2023年12月01日
(聞き手:平野昌木 藤原こと子 幕内琴海)
コロナ禍の外出自粛や飲食店などの営業時間の短縮で影響を受けたビール業界。アフターコロナで、消費者の志向には変化がみられるそう。さらに、健康意識の高まりで、ビールの醸造などで培った技術をヘルスサイエンスの領域で活用する動きも出ています。
お酒から健康食品まで幅広く展開する業界での取り組みをキリンホールディングスの人事担当者に聞きました。
キリンというとビールのイメージが強いです。
ありがとうございます。はじめに業界事情を少し説明すると、ビール業界で大手と言われているのは、弊社のほか、アサヒ、サントリー、サッポロの4社です。
この4社でビール販売のほとんどを占めています。各社が切磋琢磨しながら、ビールだけでなく発泡酒や新ジャンル(いわゆる第3のビール)、ノンアルコールビールなど新しい商品の開発を競ってきました。
そのうち御社ではどのように事業展開されているのでしょうか?
やはり100年以上前にビールから始まった会社なので、酒類や飲料などの「食」に関わる領域が基盤となっています。
売り上げでみるとビールやスピリッツなど国内の酒類が一番多く、2022年は6635億円でした。
そのほか、医薬などの「医」領域と、健康に関連する「ヘルスサイエンス」領域の3本柱で展開しています。
酒類や飲料以外にはいつから事業を拡大したんですか。
「医」領域は1982年からで、実は40年以上の歴史があります。
「ヘルスサイエンス」領域は中期経営計画として事業戦略に組み込んだのが2019年からと、比較的新しい事業です。
1つ目のキーワードは「ビールの志向の変化」ですが、これはどういうことですか?
はい。コロナ禍を機に、お客様のビールに対する志向が変わったと感じています。
もともと消費者の間には、新ジャンル(第3のビール)などの「安くて程よいビール」を好む志向があります。
その中で、いま私たちが注目しているのは、コロナ禍を経た「高くても付加価値を感じられるビール」を選ぶ志向の高まりです。
そもそも、どうしてコロナ禍でビールの志向が変化したんですか。
まずコロナ禍で何が起きたかというと、外出自粛などの影響で、居酒屋を中心として多くの飲食店が閉店しました。
2023年9月時点の居酒屋の店舗数は、コロナ禍前の2019年度と比べると約70%、去年の同じ月と比べても約90%に減っています。
また最近はワークライフバランスを大切にする人も増えて、飲み会をしても「2次会や3次会までは行かない」という傾向が強まっていると思います。
そうなると、ビールを提供するメーカーも苦しいですよね。
やっぱりビールが一番飲まれるのは居酒屋業態の飲食店なので、そうしたお店が苦しくなれば私たちも苦しくなります。
でも実は、外食のうち、パブ・居酒屋のことし9月の売り上げは、去年の同じ月と比べると130%と伸びているんです。
店舗数は減ったのに売り上げは伸びているんですか?
その理由の1つが「プレミアム志向」、つまり「高くても付加価値を感じられるビール」を選ぶ志向の高まりだと見ています。
例えば、居酒屋1軒あたりの滞在時間が短くなったり、2軒3軒行くことがなくなったりすると、以前よりも出費は少なくなりますよね。
その分、外食の場でしか飲めないような少し贅沢なビールを選ぶ人が増えているんです。
例えば、スタンダードビールや新ジャンル(第3のビール)よりもやや価格帯が高いクラフトビールです。
実際に市場のデータを見ても、クラフトビールの売り上げは年々伸びる傾向となっています。
家飲みでも、より贅沢なビールが好まれる傾向が強くなったので、これまで飲食店にしか提供していなかった「スプリングバレー」というブランドのクラフトビールを2021年から缶で広く販売し始めました。
ラインナップも増やし、ことし10月時点でこのブランドのクラフトビールは通年品として3品目を発売しています。
外食が少なくなったことで、1回の外食や家飲みの時間をより良くしたいニーズがあるということですか。
そうですね。
私たちが「コロナ以降、外食の際に気にする項目」でとったアンケートの結果では、「ゆっくりと時間を過ごせる環境」「料理やドリンクの味覚」「価格以上の価値」が特にポイントが上がっていました。
ここからも、外で飲むことの価値がこれまで以上に高く求められていると感じています。
私たちは酒類・飲料を事業の1つとしているメーカーとして、どういう商品がお客様と飲食店にとって価値があるのかをすごく考えて提案する必要があります。
お客様目線のマーケティングが事業を支える根幹のひとつだと考えているので、多様化するお客様の志向を把握し、ビールの裾野を広げていきたいと思っています。
2つ目のキーワードは「ヘルスサイエンス」です。
少子高齢化やコロナ禍の影響もあり、今、世の中の健康に対する意識がものすごく高くなっていると感じています。
「健康」の領域は大きな社会課題ということもあって各社が参⼊していますし、市場は国内外で拡⼤が続いています。また技術⾰新も目覚ましく、環境変化のスピードが⾮常に速いです。
この市場でキリンでは、どのように取り組んでいるんですか。
私たちは「免疫ケア」を掲げて、免疫を維持し、例えば風邪をひきにくい、体調を崩しにくい体を作ってもらうことに貢献したいと考えています。
免疫って、ウイルスなどから体を守ってくれる免疫のことですよね? どうやって維持するんですか。
体に良いものというと、納豆やヨーグルトなど菌が入ったものがあげられると思います。
その中でも私たちは乳酸菌に着目し、ビール醸造で培った技術をいかして研究を進め、2010年に「プラズマ乳酸菌」を発見しました。
一般的な乳酸菌は一部の細胞しか活性化されませんが、「プラズマ乳酸菌」は免疫の司令塔に働きかけるので、活性化される細胞の数がさらに増えるんです。
そのプラズマ乳酸菌が入った飲料やヨーグルトなどの商品を開発して、生活に取り入れてもらうことで免疫の維持活性につなげてもらおうとしています。
もともとビールのメーカーが、どうしてヘルスサイエンスに力を入れるようになったのですか?
私たちの強みであるビール醸造で培ってきた発酵やバイオテクノロジーの技術力をいかして健康に関する課題を解決したいと考えたからです。
飲料業界では、その技術をいかして脂肪を分解するお茶など健康を維持するような商品開発をしている企業もあります。
その中で、私たちは「免疫」に着目して研究・開発に取り組んでいます。
ただ、免疫ケアの裾野を広げていくためにはいろんな企業と協力するBtoBにも力を入れていく必要があると感じています。
例えば、ほかの飲料メーカーにプラズマ乳酸菌を使った飲料を販売してもらう、サプリメントを扱う企業にプラズマ乳酸菌の粉末を販売して新商品を開発してもらうといったことです。
そうすることで、商品の幅が広がってお客様にも届きやすくなると考えています。
今後ヘルスサイエンスの領域をどんな戦略で広げていくんですか。
国内だけでなく、海外での展開をさらに強化したいと考えています。
世界的な健康食品の市場を見ると、アメリカが25%、中国が20%、日本が10%を占めていて、3つの国で55%も占めています。
アメリカや中国はそんなに高いんですね。
特にアメリカは日本ほど保険制度が整っていないので、病気にならないための意識が高く、人口も多いので日本よりもチャンスがあるとみています。
例えば、新しいサプリメントを先に海外で販売して、その際に得た知見を日本国内でいかすといったこともできる可能性があります。
ヘルスサイエンスの領域でほかにも取り組んでいることはありますか?
飲料以外には、減塩食品でもしっかり味を感じられる食器の開発なども行っています。
食器で味を感じられるんですか?
独自の電波波形技術を使っているスプーンとお椀のデバイスで、明治大学と共同で開発しています。
塩味はナトリウムイオンが舌に触れることで感じるのですが、減塩食だとその粒がバラバラに舌に当たるため、味気のない食事になってしまいます。
しかしエレキソルトを使うと、スプーンやお椀を流れる微弱な電流でナトリウムイオンの動きを調整して、舌に触れる量を増やすので、約1.5倍の塩味を感じることができるようになるんです。
このように、お客様の豊かで健康な生活を支えるために、さまざまな取り組みを進めています。
3つ目のキーワードは「人的資本経営」です。これは具体的にどのようなことでしょうか。
今、まさに「人的資本経営」という考え方がすごく注目されています。
昔は、人もモノやカネなどと同じで消費される資源だとする「人的資源」という考え方が主流で、効率的に仕事を回すために人に対してさほどお金や労力をかけていませんでした。
しかし今は、日本全体として、人は「資本」、つまり、価値を生み出すものだとして、人に投資して育てていく会社が強くなるという考え方に変わってきています。
ですから、私たちも「人財が育ち、人財で勝つ会社」という人財戦略を掲げて、社員と会社は対等の立場であるという考えを人事の基本理念にしています。
そのうえで、成長・発展し続けようとする社員一人ひとりの努力と個性を尊重し、完全燃焼できる場を積極的に作っているんです。
具体的にどのようなことをされているのでしょうか?
ある軸を持って「専門性」を磨いてもらいつつ、社内で事業をまたいで経験を積み「多様性」を身につけてもらう取り組みをしています。
例えば、営業でも営業一本でずっと育っていくのではなく、その軸を中心として、他の事業で違う経験もしながらキャリア形成ができます。
自分の専門性は持ちつつ、様々な挑戦ができるんですね。
先ほどお話ししたエレキソルトの開発も社員のアイデアから始まったのですが、そのように社員がアイデアを提案するビジネスチャレンジの制度も設けています。
ほかにも、社員が外部のセミナーを受講する際に会社が費用の一部を負担する制度などもあり、社員がやりたいことをサポートする体制を整えています。
どうして会社としてそこまで力を入れているんですか。
経営戦略と人財戦略は常に紐づいていて、人が育つことは、事業や会社が強くなっていくことに直結すると考えているからです。
社員も成長していく中でやりたいことが変わる瞬間も出てくるでしょうし、今の事業とは違うところに自分の強みがあるのではと思う瞬間もあると思います。
採用活動でも、学生から「自分の市場価値を高めたい」という意識をすごく感じます。
市場価値を高めるためには、専門性と多様性を磨くことが大事だと思うので、今後も社員1人1人のチャレンジする意欲を高める機会を増やしていきたいと考えています。
酒類・飲料だけではなく、医薬やヘルスサイエンスと領域を広げる中で、どんな人材を必要とされていますか。
「熱意・誠意・多様性」を共通の価値観として大切にしているので、リーダーシップを発揮しながら成長・発展し続けられる人ですね。
環境変化も激しい世の中なので、身につけた能力やスキルが時間が経つにつれて陳腐化してしまう可能性もあります。
専門性や多様性を磨き続けるためには「成長・発展し続けられる」という点がポイントで、成長意欲を持って学び続ける覚悟を持つことが重要だと考えています。
なので、常に意欲的で自発的に動ける人と一緒に働きたいなと思います。
ありがとうございました。
撮影・編集:谷口碧
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