者たち。
警察も取り締まりを強めているが、組織的な犯罪ではないことが、かえって摘発を難しくしているという。
イグバラジョビ・マシュー氏
ナイジェリアでこうした犯罪が広まっている理由はいくつかあります。
ひとつは経済的な要因です。
2つ目に、ナイジェリア人はテクノロジーに精通しているということです。犯罪に手を染める彼らの多くは、そのスキルを正当に生かすより、悪意のある目的、つまり詐欺に使うことにしたのです。
さらに、社会的な価値観の問題も要因の1つです。社会が詐欺を美化し、ほとんどの人が詐欺を『生きるための手段』だと考えるようになってしまっています。
だからナイジェリアの若者の多くは、詐欺を悪いことだとは思っていないのです。
ナイジェリアの警察の捜査能力は決して低くはありませんが、あまりに膨大な数の詐欺の実行犯が散らばっている現状に手が打てないでいます。
やめようと思っている…でも
冒頭に詐欺の手の内を詳しく明かしたアーメッドは、なぜ、ロマンス詐欺に手を染めるようになったのだろうか。
詐欺を始めたのは彼が高校生の頃だったという。学費や生活費が足りず、困っていたところ、友達に誘われ、すぐに500ドル、1000ドルという大金が手に入りやめられなくなった。
その後、大学まで進んだが、夢だったミュージシャンにはなれず、詐欺で食いつなぐ日々に転落したという。
人の気持ちをもてあそんで、罪悪感は感じないのか?そう問いただすと、アーメッドは「もちろん感じている」と答えた。
アーメッド
「でもこの状況ではほかに方法がない。仕方なくやっているんだ。いつももうやめようと 思っている」
実際、ナイジェリアの警察の取り締まりも厳しくなっている。
パソコンを持って歩いているだけで、警察に職務質問されたこともあり、用心して、スマートフォンだけを使うようになったという。金のやりとりをするメッセージは、すぐに消して証拠を残さないよう細心の注意を払っている。
ビクビクしながら生きる生活に嫌気も感じているというアーメッド。
「金をためて、どこかほかの国に行ってやり直したいー」
取材の最後に、こう打ち明けた。
取材後記
恋心を利用する犯罪者は、ナイジェリアだけでなく世界中にいて、ロマンス詐欺の手口は日々進化している。
日本でも被害額は去年1年間で177億円を超えた。
ネット上で見つけた恋人。
直接、電話で話したり、ビデオ通話をしたりしたとしても、それが『本物』とは限らない。
そんな、そら恐ろしい実態を肌身で感じた取材だった。
(2023年12月15日 BS国際報道で放送)