2020年01月17日
(聞き手:勝島 杏奈)
イランとアメリカの対立が深まっています。戦争になってしまう可能性はあるのでしょうか。昨夏までイランに特派員として駐在し、現地で取材してきた国際部の薮英季デスクに聞きました。(1月17日改訂)
アメリカとの対立が長く続いて、生活も厳しくなってるイランですが、国民はどう思っているんですか?
駐在していて見聞きした範囲で言うとね、反米で国民がみんな盛り上がってるかっていうと、そうでもないかな。
集会は色んな記念日に開かれるけど、動員がかかっているからいつもメンバーが同じって感じで。
その彼らもアメリカ製の服を着て、アメリカ製のジーパンをはいて、iPhoneを使っている。
イランの一般市民は、実際にはアメリカの文化が大好き。あくまで政治上、対立しているだけで、自分たちはいつかアメリカに行ってみたいっていう憧れがあるんです。
そうなんですか!すごく意外です。
僕がイランに赴任したのが2017年。
アメリカではトランプ大統領がすでに就任していたけど、当時は核合意のおかげでイランがやっと世界と結ばれて、これからどんどん社会がよくなるっていう雰囲気がまだあったんだ。
じゅうたんフェアに行ったら「これからどんどんアメリカに輸出するんだ」って意気込んでいた。
お客さんも「核合意が結ばれてからは、海外旅行に行ってもイラン人に対する対応が変わった」って話していた。
イランが明るい雰囲気だったんですね。
世界から孤立していたイランが、もう一度国際社会の舞台に戻ってくることができたと、みんな実感してたんです。
それがトランプ大統領の核合意からの離脱(2018年5月)で、突然電気を消されたみたいに暗転してしまった。みんなの期待が大きかったからこそ、失望も大きいと思うよ。
実際に苦しんでいるのは国民のほうだということですね。
そう。海外に留学したいとか、外国の企業で働きたいと考えている若者はつらい思いをしている。
アメリカが経済制裁を発動してからは、イランからは日本やヨーロッパの企業が出て行き、若い人のチャンスが奪われている。
その根本原因が、アメリカとの敵対関係って考えると、なんのためにこんなことをしてるんだと思っているだろうね。
とはいえ、ずっとこのままというわけにはいかないですよね。核合意離脱は確かにアメリカが一方的な感じもしますが、薮さんはどう思いますか?
やっぱり多国間の国際的な約束事を、前の大統領と考え方が違うからといってほごにしていてはね・・・。
圧倒的多数の国は、アメリカの核合意離脱というものに反対していたし、今でも核合意は必要だと考えているよ。
アメリカも引くに引けない状況ということでしたけど
ここまで行き詰まってしまうと、戦争という可能性はあるんでしょうか?
うーん、個人的には、近い将来は起きる可能性は低いと思っていますね。
なぜですか。
まず、アメリカサイドからするとトランプ大統領は選挙を控えている。
戦争をはじめたら大きな犠牲を払うだろうし、予算的な負担もとなると大統領選挙にとって有利ではない。そういう選択肢はできるだけ排除したいって考えていると思います。
イラン側はどうですか?
イランははっきりしていて、アメリカと戦争しないっていうのは、自分たちのイスラム体制を守るためのある種の最も重要なルールというか、決めごとなんですね。戦争してアメリカにかなうと思っていないですし。
それは軍事力とか、経済力?
まあ、軍事力ですね。ハメネイ氏はトランプ大統領との向き合い方で「戦争はしない、だけど抵抗は続ける」っていうような言い方をしているんです。
アメリカの圧力に屈することはないけども、一方で実際にアメリカと戦火を交えるようなこともしないということを盛んに言っていますね。
イランは戦争はしないけどアメリカを批判。アメリカも引くに引けないけど戦争はしない。
そうするとどうやって解決するんですか?
実は、2国間だけではかなり行き詰まっている。
そこでヨーロッパの国、特にフランスが何とかしようと外交努力をしているところなんだ。
なぜフランスが急に出てきたんですか。
フランスは、アメリカ、イギリス、中国、ロシアとかと一緒に核合意に参加した国の1つで、イランとも歴史的なつながりが深いです。
テヘランの町中を走るとフランスの車がたくさん走っているんだよね。フランスとイランは、経済的なつながりも深かったんだ。
だけど、アメリカが制裁を発動したからフランスの企業も出て行かざるを得なくなって、結構割を食っている国なんです、フランスは。
フランスとしてはイランと仲よくしたい?
そうですね、核合意みたいな枠組みをもう一度元に戻して、イランの市場に自分たちが参加できるようにという利害ももちろんあります。あとマクロン大統領のキャラクターもね。
キャラクターですか?
マクロン大統領って気候変動の問題とか、国際社会の課題にすごく積極的に発言をする人でね。
思想的にもやっぱり戦争を防いで、国際社会、中東の秩序を取り戻したいと考えているとは思いますね。
フランスは具体的にどういった形で手をさしのべようとしたんですか?
制裁の影響で世界中の国がイランの原油を買うことができないんだけど、将来的に原油で支払ってもらうことを想定した、融資の枠組みを提案したんだ。
それは実現したんですか?
フランスなどヨーロッパの国がお金を出すと言っているんだけど、これさえも、アメリカが経済制裁を発動している中では、アメリカが承認しないとできないんだ。
国際的な、お金をやりとりする仕組みは、アメリカが握っているからね。
で、結論を言うとアメリカは「イエス」と言わなかったので実現はしていないんです。
何だか、八方ふさがりな感じがしますね。
さっきも言ったように、イランはアメリカが政策を転換しない限り自分たちも行動を起こさないと言っている。
そうするとトランプ大統領がアメリカの大統領であるうちは劇的な解決に向かう可能性はいまのところ低いと思う。
だからイランでもアメリカ大統領選挙がすごく注目されている。そこが変わらないと今の状態が続くのかなって思うよ。
この問題で、日本ができることはないんでしょうか。
イランは1979年に親米の王政から反米のイスラム体制に変わってアメリカとずっと敵対しているけど、日本はずっとそのあとも関係を大切にしてきて、今に至るんです。
実際、イランにいたときに「日本大好き」って感じでしたか?
そうだね。日本の車はすごくいいとか、家電製品もすごく評価が高い。
やっぱり長年にわたって、日本がイランとの間で築いてきた信頼関係があってこその評価だと思う。
日本はイランといい関係を築けているわけですね。
そうなんです。だから安倍総理大臣は去年6月にイランに行きましたよね。
日本はトランプ政権ともすごく親密な関係を築いていて、イランとも安倍総理大臣がイランに行けるぐらいの関係を築いている。
2つの国と、これほどまでに深い関係を築いている国は、世界に実はそんなに多くはないんです。
日本はアメリカとイランの懸け橋になれるということでしょうか。
そうなってほしいと思います。
地域の緊張をしずめたり敵対関係を解消したりするのは、平和な世界を築く上ですごく重要なことだとし、日本の立場を生かして実現してもらいたいなと思いますよね。
緊張の緩和は日本にとってもメリットのあることなんですか?
日本は資源のない国で、原油については中東からの輸入に頼っています。その中でもイランは、かつて日本にとって最大の輸入相手国でした。
今はアメリカの経済制裁でイランからの輸入はゼロになってしまいましたが、調達先はたくさん抱えているほうがいろんなリスクに対応できる。イランは重要な確保先だと思います。
日本にとっては大切な問題ですね。
それに、ほかの国から原油を輸入するにしたって、その原油はペルシャ湾とか紅海を通って日本に来ますよね?そこを通るタンカーが攻撃を受けるようなことも起きている。
日本のエネルギー確保のためにこの地域の緊張を緩和させるのはすごく国益にかなってると思うよ。
緊張緩和のためにも、日本だからできることを大切にしたいですね。
イランにいるとよく「日本はなぜ戦争をしたアメリカとそこまで仲よくやっていけるのか」と聞かれます。
イランは40年間ずっとアメリカと敵対してるから、日本の戦後の方針転換が、なぜ起きたのかを意外に注目して見てるんじゃないかなと思うんだ。
薮さんは、それに何と答えるんですか?
一つの理由として、現実を見すえ、経済を重視して戦後を歩んできたからこういう結果になってるんだって答えていた。
なるほど。
アメリカとイランとの対立ですごく苦しんでいるのはイランの国民。
彼らが少しでも苦しさから脱出するために、日本が戦後、アメリカとの間で強固な同盟関係を築いてきた歴史が、何かの参考になるかもしれない。
両方の国がいつか、対立関係を解消できることを願っています。
編集:中村源太
イランで特派員経験がある国際部の薮デスクに、両国の長年の対立の構図や今後の見通しについて解説してもらいました。
1からわかるアメリカVS.イラン(1)なぜ対立するの?はこちらから。
1からわかるアメリカVS.イラン(2)両国はどうなっているの?はこちらからお読みください。
そもそもイランってどんな国?