“津波リスクあり”高齢者施設が全国に3,820

(社会部・齋藤 恵二郎記者)

東日本大震災では74の高齢者施設が、全壊または半壊の被害を受け、利用者と職員あわせて638人が犠牲になりました。(厚生労働省、岩手県、宮城県まとめ)。

冒頭の画像は被災した宮城県気仙沼市の老人保健施設です。

この施設には当時の想定を超える高さの津波が押し寄せ、避難所で低体温症になった人も含め、59人の利用者が亡くなりました。みずからも津波にのまれた当時の施設長は、目の前で濁流に消えていった利用者の姿を今も忘れられません。

「2度と、悲劇を繰り返してはならない」

その思いから、施設は高台に再建されました。

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「全国に3,820施設」の衝撃

あの時に突きつけられた高齢者施設の浸水リスク。今、全国の施設はどのような状況に置かれているのでしょうか。

詳しい調査が見当たらないため、今回、私たちは独自の分析を試みました。利用したのは、全国5万5000の高齢者入所施設について、位置や入所者の数などの情報を集めたデータベースです。(※データの出典は文末の注1を参照)

GIS=地理情報システムという技術を使って、まずは施設の位置情報と、各地で想定されている津波の浸水区域(※注2)を重ね合わせ、すべての施設について浸水のリスクがあるかどうかを調べました。

その結果、浸水想定区域の中に建つ施設は、全国で3,820か所にのぼりました。

予想される津波の高さも建物の構造も違うため、リスクの程度には差はあります。しかしこれほど多くの施設が、浸水が想定されているエリアに立地していることに、まず驚きました。

震災後も、浸水エリア公表後も、施設は増え続けた

さらに気になったのが、これらの施設が建てられた時期です。

東日本大震災の後に建てられた施設が多いとすれば、あの時の教訓は十分生かされているのかという疑問が浮かぶからです。

データベースにある施設の開設年月日の情報から調べてみると、浸水リスクのある3,820か所のうち、半数近くにあたる1,892か所が、2011年4月以降にオープンしていたことが分かりました。

「震災後に開設 1,892施設」

震災の後、津波の浸水想定区域に建つ高齢者施設は倍増していたのです。

ただし開設当時にはまだ浸水想定区域が公表されておらず、リスクを知り得なかったというケースも考えられます。

そこで今度は、浸水想定区域が公表された時期を調べ(※注3)、区域内に建つ施設のうち、公表後に開設されたものがどれぐらいあるのかを調べました。すると1,006か所が公表後にオープンしていたことが分かりました。

「浸水想定区域の公表後に開設 1006施設」

施設が建設を計画してからオープンするまでには年単位の時間がかかり、この中には計画段階ではまだ浸水想定区域が公表されておらず、リスクを知り得なかったというところもあると思います。

ただ浸水リスクのある場所に建つ施設が震災後も増え続け、半数以上を占めるまでになっていたという現実を、皆さんはどう受け止めるでしょうか。

いったいなぜこうした事態が起きているのか。

施設側の防災意識が低いからでしょうか。

震災の悲劇と教訓は、まったく生かされていないのでしょうか。

実は決して、そうとは言えないのです。

「リスクは分かっていても、建てざるをえない」

現場の取材から、それぞれの施設が抱える事情が見えてきました。

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津波リスクの施設の入所者は「12万人」

次に気になるのが、浸水リスクのある施設にいる入所者の数です。

3,820か所のうち、去年時点の入所者数のデータがある施設について、その数を足し上げると、実に12万85人にのぼりました(※注4)

「浸水リスクのある施設の入所者数 12万85人」

施設にいるのは、入所者だけではありません。データはありませんが、介護福祉士や調理や清掃などのスタッフも合わせると、その数はさらに増えます。

一方で入所者の中でも、避難の難しさには違いがあります。

それを推し量る基準の一つが「要介護度」です。

要介護度は最も軽い「要支援1」から最も重い「要介護5」まで、7段階に分かれています。

要介護度別に浸水リスクのある施設の入所者数を調べると、次のようになりました。(※注5)

・要支援1  2,608人
・要支援2  2,927人
・要介護1  15,456人
・要介護2  18,752人
・要介護3  25,024人
・要介護4  29,883人
・要介護5  22,645人

この中で「要介護3以上」の人は、全面的な支えがないと歩行などが難しく、国が避難にあたっての個別計画の作成を求めています。この「要介護3以上」に絞っても、7万7,552人にのぼっていました。

これだけの数の自力での避難が難しい高齢者が、津波の浸水リスクがある施設で暮らしているのです。

浸水の深さを分析 水没する施設も・・・

同じように「浸水リスクがある」といっても押し寄せる津波の高さによって、その危険性は異なります。

公表されている津波の浸水想定には「浸水の深さ」のデータも存在します。これを使って、浸水想定区域に建つ3,820か所の浸水の深さを調べました。

・1m未満 = 1,545か所
・1m以上5m未満 = 2,026か所
・5m以上10m未満(概ね2階てが水没) = 222か所
・10m以上(概ね3階建てが水没) = 27か所

「60%にあたる2275か所が1メートル以上浸水」

1メートルという津波の高さは、東日本大震災の被害などをもとにした国の分析による想定では(※注6)、巻き込まれるとほぼ助からないとされる数字です。

さらに10メートル以上の浸水が想定される施設も、27か所ありました。

津波から命を守るためには、離れた安全な場所に避難する「水平避難」、あるいはより高い階など建物の安全な場所に移動する「垂直避難」が必要になります。

私たちは浸水が想定される施設で、垂直避難によって命が助かるのかどうか、つまり想定される浸水の深さより、高い場所に逃げられるのかを調べることにしました。

データベースには、それぞれの施設の高さや何階建てなのかといった情報は含まれていないため、ホームページなどで何階建てかが分かるものに限って、想定される浸水の深さと比較しました。

「垂直避難が可能かどうか」の判定基準は次の通りとしました。(※注7)

浸水深 → 垂直避難可能な階数

3m未満 → 2階建て以上
3m以上5m未満 → 3階建て以上
5m以上10m未満 → 4階建て以上
10m以上15m未満 → 5階建て以上
15m以上20m未満 → 6階建て以上

その結果、何階建てかが分かった600の施設のうち、垂直避難が可能なのは37%の222か所。

6割あまりの施設は建物自体が水没したり、最上階であっても浸水したりして、垂直避難をしても安全を確保できないおそれがあることが分かりました。(※注8)

津波に襲われても、垂直避難で安全を確保することは難しい。

ただでさえ避難の難しい高齢者施設の入所者の命を守るためには、施設の外に安全な避難場所を確保し、避難計画を立てて訓練を繰り返しておくなど、日頃からの備えと努力が欠かせません。

データだけでは見えない現場の実情

東日本大震災から11年。

データ分析によって明らかになった、高齢者施設の浸水リスクをどう考えればよいのか。

私たちは震災で多くの高齢者が亡くなった施設の現実、そして浸水想定区域に施設を建てざるをえない人たちの実情などを徹底取材しました。

高齢者の介護に関わるのは、決して限られた人だけではありません。

今は「当事者」でない人も、家族が、親しい友人が、施設に入所することになったらと想像をめぐらせ、考えてほしいと思います。


データ出典など

※注1
「福祉施設・高齢者住宅Data Base」
・「株式会社 高齢者住宅新聞社」
・対象施設数 55,184か所
・調査期間 2021年2月1日~7月30日

データは以下の公開情報のほか、自治体や事業者へのヒアリング等による調査に基づいています。
・介護サービス情報公表システム
・各自治体が公開する有料老人ホーム重要事項説明書及び情報開示事項一覧表
・サービス付き高齢者向け住宅情報提供システム

この調査での「高齢者入所施設」は以下の施設です

・介護付有料老人ホーム
・住宅型有料老人ホーム
・サービス付き高齢者向け住宅
・特別養護老人ホーム
・介護老人保健施設
・介護療養病床
・高齢者グループホーム
・ケアハウス
・介護医療院

※注2
津波浸水想定区域(最大想定)のデータ出典

・国土数値情報(国土交通省)
・各都道府県の提供
(北海道、青森県、福島県、東京都、新潟県、富山県、福井県、愛知県、和歌山県、岡山県、香川県)
(ただし岩手県と宮城県は津波浸水想定区域を作成中のため、「内閣府 日本海溝・千島海溝沿いの巨大地震モデル検討会」のモデルを使用しています)

※注3
津波浸水想定区域の公表時期は、都道府県のHPまたは自治体へのヒアリングで調査。
なお公表後に想定が更新された地域もありますが、浸水想定区域を知りえたかどうかの分析では、各施設の開設時点での想定を使用しています。

※注4
データベース上、入所者数が不明な施設もあります。

※注5
データベース上、要介護度別の入所者数が不明な施設もあり、要介護度別の入所者数の合計と総入所者数は、必ずしも一致しません。

※注6
南海トラフ巨大地震対策検討ワーキンググループの第一次報告で使用された、内閣府が設定した浸水深別の死者率を引用しています。

※注7
基準は国土交通省の「水害ハザードマップ作成の手引き」や「高知県防災マップ」を参照して設定しました。

※注8
建物の構造などは考慮しておらず、階層情報だけから判定したもので、垂直避難の可否を確定するものではありません。