2024年02月22日
(聞き手:西條千春、幕内琴海)
100マイル(約160キロ)を超えるレースにも挑戦するプロトレイルランナーの中谷亮太さん。”キツい”を乗り越え、走りきるために絶対に必要だとするのが「メンタルのコントロール」。レース以外にも通用する、その思考法の秘訣を聞きました。
トレイルランニングは100キロを超えるレースも多いそうですが、ずっと走り続けるんですか?
もちろんできる限り走りますが、実は走りたくても走れないのがトレイルランニングの醍醐味でもあります。
中谷亮太さん
1991年、兵庫県丹波市生まれ。プロトレイルランナー。22歳でトレイルランニングを始め、28歳の時に独立。国内外のレースに出場する傍らで、地元の丹波市でレースの運営も手がけ、トレイルランニングの普及にも力を入れている。
トレイル「ランニング」なのに、走れないんですか?
国内で開かれた実際のレースを例に紹介しますね。「TAMBA100」というレースです。
僕はランナーとして活動する一方で、このレースは主催者という立場で関わっていて、「世界一過酷なレース」と銘打っています。
距離は約100マイル、168キロです。そして登りの高さを合計した累積標高が1万6000メートルあります。
※累積標高
1000mのぼり500mくだって1000mのぼると、合わせて2000mのぼったという考え方で、レース中に合わせて、どのくらいの高さをのぼったか示す数字。
イメージが湧きにくいと思いますが、エベレストの標高が8848メートルなので、エベレストの2倍近くに匹敵するイメージです。
エベレストを2回登るような感じなんですね…
実際のコースは山道が多いのですが、山の斜度が急すぎて、ほとんどのランナーが走れない、という感じです。
ちょうど、去年のレースは雨が降っていたので、のぼりもくだりも滑りながら進んでいました。滑り台みたいになっていました笑
「走れない」の意味がよく分かりました(笑)。
ただ、このレースは極端にキツいもので、トレイルランニングのレースは距離も難易度も幅があります。
それに、山に行くのってどう考えてもリスクがあるじゃないですか。 だから、みんなそのリスクを想定して準備をしっかりするんですよね。その上で「自然の中で遊ばせてもらってる」という感覚があって、気持ちのゆとりがある人は多いですね。
走る中で一番つらいのは体力の消耗なんですか?
実はこれが難しいんです。体力はやっぱりしんどいです。疲れてくると、幻覚も見えてきますし。
え、幻覚!?
幻覚といっても、勘違いに近い感じなんですよ。
あそこに人がいると思って近くまで行くと、木だったとか。黒い熊が見えて、「やべっ」と思ったら、全然、動かなくて、ただの岩だったとか。そういうのがめちゃくちゃ多いんです。
ただ、体がしんどい時にはメンタルも折れることがすごく多くて、本当につらいのは、この2つが重なった時ですね。
逆に体は疲れていても、メンタルがまだ前を向いていると、勝負ができるみたいなところはあります。
そういうつらい時に、どういう風にメンタルを保つんですか?
まず、キツさの原因を、要素に分けて考えますね。
例えば、しんどくて食べられないなら、ペースを落として体の負担を減らすとか。幻覚を見たら7秒だけ目をつぶって、寝た気持ちになってもう一回行くとか。
それぞれのキツさの解像度をあげていって、そのキツさに対応していくテクニックを生み出していく感じです。物事をいろいろと考える癖を持っていて、常に理論的に考えて対処しようとしています。
ただ、どうしてもダメな時はあります。じゃあ、どうやって乗り越えるかっていうと、元も子もないかもしれませんが、最後は「気持ち」です。笑
「気持ち」なんですね。
メンタルが折れた時点ですべては終わりなんですよ。
キツい状況になった時に、どういう気持ちを持てるかなんです。
誰か支えてくれる人が浮かんで、何とか頑張りたいって思う時もありますし。
「今が一番しんどいから、もう少し我慢したら楽になる」って言い聞かせて、ちょっとでも前に進もうという気持ちを持ったり。
それでも折れそうになる時も当然あるんですけど、自分自身をコントロールするというか、気持ち・メンタルを常にネガティブな方向からポジティブな方向に持っていこうと意識することが1番なのかなと思います。
キツさの中から、いろんな気持ちが生まれてくる感じなんでしょうか。
良い質問ですね。
僕らって、好きで、つらいことをやっているんです。レースに出たら、キツい状況になるだろうってことを分かっていながら。
でも、「自分はここまでかもしれないって思ったけど、トレーニングをしてきたし、自分の限界もちょっと越えられたんじゃないか」みたいな、怖いもの見たさじゃないけど、“前よりも何か成長したんじゃないか”という自分への期待みたいなものと答え合わせしたいって思いがあるんです。
絶対にかなわない偉大な自然に挑んで、絶対しんどくなるのは分かっているけど、そこから逃げないことで自分は成長した、っていうのがあって、キツくても走り続けられるんじゃないかなって思いますね。
自分の限界を超えた時って、何が得られるんですか?
「自分はもっとできるんじゃないか」ということしか思わないですね。
夢を見て、その夢がかなったら、どうなるかって話に近いと思うんですけど、夢がかなったら、もっと大きな夢を見るってことなんですよね。
“乗り越えた”、“達成した“という自分を認める、今まで頑張ってきて良かったって承認できる気持ちが生まれてきて。
その先に、「やっぱり、もっと自分やれるじゃないか!」っていう気持ちにさらになり、自分の可能性がもっと先にあることを知るっていうことですね。
限界に挑戦することで自分の限界を高めることができるような?
そういうことですね、限界を突破したら、もっと先に限界があったことを知ったみたいな感覚ですね。
これまでトレイルランに前向きに向き合って、突き進んできたと思うんですけども、やめたいなと思ったことはなかったんですか?
ありますね。正直言うと、やめたい訳じゃないんですよ。ただ、もうやめようかなって思ったことはあります。
2021年のUTMF(ウルトラトレイル・マウントフジ)という日本で最大規模のトレイルレースで、富士山の周りを走るレースに出たときでした。
この時は相当、気合い入れて、当時は今までで一番練習したって言い切れるぐらい練習した年だったんです。
だけど、結果から言うと、全然ダメだったですね。
「優勝する」って言い切って出たレースだったのに歩いて完走するような状態で、すごく恥ずかしかったし、やっぱり、応援してくれている人にも申し訳なくて。
始めた当初は、やればやるほど良くなっていくのに対して、その時は、「これだけやったのにもう駄目だ、もう向いてないわ」と、完璧にネガティブな状態になっていました。
今、思い出しても、すごく悔しいレースで、でも、途中でリタイアせずに最後までボロボロになって、プライドも捨ててゴールまで行ったから、その後、続けられた部分はあると思います。
そんなことがあっても、なぜ今続けられているんですか?
やっぱり人の支えですね。
僕は終わりにした方がいいと思ったんですけど、「そんな中谷を見たくない。これが次につながる」って、周りの人たちが言ってくれたんです。
その時は“本当にこれが次につながるのか”って、自分では、とてもそんなふうに思えなかったですけど。
そこから本当に多くの人に支えられて送り出してもらって次に出た国際大会で、世界のレベルを肌で知ったことで、僕の人生が変わって、練習にもっと打ち込むようになって、そうしたら、その年はそのあとの大会、全部で優勝できたんです。
だから、なぜ続けられているかというと、自分以上に自分を応援してくれている人が、後ろを振り返ったら、いた、っていう、それが答えです。
山との戦いなんだなっていう印象を持ってたんですけど、1人ではできないスポーツなんだなっていうのを感じました。
本当にそうなんですよ。後ろで一緒に走ってくれている人がめちゃくちゃいるんですよね。
トレイルランだけじゃなくて、どんなことでも、みなさんもそうだと思いますが、それぞれに家族だったり友達だったり、いろんな人の支えがあって初めてできることだと感じます。
最後に、中谷さんにとって「仕事」とは何でしょうか。
少し難しい表現になってしまうんですが、「人生を懸けた挑戦と貢献の連続帯」です。
仕事って単なる職業ではなくて、自分自身が人生を懸けて打ち込んでいることだと思っています。
そのときに、なんで打ち込むかと言われたら、誰かに、何かに貢献できると思うからだと感じるので、人生を懸けて貢献しようと思って打ち込むことができるものだと感じます。
僕の場合は“世界一のトレイルランナー“という「人生を懸けた挑戦」に「貢献」が付随していると思っています。
僕も少しずつスポンサーが増えてきて、より競技自体が仕事になってきましたが、夢のために頑張ってアルバイトをやった時間はかなりあります。
そうした断片、断片は一見繋がっていないように見えても、すべてが自分の夢や人生の目的に繋がっている選択で、すべてがつながっているものだと思います。
これからもずっと続く挑戦を楽しみにしています!ありがとうございました!
なぜ中谷さんはトレイルランを始めたの?魅力はどこに?「“不眠不休の170キロ” プロトレイルランナーに聞く なぜ走る?」も合わせてご覧ください。
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NHK・BSの番組「グレートレース」では、中谷さんが主催したTAMBA100をはじめ世界のトレイルランニングなどのレースを特集しています。
この先の放送予定など詳細はこちら⇒番組のホームページ「グレートレース」
撮影・編集:岡谷宏基
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