未来は自分で変えていくものだと思っている

池江璃花子

競泳

東京オリンピックの舞台で、池江璃花子は最後のレースを終えると、こぼれおちる涙を拭った。
泳ぐことができた「喜び」。アスリートとして感じた「悔しさ」。さまざまな思いが混じり合った涙だった。

「この数年間は本当につらかったし、人生のどん底に突き落とされてここまで戻ってくるのはすごく大変だった。1度は諦めかけた東京オリンピックだったけど、リレーメンバーとして決勝の舞台で泳ぐことができてすごく幸せだなと思った」

2020年3月、池江は病院を退院して初めてプールに入ることができた。まだ水に顔をつけることはできなかったが、ビート板を使ってバタ足をした。1年以上感じられなかった水の感覚を堪能した。

「ことばに表せないくらい、うれしくて、気持ちがよくて、幸せ」

徐々に練習を再開したものの、体重は一時15キロ以上落ち、筋力も大きく低下していた。その影響で、最初は練習でチームメートについていけない日々が続いた。
それでも、池江は泳ぐことを諦めることはなく、1年後、東京オリンピックの切符をつかんだ。

7月24日。競泳は東京オリンピックが開幕した翌日から始まった。
池江の出番もすぐに訪れた。5年ぶりの大舞台。最初のレースは女子400メートルリレーの予選だった。

「周りがすごくキラキラしたように見えて、“ああ、この舞台で泳げるんだ”と思った」

レースではチームトップのタイムで泳いだものの、全体9位で決勝にはあと一歩届かなかった。それでも池江の表情からは、この舞台に帰ってきた喜びを感じていることが伝わってきた。

「試合は楽しいだけではダメだということは、十分、承知のうえだったが、楽しみの中に自分の全力を尽くすという思いが自分の中にあった」

8月1日。池江は今大会3種目めの女子400メートルメドレーリレー決勝でバタフライを任された。レースは背泳ぎで泳ぐ第1泳者の小西杏奈が6番手で引き継ぎ、第2泳者、平泳ぎの渡部香生子が戻ってきた時には最下位の8番手に沈んでいた。
続くバタフライの池江。100メートルの個人種目のメダリストがそろうなか、前半は少し抑えて入った。しかし、後半も思うようにペースを上げられず、逆に差を広げられてしまった。
第4泳者の五十嵐千尋がフィニッシュした時にはトップと6秒以上、7位とも1秒以上の差がついていた。結果は完敗だった。

大舞台で泳げる幸せを感じてうれし涙を流した池江。 「自分はまだ世界に通用しないことが改めて分かった」と悔しさをにじませた。
世界との距離は自分自身がよく知っている。それでも、この場所に帰ってきたからにはてっぺんを目指さずにはいられない。それが池江璃花子というスイマーだ。その目に見える光はすでに涙ではなく、世界を見据える力強いまなざしに変わっていた。

「この試合が終わった後、自分がどう過ごしていくかが次のパリ大会につながる。いまはタイムが速いわけでもないし、自信があるわけでもない。ただ未来は自分で変えていくものだと思っている。1日1日、悔いの無いようにトレーニングをして自信をつけて、また次のオリンピックの舞台に立てるようにしたい」

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