2022年05月19日
(聞き手:白賀エチエンヌ 田嶋瑞貴 堀祐理)
ミサイルの発射を繰り返す北朝鮮。ロシアのウクライナ侵攻が新たな懸念材料になっているとの指摘もあります。アメリカ…中国…そして日本はどう対応していくべきなのでしょうか。気になるギモンについて、朝鮮半島が専門の池畑修平解説委員に聞きました。
池畑修平解説委員。ジュネーブ支局を経て、2008年から3年間、中国総局で北朝鮮を担当。ソウル支局長も経験した朝鮮半島情勢のスペシャリスト。
北朝鮮の非核化に向けた今後の交渉に悪影響を与えかねないと考えられるのが、ロシアによるウクライナへの侵攻です。
どういうことですか?
1991年にソビエト連邦が崩壊してウクライナが独立した際、ウクライナ国内には、ソ連が保有していた1800発もの核弾頭が配備されていました。
その結果、ウクライナはアメリカ・ロシアに続く世界第3位の核保有国になったんです。
そうだったんですね!知りませんでした。
その後、ウクライナは、アメリカ、イギリス、そしてロシアとの間で、核兵器を放棄するのと引き換えに、その3か国から自国の領土と安全を保証されるという覚書を交わしました。
安全を保証してもらう代価として、核兵器を放棄したわけですね。
北朝鮮が求めているものと似ていますね。
そうなんです。
ただ、核兵器の放棄を決める過程では「ロシアとの関係が悪くなった場合に備えてある程度の核兵器を保有し続けるべきだ」という議論がウクライナ国内でやっぱりあったんです。
結果的に、ウクライナはロシアに攻め込まれてしまっています…。
しかもロシアは各国に対し、核兵器を誇示して威嚇までしている。
こういう状況を北朝鮮がどう見ているかを考えると、かなり心配な状況と言えますよね。
確かに…。
やっぱり核兵器を放棄しては体制が守られないという思いを強め、さらには、核で脅すことは、朝鮮半島有事へのアメリカの介入を防ぐ意味でも有効なんじゃないかと北朝鮮の指導部が考えていてもおかしくありません。
そういう意味でウクライナに対するロシアの侵攻は、北朝鮮の核ミサイル問題にもかなりの悪影響を与える懸念があると思っています。
そうすると、やはり北朝鮮との交渉は難しいのでしょうか。
簡単ではないですよね。2018年に行われた米朝首脳会談って覚えていますか?
トランプ前大統領とキム・ジョンウン(金正恩)総書記が握手をしていたやつですね。
この時、「アメリカは北朝鮮の体制保証を約束し、北朝鮮は非核化に取り組む」とした両国による共同宣言が発表されました。
成功だったということですか?
互いに手を握り合うことができると示したという意味では、非常に大きな一歩だったと思います。
ただ、宣言の内容を具体的にどう進めていくかという話までは詰めてなかったんですね。
だから、その後は交渉が進まずにこう着状態に陥ってしまい、今に至っているわけです。
いまのバイデン大統領はどう向き合おうとしているんですか?
バイデン大統領は北朝鮮と無条件で対話する用意があると言っています。
ただ、トランプ前大統領のようにいきなり首脳会談を行うという意味ではなく「ちゃんと軍事の専門家や政府の高官同士が事前に話をして、何をどう進めるのかを詰めよう」と言っています。
それについて、北朝鮮はどう思っているんですか?
非常に不満を感じているんだと思います。
トップ同士が初めから顔を合わせるのではなく、まず事務方で話を詰めていくという伝統的な外交手法に戻ったこともそうです。
また、アメリカが中国との対立に加え、ウクライナの問題で手いっぱいになり、自分たちとの交渉の優先度合いが低くなってしまったことについてもです。
アメリカからすれば、ほかにもイランとの核開発に関する合意をもう1回元に戻すという交渉も大詰めだし、そういう中で今、北朝鮮に労力を割く余裕がそこまでないのが現実なんですね。
なるほど。
北朝鮮もそれを分かっているから、なんとかして自分たちの方に振り向かせようって考えているんだと思います。
それは、どうしてですか?
北朝鮮って新型コロナウイルスの感染拡大で経済的にものすごい打撃を受けているんですよ。
キム・ジョンウン総書記は「ウイルスが一旦入ってきたら自分たちの医療水準では国が滅びるかもしれない」と言って中国との間の国境を全面的に封鎖して人の往来を止めちゃいました。
それで貿易がほとんど止まっちゃったから、北朝鮮ではいま、結構深刻な食糧難に直面し始めているという分析もあります。
そうだったんですね。
国内がこういう非常に厳しい状態にあるので、やはりアメリカとの交渉再開を急いで、経済制裁を解除の方向にもっていきたいという思いがあるんじゃないかと。
ただ、北朝鮮としては米朝首脳会談の前に、プンゲリ(豊渓里)にある地下の核実験場を爆破していて、このことで「自分たちからアメリカに歩み寄ったんだ」という思いがある。
だから、「次はアメリカが動く番でしょ」と考えているんだと思います。
でも、北朝鮮としては待っていてもなかなか状況が変わらないわけですよね。
こういう状況下で北朝鮮がよく使うのが「瀬戸際外交」です。
瀬戸際外交?
交渉したいからこそ緊張を高めて瀬戸際をあえてつくる外交パターンです。
先日(3月24日)発射したICBM級のミサイルも、緊張を高めてアメリカ側の動きを促そうとしていたのかもしれません。
どうしてあえて相手を刺激するようなことをするんですか?それって逆効果になることもあると思うんですが…。
自分たちが圧倒的に弱いことを自覚しているからですね。アメリカと普通に対話しましょうといっても、全然、国力が違う。
だから自分たちを大きく見せることで「ちゃんと話し合わないといけない」と思わせようとしているんです。
一方、北朝鮮を説得するにあたっては、中国をしっかりと引き込む必要があります。
中国?
北朝鮮にとっては、圧倒的な貿易の相手国ですし、なんだかんだ言ってもアメリカと対峙する場合は中国を後ろ盾にしたいと考えるはずです。
だからこそ、中国にはちゃんと建設的な役割を果たすように日本やアメリカが働きかけていく必要があります。
米中の対立もある中で、中国は応じてくれるんですか?
難しいかもしれませんが、中国も公式的には北朝鮮の核開発について、支持は全くしていません。
以前は、中国を議長国とした非核化の6か国協議という枠組みがありましたし、中国も国境を接しているお隣の国がアメリカと緊張状態を続けていることを、決してよくは思っていないはずです。
まかり間違って、北朝鮮にアメリカ軍が攻め込むような事態になってしまえば、中国も困るわけですから。
だから、中国を説得してもう1回、交渉の場に参加してもらうことが大事です。
ミサイルの発射を繰り返す北朝鮮が求めているものってなんなのでしょうか?
キム・ジョンウン総書記をはじめとする北朝鮮の指導部は、万が一、アメリカが攻め込んできて体制が崩壊し、韓国主導で統一されれば、新しい国家において自分たちの居場所が無くなることをわかっているんです。
従って、北朝鮮のミサイル発射をやめさせるためには、この2つのキーワードが大切なんじゃないかと考えます。
「保証」と「検証」ですか。
北朝鮮がこれまで一貫して主張しているのは「自分たちはアメリカから敵視されていて、体制を守るためには核兵器が欠かせない」ということ。
でも、これ、裏を返せば「体制を保証してくれれば核兵器を持つ理由は無くなる」ということなんです。
実際、キム・ジョンウン総書記も、そのようなことを公の場で言っています。
体制が保証されればミサイルも発射しないんですか?
ミサイルに関しては、防衛のための軍事力として必要だから、一発残らず全て廃棄することは難しいと思う。
ただ、核兵器に関しては国の防衛という目的を超える兵器だから、廃棄させることはできるんじゃないかと。
でも、北朝鮮が核を廃棄するという約束を本当に守るかどうかは疑わしいよね。
だから「保証」のためには「検証」が必要だと。
そう。過去に、原子力の国際機関が北朝鮮の核施設を査察したことがあったんだけど・・・
申告している核活動と実態が違うことがバレたことがありました。
なぜバレたんですか?
国際機関の査察官が核施設の壁のほこりや、施設周辺の水や土を採取して分析したんです。
すると、申告している内容より明らかに放射性物質が多く見つかったんです。
そんな細かいところから分かるんですね。
北朝鮮は当時、そのことを理解しておらず、ウソをついてもバレないと思っていた。
だからその後、査察官を追放。それ以来、国際機関による検証を嫌がっているんです。
こうした状況の中で、日本はどう対応すべきなんでしょうか。
今、北朝鮮を動かせるテコは日本にはないのが現状ですね。
日本独自のいろいろな経済制裁を課してきたけど、それがミサイルや核開発を止める力にはなっていません。
もちろん、北朝鮮がミサイルを発射するたびに強く抗議しているんだけど、当然、それも歯止めにはなっていない。
だから北朝鮮に働きかけていくうえでは、アメリカや韓国と足並みをそろえて、粘り強くやっていくっていうことしかないんだけど、今、日本にそういう事態を動かすだけのカードが乏しいっていうのが実情です。
そうした中で拉致問題についての進展は期待できるのでしょうか。
日本としては「拉致問題を解決して国交正常化させれば経済協力しますよ」というのをカードにしたいんです。
しかし、いかんせん、北朝鮮は「拉致問題では自分たちがやるべきことはやった」という姿勢を崩しません。
「調べて遺骨は返した。生存者には帰国してもらった。謝罪もした」と。
日本からすればまだまだ問題は解決してないわけなんですが、北朝鮮がそう主張している中で、動きが止まっているのが現状です。
やはり、拉致問題についても、アメリカや韓国などと一緒に働きかけるしかないんでしょうか。
アメリカも韓国もそういう意味では日本の味方だけどね。拉致問題解決のためにできることはすると、協力はしますと言っていますし。
ただ、拉致問題は、被害者家族の人たちの高齢化が進み、時間との戦いにもなってきています。
どうすればいいんでしょうか?
日本と北朝鮮の間の相互不信って非常に強いわけですが、それを少しずつ解いていくすべは外交しかありません。
改めて、政府として何か動ける余地はないかというのを真剣に考え、現状をどう打開するかということについて、水面下での交渉を含め、粘り強く続けていくことが大事なのだと思います。
そして、これは、ミサイルや核開発の問題にも、共通して言えることだと思います。
ありがとうございました。
編集:梶田昌孝 撮影:梶原龍
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