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世界の気象災害に「早期警戒システム」 日本にできることは

「多くの人々が無防備な状態で、被害に遭っている」

国連のグテーレス事務総長は、11月、国連の会議「COP27」でこう述べ、「早期警戒システム」を今後5年で全世界に普及させると呼びかけました。

地球温暖化による気象災害の激甚化が指摘される中、多くの途上国で、その危険を呼びかけるシステムが整っていないというのです。

COP27で注目された「早期警戒システム」とは何か?そして、日本にできることとは?
詳しくお伝えします。

2022年12月に放送されたニュースの内容です

目次

    相次ぐ気象災害 「国土の3分の1水没」も

    2022年も途上国を中心に、世界各地で災害が相次いでいます。

    このうちパキスタンでは6月以降、大雨による大規模な洪水が発生し、1000人以上が死亡しました。被災した地域も広大で、「国土の3分の1が水没した」とも言われました。

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    ベルギーのルーベン・カトリック大学などの9月5日までのまとめでは、79か国で少なくとも6347人が死亡。このうち78%は「洪水」や「暴風雨」が原因となっています。

    2022年の主な災害(ルーベン・カトリック大学まとめ/9月5日まで)

    インド 5月~8月洪水死者1354人
    パキスタン 6月~洪水死者1061人
    南アフリカ 4月洪水死者 501人
    ブラジル 2月、5月洪水死者 388人
    フィリピン 4月暴風雨死者 289人

    そして、こうした被害の出ている途上国ほど、気候変動の大きな影響を受けると指摘されています。さらに多くの国で、日本で導入されている気象レーダーによる観測網や気象警報を伝える仕組みなども、十分に整っていません。

    このため国連は、災害のリスクを伝える「早期警戒システム」の普及を表明したのです。

    早期警戒システムの行動計画とは? 

    「早期警戒システム」の行動計画は、WMO=世界気象機関が作成し、11月の気候変動対策を話し合う国連の会議「COP27」に合わせて発表されました。

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    計画では、5年後の2027年までに「早期警戒システム」を全世界に普及させるとしています。

    その上で、 ▽ハザードマップの作成など災害リスクの評価や啓発、 ▽レーダーの設置など気象現象の観測や予報の改善、 ▽リスク情報を伝達するネットワークの構築などを、進めるとしています。

    さらに、この計画を進めるにはおよそ31億ドル、日本円でおよそ4240億円が必要となると試算しました。

    システムの普及だけにとどまらず、住民の迅速な避難に結びつけるために気象レーダーなどいった観測器機以外の分野にもわりふられています。

    「早期警戒システム」の内訳※為替レートは12月1日現在

    分野ドル
    ①災害リスクに関する知識 3億7400万ドル511億円
    ②観測と予報 11億8000万ドル1613億円
    ③伝達とコミュニケーション 5億5500万ドル758億円
    ④準備と対応10億ドル1367億円

    WMOなどは、システムの普及によって人の命を救えることに加え、整備にかかる費用を大きく超える経済的な損失を回避できるとしています。

    日本の最新技術に各国が注目

    「早期警戒システム」の普及に当たって必要とされているのが、多くの災害に直面してきた日本の技術です。

    「COP27」では、自然災害による被害の軽減に取り組む国内企業の技術を紹介するセミナーが開かれました。

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    セミナーでは、民間の気象情報会社「ウェザーニューズ」社が、最新の小型レーダーをベトナムに設置し、洪水のリスクや警報を発表する際の情報に役立てられている事例などを紹介しました。 各国の参加者からは、期待の声も聞かれました。

    ベルギーの研究者の男性
    「とても興味深く、世界に輸出されるのはふさわしい技術だと思った。これは気候変動と戦うためだけでなく、実際にリスクの高いエリアの人の命を救うためにも非常に効率的だ」
    インドの研究者の女性
    「日本は非常に優れた早期警戒システムがあり、それを使ってほかの国を支援する主導的な役割を果たすべきだ」

    20カ国以上で導入される小型レーダー

    各国に導入されている日本の「早期警戒システム」の技術とは、どういうものなのか。

    兵庫県西宮市にある船舶用レーダー大手のメーカーは、2013年、小型の気象レーダーを開発しました。レーダーの直径は、1メートル程度。大型の気象レーダーと比べておよそ7分の1の大きさです。

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    さらに、このレーダーは、価格が1台3000万円程度。数億円はかかる大型のレーダーと比べると安価に導入できます。

    こうした強みもあり、これまでにベトナムやシンガポールなど世界20か国以上で運用されています。

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    地元で起きた災害を教訓に…

    メーカーが気象レーダーを開発したのは、地元で発生した災害がきっかけでした。

    2008年、神戸市を流れる都賀川で、局地的な大雨によって水位が急上昇し、小学生や保育園児を含む5人が死亡したのです。

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    当時は予測をするのが難しいいわゆる「ゲリラ豪雨」による犠牲でした。

    この災害に心を痛めた技術者たちは、都市部での豪雨を観測できる気象レーダーを作ろうと考えます。

    そして、船舶用レーダーで培った小型化のノウハウも生かして2年半で開発しました。

    一般的な大型レーダーが「キロ」単位で解析をしているのに対し、開発した小型レーダーは「75メートル」の単位で解析でき、雨の動きを細かく把握できる性能になったといいます

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    地元の災害をきっかけに開発したこの小型レーダーが、結果的にコストの面などから途上国の災害対策に活用されるようになったのです。

    古野電気 気象レーダー開発責任者 柏卓夫さん
    「地球温暖化によって豪雨が増える中、私たちの技術は世界中どこでも対応でき、役に立てると信じている。小型で低コストという強みをいかしながら、今後も政府機関などを通して途上国に展開していくことで『早期警戒システム』を構築する一助になれたらいい」

    専門家「日本の経験を途上国の防災に」

    国連の防災枠組みの策定に携わった、JICA=国際協力機構の竹谷公男防災分野特別顧問は、「早期警戒システム」の普及には、日本の経験が欠かせないと指摘します。

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    JICA 竹谷公男 防災分野特別顧問
    「アジアなどの途上国は治水対策をしないまま都市に人口が集中している。気候変動も影響し、手の打ちようのないくらいリスクが増えている状況だ。日本のように河口にメガシティーがある先進国はほとんどなく、治水によって繁栄を築いてきた日本の防災の歴史は途上国にとって、まさにお手本だ。日本以外に防災の支援をリードできる国は先進国にほとんどないと言って間違いない」

    さらに、途上国に技術を導入していくことは、日本にとってもメリットがあるともいいます。

    「日本が防災の支援をすることで、その国がぜい弱さを克服して経済が発展してきたら製品を売り込むマーケットになるなど、日本の国益にもつながっていく」

    実現性の高い計画にするために

    今回の取材で印象的だったのが、兵庫県のメーカーが気象レーダーを開発した当時、「俺たちが作るんだ」という気概に満ちていたと話していたことでした。それは、地元での災害を乗り越えようという決意だったのだと思います。

    災害を多く経験してきた日本には、災害を乗り越えるための技術、ノウハウに加え、“気概”もあるのだと感じました。

    COP27で示された「早期警戒システム」の全世界への普及はまだこれからです。今後、実効性のある計画にするには各国が協調して取り組んでいく必要があります。

    だからこそ、日本が“気概”を示し、その普及のためのリーダーシップをとっていってほしいと思います。

    社会部 記者 徳田隼一 安藤文音 老久保勇太


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