緊急アンケート なぜ津波リスクのある場所に高齢者施設を?

(仙台局・杉本 織江記者 報道局社会番組部・依田 真由美ディレクター)

東日本大震災で多くの犠牲が出たにもかかわらず、津波の浸水想定区域に高齢者施設が増え続けている実態が、GISの調査で分かりました。

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ではなぜリスクのある場所に建てたのでしょうか?

私たちは全国の施設に緊急アンケートを行いました。寄せられた回答からは、その場所を選ばざるをえなかった切実な事情、そして、十分な災害対策を取ることができていない、介護現場の厳しさが見えてきました。

アンケートの概要

対象:津波による浸水が想定される区域に東日本大震災後(2011年4月以降)に開設された高齢者入所施設、1892施設

期間:2022年1月から2月
方法:郵送によるアンケート調査
回答数:391施設
回答率:20.66%

建てた理由は「地域のニーズ」と「土地取得の課題」が多数

アンケートではまず、浸水想定区域で施設を開設した理由を尋ねました。

項目の中から、当てはまるものすべてを選んでもらう形式です。

最も多かったのは「近隣住民のニーズがあった」という回答で、24%でした。

自由記述欄のコメントを見ると、地域社会の中では津波対策ばかりを優先することのできない事情があることが分かります。

「住み慣れた町というメリットが上回るから。家族の通いやすさ」

「雪が降る為、山の方だと、ご家族の面会や地域に密着した施設という事が難しい」

そのほかに「地域のほとんどが浸水想定区域で、避けることが難しい」という施設もありました。

沖縄県の施設からは、こんな声も。

「私たちの住んでいる地域は海抜ゼロのところが多く、高台をさがす方がむずかしいです。幸いにもほとんど地震がないので、たつまきや豪雨、台風等の対策にそなえる方が優先されていて、本当に津波がきたらほぼ全滅だと思います」

もう1つ、多くの施設が選んだのが、土地取得の課題でした。

「まとまった広い土地が他に無かった」 21%
「土地取得のコストを抑える必要があった」 15%

災害リスクが低く開けた土地は地価が高く、施設に必要な広い土地を確保するのが難しいという声です。その結果、郊外や海沿い、川の近くなどが選ばれる傾向があるといいます。

一方でこうした回答も。

「都道府県が津波浸水の想定を公表する前に建てた」 17%
「浸水が想定される区域だと知らなかった」 10%
「公表したさい、すでに施設の計画が決まっていた」 9%

東日本大震災をきっかけに各地の津波の想定が見直され、浸水が想定されるエリアは広がりました。このため開設を決めたあとに津波リスクを知った、という施設も少なからずありました。

「収入は一緒 高い土地での事業難しい」

回答した施設を取材しました。大阪市此花区の特別養護老人ホームです。2階まで津波が到達すると想定されています。

津波の浸水想定区域に施設を建てた理由について、アンケートでは「土地取得のコストを抑える必要があった」「高齢者がほかの地域より多かった」などと回答していました。

この施設を運営する社会福祉法人では、約3,300平方メートルの土地を探しました。しかし3年かけて見つかったのは、約5億円で取得した此花区の土地だけだったということです。

大阪市の中でも津波のリスクが低い中央区の平均の地価は、当時、此花区の約7倍だったといいます。さらに此花区では施設の利用を希望する高齢者の数に対し、施設の数が足りなかったという地域の事情もあったといいます。

社会福祉法人の理事長:
「昔ながらの街なので高齢者が多いんですよ。市もここに建ててほしいというのがあった。でも収入はどのエリアでも一緒。だから高い土地での建築は事業として難しい」

安全確保に7割が不安を感じる

重要なのは、それらの施設がどのように津波に対応しようとしているかです。

アンケートでは津波対策についても詳しく聞きました。

施設には災害時の避難方法を定めた「非常災害対策計画」や「避難確保計画」の策定が義務づけられています。

こうした計画について尋ねたところ、90%の施設が「策定している」と答えました。

しかしこれらの施設に、実際に津波が来た際に計画に沿って全員の安全を確保できるかどうかを尋ねたところ、

「確保できる」  7%
「ほぼ確保できる」 21%
「やや不安がある」 38%
「不安がある」  31%

「やや不安」と「不安」をあわせると実に7割にのぼりました。

「夜間の職員数」「地域の協力」「訓練」などが不十分

避難のための計画を立てていても不安はぬぐえない。その理由を探るために、さらに具体的に聞きました。

日中の職員の数については

「十分」と「どちらかといえば十分」で、あわせて66%
「不十分」と「どちらかといえば不十分」で、あわせて31%

夜間の職員の数は

「十分」と「どちらかといえば十分」で、あわせて12%
「不十分」と「どちらかといえば不十分」で、 あわせて85%

地域住民の協力は、

「十分」と「どちらかといえば十分」で、 あわせて16%
「不十分」と「どちらかといえば不十分」で、あわせて76%


訓練の頻度や内容は、

「十分」と「どちらかといえば十分」で、あわせて33%
「不十分」と「どちらかといえば不十分」で、あわせて60%

自由記述欄には、特に夜間への不安が多く書かれていました。

「日中は管理者含め職員数は確保できているが、夜間に事が起きた場合、やりきれるかは不安(入居者100名に対し夜勤4~5名)」

「寝たきり高齢者10~20人に対し、夜間職員の配置基準は1人でマンパワー不足は明らか」

また認知症の利用者への対応にも悩みがあるといいます。

「認知高齢者の移動には予想以上の時間と体力、人員を要します」

「以前の津波避難時に認知症の人の避難に対しての拒否が強く、説得に時間を要する時があったので、そういう部分の心配がある」

高台などへの移転は可能か

高台など津波の心配がない場所への移転についても尋ねたところ、半数近い48%の施設が「移転したいが難しい」と答え、40%の施設は「移転は必要ない」と答えました。

半数近い施設が「したいが難しい」と答えた移転。

具体的な事情についても複数回答で聞きました。

「高いコストがかかり現実的ではない」 61%
「適切な用地を確保することが難しい」 46%
「行政の支援が足りない」 26%
「利用者や家族の意向に沿わない」 12%
「通勤など、職員の利便性の面で難しい」 12%
「地域住民との協力体制を維持できない」 7%

莫大なコストや土地確保の難しさがネックになっていることがうかがえます。

自由記述では「移転をしたくても、まずどこから始めていいのか分からないというのが大多数だと思いますので、相談等できる人や場所(を求める)」というコメントもありました。

厳しい介護現場 そもそもの環境改善を

最後に「行政に求めたいこと」を複数回答で聞くと、多くの施設が災害対策の支援強化を求めました。

「移転や避難タワー、スロープなど、ハード面の対策の費用助成」 52%
「災害対策のノウハウの共有」 47%

ただし同じくらい多くの施設が求めたのは、対策の前提となる高齢者福祉の現場のそもそもの環境改善でした。

「人材確保のための支援」 51%
「介護報酬の拡充」 48%

自由記述欄には、津波対策に力を入れる余裕など、とてもないという切実な声もありました。

「マンパワーの慢性的な不足。地域住民の高齢化による、協力体制の期待のうすさ」

「自然災害は本当にどの時間?いつ?と不安な事ばかりで、若い職員と勉強会をすると、不安になりやめてしまう事もあった。本当に難しい課題である、毎日の利用者の介助や人材不足で考える事が難しいのが本音です」

「津波対策オンコールの職員を置きたいが、財源が必要です」

「津波だけでなく感染症対策も含め、福祉への支援が少なすぎると感じます。ただでさえ、従事する人が少ないのに(中略)...福祉従業者本当に踏ん張っています!!」

施設の努力だけでは限界があるという声も。

「災害は近年、津波だけでなく豪雨、地震、火事など様々あるので、行政や地域と一体的に共有する場がほしい」

人材不足に直面しながら、増え続けるニーズに応えようと努力を重ねる高齢者福祉の現場。このままでは、震災の教訓を生かしきることはできないかもしれません。行政、地域、私たち1人1人が我が事としてとらえ、将来に向けてともに取り組むべき課題です。