
世界3大料理の一角を自任するトルコ料理。
2021年7月、トルコに赴任した私は、すっかり“トルコメシ”に魅了され、この1年で体重が8キロ増えました。
中でも定番の朝食が、“メネメン”。
いったいどんな料理なの?詳しくご紹介します。
(イスタンブール支局長 佐野圭崇)
赴任したのはイスタンブール

アジアとヨーロッパにまたがり、多くの文明がせめぎ合ってきた大都市、イスタンブール。
人口約1600万、トルコの最大の都市として、その歴史にたがわず、今もアジア、ヨーロッパ、アフリカとさまざまな国籍の人たちの交差点となっています。
料理も中央アジアやアフリカなどバラエティーに富んでいます。(ちなみに首都は、アンカラです)
そんなトルコの料理は、世界3大料理の1つとも言われ、日本でも定番の「ケバブ」は言わずもがな、パイ生地とナッツのお菓子「バクラヴァ」なども人気が高まっています。
トルコで定番の朝食は?
トルコには、まさに“定番”と言える朝食があります。その名も…。
「メネメン」
野菜がたっぷり入った、トルコ風スクランブルエッグです。
日本ではなじみが薄いかもしれませんが、トルコでの人気たるや、メネメンに玉ねぎを“入れる派”と“入れない派”でしばしば論争が起きるほど。

さらに、トルコの人たちに自己紹介するとき、こんなひと言を添えるだけで、みんなが笑顔になるくらい定番です。(本当です)
「ベンサノ、メネメンチョクセビヨルム(私は佐野です。メネメンが大好きです)」
街のカフェでも食べられますが、先日、イスタンブール郊外に住むムスタファさんのお宅にお邪魔して、朝食をごちそうになったので、今回は「ムスタファ家のメネメン」をご紹介したいと思います。
朝ごはんの用意は、夫婦共同作業
お邪魔した日曜の午前10時。家の前には、すでに焼きたてのパンのこうばしい香りが漂っていました。
家の中では、妻のザリイェさんが、生地からパンを作っていました。小麦と酵母、それに水だけで作るんだそうです。

発酵させた生地を伸ばすと熱したフライパンへ。
次のパンをこねつつ、手際よくフライパンのパンをひっくり返すと、ぷくっとパンが膨らみました。まるで、手品のようです。
こうして、2つに割ると中に“ポケット”ができるピタパンの完成です。
夫のムスタファさんはというと、玉ねぎとトマトを手際よく刻んでいます。朝ごはんの用意は、ふだんから夫婦共同作業なのだそう。
夫婦が準備している間、2人の子どもたちが、ザリイェさんとムスタファさんの間を行ったり来たり。
「ねぇねぇ、おなかすいたっ!」(7歳のエネスくん)
「わたしもーっ!おなかすいたっ!」(4歳のメリイェムちゃん)
子どもたちの猛烈な“空腹アピール”をいなしつつ、朝食作りは進んでいきます。

ムスタファさん、痛恨のミス
ムスタファさんが刻んだ玉ねぎを受け取ると、フライパンに豪快に放り込む妻のザリイェさん。
玉ねぎが透明になって、あめ色になろうかというその時。野菜担当のムスタファさんに、妻から“物言い”が。
「青とうがらしを先に切ってくれればよかったのに…」
ムスタファさん、火の通りにくい青とうがらしより先にトマトを刻んでしまったのです。
一瞬「しまった」という表情を見せましたが、すぐに黙々と青とうがらしのタネをとっては刻むムスタファさん。背中からは、哀愁が漂っているように感じました。
メネメン、完成
フライパンに、玉ねぎと青とうがらし、そしてトマトを入れたあと、塩を振りかけた炒めた牛ミンチを加えます。
さらに熱してから溶き卵5つ分を流し込み、ふたをして待つこと5分。
メネメン、完成です。

色鮮やかな見た目、オリーブオイルと肉のジューシーな香りが食欲をそそります。ムスタファさん一家と一緒に、私も朝食をごちそうになります。
3食の中でも朝食を一番大切にするというトルコの人たち。
食卓には、きゅうり、トマト、チーズ、オリーブ、スイカ、チェリー、ハム(ムスタファ家はイスラム教徒なので鶏ハム)、ブドウのコンポート、ローズヒップのジャムが、“食卓狭し”と並びます。

その日のお目当てだったメネメンをいただくと、トマトの酸味と牛ミンチの塩気を、ふわふわの卵が包み込み、しんなりとした玉ねぎと、シャキッとした青とうがらしの歯ごたえのコンビネーションが楽しい逸品です。
ちなみに、トルコでは恰幅のいい男性は「バルコニー付き」と呼ばれ、好まれるのだそうです。
ムスタファさんにその理由を聞くと、満面の笑みで教えてくれました。
「どうせ住むならバルコニーがある家がいいだろ?」
トルコに来て1年で8キロ増えた体重。大きく育った腹肉をなでながら「そういう考え方もあるのか」と、妙に納得しました。
不思議なケトル
ふと、キッチンに目をやると、日本では見慣れない家電製品がありました。

トルコの家では欠かせないという、2層式のケトルです。
これは、トルコのチャイ(紅茶)を飲むときに使うもので、1段目でお湯を沸かし、その熱を利用して2段目のポットに入った茶葉を蒸すのです。
そして、1段目のお湯が沸騰したら、そのお湯を2段目に“いい塩梅(あんばい)”で入れていきます。
決まった割合はないそうで、トルコでは「うまいチャイの色は、うさぎの血の色」と言われています。
うさぎの血の色を見たことはありませんが、少し赤みがかった琥珀のような色のチャイは苦みが少なく、インスタントでは味わえない、豊かな香りと味わいが口に広がります。
インフレが止まらないトルコ
トルコでは今、インフレ率が78%を超えていて、市民の不満が日に日に高まっています。
暮らしぶりの変化についてザリイェさんに聞くと「あれもこれも前のように買えなくなったんです!」と、せきを切ったように話し始めました。
そして、最後にぽつりとこう漏らしました。
「週末には子どもたちとお菓子を作るのが楽しみだったんだけど、牛乳が高くて、子どもたちが飲む分しか買えなくなったんです。余裕がないですね」
一方、ムスタファさんは、チャイを飲み干すと、日曜にもかかわらず仕事に出かけました。
平日は警備員の仕事をしていますが、物価の高騰で生活費が足りなくなり、休日は、子ども用のサッカーボールなどを販売する副業をしています。

仕事用のバンに詰め込まれた、大量のボール。
ムスタファさんは、この日も、近所のおもちゃ屋などを巡っていました。
ムスタファさんによると、実はメネメンに入っていたひき肉は両親からもらった牛肉を冷凍して、少しずつ食べているのだといいます。肉も、手が届きづらくなってきているのです。
「おなかすいたー」というエネスくんやメリイェムちゃんのような子どもたちが、いつでも食べたいものが食べられるように。
そんなことを願いながら、インフレが止まらないトルコの政治経済の動向を追っていこうと思います。
