教皇とともに地方から世界を動かす

38年ぶりのローマ教皇の被爆地訪問。実現の裏には、広島、長崎の地方政治のリーダーたちの強い働きかけがありました。なぜ、どういう思いで、働きかけを続けてきたのか。今後をどう考えているのか。リーダーたちを取材しました。

目次

みずからバチカンに

広島市 松井一実市長

世界情勢は、雲がかかったかのような状況だ。国境や宗教の枠を超え、広島の心、被爆者の思いを踏まえたメッセージを発信してもらいたい。

9月13日。広島市役所。
強い力を込めて、こう語る人がいました。広島市の松井市長です。

この日、ローマ教皇による被爆地訪問が、正式に公表。
その直後に、記者団に囲まれて語ったことばでした。

松井市長は、数年にわたって教皇の訪問を働きかけてきました。

おととし11月には、みずからバチカンに足を運んで教皇と謁見。 その後も親書や会見などを通じてことあるごとに要請を続けました。 市をあげた活動でした。

“平和外交”に携わって

平和首長会議で訴える松井市長

なぜ教皇の訪問を必要としたのでしょうか。
松井市長は、被爆地のリーダーとして、「平和首長会議」の会長を務めています。
「平和首長会議」には、世界163か国の7800を超える都市のリーダーが加盟。数多くの決議をまとめ、各国政府に核兵器廃絶を求めるなど、自治体のレベルから、“平和外交”を担ってきました。その立場も踏まえながら、市長は次のように語ります。

『平和首長会議』は、さまざまな宗教を信仰する市民を抱える都市のリーダーでつくられています。一方、フランシスコ教皇は、ローマ・カトリック教会の頂点に立つ宗教指導者にとどまらず、それ以外の宗教の信者にも広く影響力を持っています。その教皇が、被爆地で核兵器廃絶に向けたメッセージを発信してくれることは、被爆地の首長として、『平和首長会議』として、活動を進めていくうえで、勇気づけられることです

被爆地担う政治家の務め

とはいえ、激しく利害がぶつかり合う国際関係。一指導者のことばだけで解決に向けて動き出すほど物事は単純ではありません。

オバマ大統領が広島を訪問(2016年5月)

3年前。
当時のオバマ・アメリカ大統領による被爆地訪問。平和の実現を訴えるスピーチを行いました。
その翌年のおととし、国連で核兵器禁止条約が採択されるなど、核兵器廃絶の機運は一時的に高まりはしました。

しかし、その後、核兵器保有国による対立が激しさを増してきています。

松井市長は、こうした中でも、今回の教皇訪問を大きなてこにして、地方から世界を平和に導いていきたいと強調しました。

核兵器をめぐる問題は、長期的な視点に立って、地道に取り組みを進めていくことが必要です。まずは『平和首長会議』の加盟都市をさらに増やしていきたい。例えば核兵器保有国にある都市のなかで加盟国が増えていけば、その国の政府に影響を与えられる可能性があります。国と国との立場が、関係上、難しい中で、物事を動かしていくには、市民一人一人、市民社会に働きかけることが重要で、それを担うのが地方の首長だと考えています(松井市長)

たび重なる訪問要請

長崎県 中村法道知事

繰り返しお願いしてきたことが実現の運びとなってうれしい

ローマ教皇の長崎訪問が正式発表された日、中村知事は顔をほころばせました。

迫害と被爆。2つの“受難”を耐え忍んできた長崎にとって、38年ぶりとなる教皇の訪問は悲願。中村知事は、教皇が選出された6年前の2013年以降、5通にわたる親書を送るなどして、来県を呼びかけてきました。

キリスト教関連の世界遺産登録手がかりに

最初の親書は、2013年10月。

長崎県内にあるキリスト教関連遺産の世界遺産登録への支援を求め、2015年の来県を呼びかけました。

2015年は、鎖国がとけたあと、潜伏キリシタンが大浦天主堂のフランス人宣教師にみずからの信仰を打ち明けた「信徒発見」から150年の節目です。

「被爆70年」にも当たりますが、このときは触れませんでした。

中村知事は、「ローマ教皇庁とのやり取りで、潜伏キリシタンの歴史を高く評価していると感じていた」と振り返ります。

謁見果たすも来県は“お断り”

2015年1月にはみずからバチカンを訪れ、教皇と謁見しました。

この場では世界遺産登録への支援の言質を得ましたが、長崎訪問については「日程的な理由」で断られてしまいました。

核廃絶にかける教皇の熱意

核兵器禁止条約を採択した交渉会議(2017年7月)

一方、教皇の核兵器廃絶にかける熱意が伝わる出来事が相次ぎました。 おととし国連で核兵器禁止条約が採択されると、バチカンはいち早く批准。

「焼き場に立つ少年」(撮影 ジョー・オダネル)

その年末には、教皇が、原爆投下後の長崎で撮影したとされる「焼き場に立つ少年」の写真に、みずからの署名と「戦争がもたらすもの」というメッセージを添えて配布するよう指示したのです。

被爆地ナガサキ前面に

「教皇は被爆地に思いを寄せ、長崎をよく理解している」と受け止めた中村知事。今度は、被爆地・長崎を前面に出して来県を呼びかけることにしました。

去年2月に送った4通目の親書では「長崎を最後の被爆地に」「被爆地から平和のメッセージを世界に向けて発信してほしい」という思いをストレートにしたためました。

被爆2世として 被爆者の願いを

核兵器だけは許せない。原爆の惨禍を体験したことをベースに考えれば理解していただきやすいんじゃないか

こう語る中村知事は、実は被爆2世。

96歳になる中村知事の母親は、原爆投下後に爆心地付近を通ったことで「入市被爆」しました。

しかし、子どもたちが結婚できなくなることを恐れ、長く被爆体験を公にしていなかったといいます。

今回のインタビューで、中村知事は、自分が県庁に就職したばかりのころ、母親を促すようにして被爆者手帳を申請したことを明かしました。

実情をご存じの方は、誰しも『核兵器は使えない』と言いますが、『放棄できるか』と言われると、『優位性を確保するために残さなければいけない』となる。しかし残したら使う可能性があります。やはり無くしていかないと被爆者の願いは届きません。何としても核兵器廃絶に向けて人類の知恵を絞り、ステップを踏んでいかなければなりません

取り組みは続く

被爆地としての責任を担い、世界に挑む地方政治のリーダーたち。今回の教皇訪問を大きなはずみにできるのか。今後、真価が問われます。

広島放送局記者

岩田純知

平成27年入局
広島局は5年目
現在、広島市政を担当

長崎放送局記者

櫻井慎太郎

平成27年入局
長崎局は5年目
現在、県政取材を担当

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