南太平洋の島国、トンガで、ちょっと変わった木の実を見かけました。
黄緑色の丸々とした実で、大きさはグレープフルーツぐらいのものから、大きなものは人の顔ほどもあるものまで。
変わった名前を持つその実は、トンガの家庭には欠かせない大切な食材でした。
(シドニー支局長 青木緑)
木になる“パンの実”?
およそ170の島からなる南太平洋の島国トンガ。
海底火山の噴火が起きてから1年が経ったトンガを取材しようと現地を訪れたとき、まちのいたるところで見かけたのが、見慣れない黄緑色の大きな実をつける木。
地元の人たちに「これは何の実?」とたずねると、「ブレッドフルーツだよ」と口々に教えてくれました。
「ブレッドフルーツ」?直訳すると“パンの実”?
調べてみると、「ブレッドフルーツ」は南太平洋の島国が原産のクワ科の植物。
その実はトンガ語で「メイ」と呼ばれ、昔から主食として親しまれてきました。かつては朝、昼、晩、1日3食“パンの実”を食べていた時代もあったと言います。
木になる“パン”はどういう風に調理するのか。どんな味がするのか。
どうしても食べてみたいと思い、現地でパンの実のレシピ開発などを行っている女性のもとを訪れました。
パンでもフルーツでも、イモでもない?
訪れたのは、首都ヌクアロファ郊外に暮らすアメリア・バラプさん。
自宅の庭で育てているパンの実をとり、まずはゆでたてそのままの状態で食べさせてくれました。
うっすらと黄色がかった見た目やホクホクとした食感はじゃがいもに近いと感じましたが、ほんのりとした甘みはさつまいもにも似ています。
「バター醤油をつけたら最高だろうなぁ」と考えてしまいました。
不思議なのが、味も食感も“イモ”なのに、じゃがいもやさつまいもと違って、お腹にたまる感じがしないところ。パクパク、いくらでも食べられる気がします。
トンガ滞在中、連日、タロイモやヤムイモを食べてお腹が重たくなっていた私には、うれしい発見でした。
なぜ“パン”の実なのか?
地元の人たちに聞くと「火を通したときの香ばしいにおいと食感がパンに似ているから」「ゆでたあとにこねれば、パンやお菓子を作る材料になるから」などという意見が聞かれました。
かつて太平洋の島々を訪れたヨーロッパの宣教師が、現地の人たちが煮たり焼いたりして主食として食べている様子を見て、「ヨーロッパ人にとってのパンのような存在だ」と感じたことから名付けられた、という説もあります。
「パンの実」は日曜礼拝の味?
トンガの人たちは、パンの実を主食として肉や魚などの料理に添えて食べます。
この日、バラプさんが作り方を教えてくれたのは、トンガの多くの家庭で日曜日の朝に作られるというトンガ伝統の料理「ルー」。
何枚も重ねたタロイモの葉の上に肉や魚をのせて、みじん切りの玉ねぎを添えます。
ココナツミルクをたっぷり注いで包み、かまどなどでしっかりと蒸すこと2、3時間。
その「ルー」が蒸し上がるまでの間、家族そろって教会に出かけるのです。
国民の大部分がキリスト教徒のトンガの人たちにとって、日曜日の礼拝はとても大切な生活の一部で、小さな子どもからお年寄りまで朝からおめかしをして教会に。
カフェや商店も日曜日はほとんど休みなので、礼拝が終わって家に帰り、家族全員でパンの実を添えたルーを食べながらゆっくり過ごす。
これがトンガの日曜日の午後の光景だと言います。
バラプさんが作ってくれたルーは、コンビーフ入り。
やわらかく蒸し上がったタロイモの葉にナイフを入れると、湯気とともに、南の島らしい、ココナツの香りがほんのり漂います。ジューシーなコンビーフの塩気が、ココナツミルクでまろやかになり、クリーミーな風味がホクホクのパンの実によく合います。
タロイモの葉も、太平洋の島国では身近な食べ物。生で食べることはできませんが、加熱するとその食感はしっとりとしたほうれんそうのようで、とても食べやすかったです。
「パンの実」が肥満も解決?
バラプさんに「パンの実のどんなところが好きですか?」とたずねると、「健康的な体型を保つことができる、美容の味方です」との答えが返ってきました。
実はトンガでは、肥満や生活習慣病が深刻な社会問題となっています。
食料を海外からの輸入に頼った結果、油や塩分の多い食生活が定着し、肥満率は成人人口の半数近く。世界有数の肥満大国になってしまったのです。
国民の食生活の改善が課題となる中、トンガで伝統的に食べられてきたパンの実は、食物繊維が豊富な健康食材として、その魅力が見直されているのです。
輸出のこころみ
小麦アレルギーなどのある人でも安心して食べられるグルテンフリーの食べ物としても注目されている「パンの実」。
「日本でも食べられたらいいのに」と思いましたが、残念ながら、生のパンの実は傷みやすいため、輸出には向いていないそうです。
そこでトンガの農業関係者が今、新たなプロジェクトに乗り出しています。
日系3世のトンガ人、ミノル・ニシさん。
トンガで野菜や果物の生産を手がけ、かぼちゃなどを日本にも輸出しています。
JICA=国際協力機構の事業で、東京農業大学の研究チームと連携して粉状にした「ブレッドフルーツパウダー」を開発。
小麦粉のようにお菓子やパン作りに活用でき、すでにニュージーランド向けの輸出も始まりました。
パンの実という伝統食材の価値を見直し、トンガの人たちの健康向上に寄与するとともに、付加価値をつけて商品化することで、生産者の所得向上にもつなげようというこのプロジェクト。
今後、大量生産も計画されていて、新たなトンガのお土産として定着すれば、新型コロナや海底火山の噴火で落ち込んだ観光業の回復にも役立つかもしれません。
小さな島国の大きな宝に
私の記憶に残るトンガは、去年1月の火山の噴火で一面、灰色になった姿でした。
当時は新型コロナ対策で国境が封鎖され現地に取材に行くことができませんでしたが、災害から1年が経ち、現地に向かうとそこには真っ青な海、緑豊かな島の姿が戻っていました。
農業や水産業などの主要産業はいまだに完全には立ち直っていませんが、一歩一歩、復興の歩みを続けるトンガ。 パンの実は、その小さな島国の大きな宝になるかもしれない。そんなことを感じました。