2022年06月14日
(聞き手:阿部翔太郎 梶原龍 本間遥)
中国共産党や軍のトップにも立ち、中国国内の権力を一手に握っている習近平国家主席。なぜ「絶対権力者」と言われるまでの権力を手にすることができたのか?そして、現体制はこれからもしばらく続くのか。長年、中国を取材してきた元NHK解説委員の加藤青延さんに1から聞きました。
学生
本間
習近平国家主席が「絶対権力者」とも言われるほど力を持っているのはどうしてなんでしょうか。
よく聞かれるんですけど、私は3つの理由があると思っています。
加藤
特任教授
学生
梶原
詳しく教えてください。
1つ目は「ライバル勢力の排除と側近態勢の確立」です。
習主席は、汚職の撲滅を大義名分に大々的な政治運動を展開し、かつての権力者やライバル勢力の人たちを次々に失脚させてきました。
学生
阿部
なぜそんなことができたんですか?
これには理由があるんです。
武蔵野大学 加藤青延特任教授
1978年にNHK入局後、香港支局長、中国総局長、解説委員などを歴任し、天安門事件やSARS(重症急性呼吸器症候群)の感染拡大など中国の取材を長年続けてきました。
少し話がさかのぼりますが、習近平氏の前の前の国家主席、江沢民氏は「利権を党内にも配分することで権力を握った人だ」と言われています。
いわゆる「金権政治」の土壌が主にこの時代に広がったんです。
その土壌は次の代にも引き継がれ、習近平氏が国家主席に就任した当時も「汚職をしていない政治家を探す方が難しい」と言われるくらい、多くの人たちがどこかで権力を利用し、うまみを享受しているような状況に見えました。
1からわかる習近平国家主席と中国(1)習近平氏ってどんな人?はこちらからご覧ください
そこで習主席は、共産党の幹部らに「自分や家族、親せきの財産を全部書面で報告させた」と言われています。
大概、誰もがどこかに財産をこっそりと隠している状況だったので、記載もれが1つでも見つかればアウト。
「虎もハエもたたく」という言い方をして、ハエ=末端の役人から、虎=大物幹部まで、前例のない規模の汚職摘発を行ったんです。
容赦ないですね…
庶民も悪徳政治家が捕まれば大喜びです。
ちなみに習主席自身は、あまりお金に欲がない人だったようです。
自分の側近にも「金にキレイでいるように」と求めていたので、政敵やライバル勢力の汚職の摘発をしやすかった側面もありました。
こうして習主席は、自分のライバル勢力を次々と失脚させ、そのポストに自分の仲間をどんどん充てていきます。
気づいたら、中国共産党の主要なポストは、ほとんど習近平派が占めるようになっていました。
戦略的だったわけですね。
習近平派は、習主席が自分の半生をかけて仲間に取り込んできた人たちです。
副首相の劉鶴(りゅう・かく)氏は中学時代の友人。
軍の制服組のトップを務める張又侠(ちょう・ゆうきょう)氏も少年時代からの親友。
中国共産党の人事を握る陳希(ちん・き)中央組織部長は、大学時代のルームメートだったりするわけです。
古くからの友人をどんどん要職に登用していったんですね。
それでうまくいくのでしょうか…
実際、優秀な人たちが多いんですよ。
たとえば、清華大学の寮でルームメートだった陳希組織部長は、本当に頭のいい人で、順列・組み合わせを考えるのがとても得意のようです。
「どの人をどのポストにあてはめるか、どの人を失脚させればいいか」なんてことを全部考えているのがこの人ではないかと思っています。
そうなんですね。
こうした「優秀な人たちを自分の仲間に取り入れる」って、中国の政治の世界では実は珍しいことなんです。
どうしてですか?
中国共産党って今だと党員が約9500万人もいるんですね。
その中で出世しようとすると、当然競争の世界に勝ち残らないといけない。
身近にいる優秀なライバルは、むしろ蹴落とす対象になってしまうことが多いんですよ。
それなのに習主席は、賢そうな人がいると「あいつできそうだな、俺の仲間にいれよう」となるわけです。
これができる人って、なかなかいなかったんです。
こちらは、私が作った今の習近平指導部の態勢の図で、白が習近平派とみられる人たちです。
実は、ややグレーに近い人もいて、若干濃淡があるのですが、ここではわかりやすく習近平派にしています。
圧倒的多数を占めているのが分かります。
習近平派ではない人もいるんですね。
多数決で決めるから習主席の意見が必ず通ります。
黒で示した人も”外様大名”みたいなもので、習近平派の方針に従っている状況なんです。
習主席が絶対的な権力者でいられる2つ目の理由が「軍の完全掌握」です。
軍?どういうことですか?
中国の軍って、政府の軍隊ではなくて「中国共産党」の軍隊なんです。
「人民解放軍」と呼ばれています。
この人民解放軍が、中国で権力を掌握する上で非常に重要なんです。
ちょっと歴史を振り返りますが、1949年に中国共産党が国民党との内戦に勝って今の「中華人民共和国」を建国したのは知っていますか?
中華人民共和国
日中戦争のあと、蒋介石率いる国民党と毛沢東らを中心とした中国共産党の内戦が激化。勝利した共産党が1949年に中華人民共和国を建国した。敗れた国民党は台湾に逃れた。
授業で習ったのを覚えています。
「政権は銃口から生まれる」というのは、中華人民共和国の建国を宣言した毛沢東のことばですが、ここでいう銃口が中国共産党の軍=人民解放軍にあたります。
その後、文化大革命や天安門事件などの国が混乱に陥るような事態を収拾したのも人民解放軍でした。
国民をまとめるときに、軍にそむかれると何もできないのが実態なので「軍を動かせる」ことが非常に重要なわけですね。
そうなんですね。
建前上は、中国共産党が軍を指導する形ですが、実際には”軍を従わせることができる指導者でないと中国共産党の実力者にはなれない”。
習主席は、そういう力を持ち合わせていたんですね。
「彼ほど軍と深いつながりを持っている共産党幹部は制服組を除けば今の指導層にはいない」と私は思っています。
どういうことですか?
習主席は大学卒業後、国防相の秘書になることで人民解放軍に入ったんです。
実際に兵隊としての訓練を受けていたんですか?
彼は長い間「政治将校」という立場で軍の政治教育を担当してきました。
政治将校は、同時に軍の人事を握っているポジションでもあります。
長年人事を握っていると、戦闘がない平和な時期には自然と軍内の影響力が増しますよね。
なるほど。
また、軍の中でも汚職を摘発してライバル勢力を失脚させていきました。
さらに大規模な組織改編で、影響力のある組織を解体したり、幹部の配置換えを行ったりしました。
習主席は軍の中でも徹底してライバル勢力や習氏に従わない権力者たちをつぶしていった形なんです。
こうしたことも、習主席が軍を掌握していることにつながっているんだと思います。
そして、習主席が絶対的な権力者でいられる3つ目の理由が、中国の抱く「台湾統一」に向けて陣頭指揮をとるのに最も経験と力がある人物だからです。
どういうことですか?
次の地図を見てもわかるように、彼は中央政治に携わる前、20年以上も台湾海峡や東シナ海に面した地域で政治に携わってきました。
福建省・アモイ市の副市長だった時には、台湾との関係を融和して密接にする政策の一環として、経済特区に台湾経済界の有力者を引き入れて投資を呼び込みました。
また、福建省の省都でもある福州市のトップを務めたときには、台湾関係を管轄する役所の役割を重視し、水面下で台湾側の漁業者たちを中国側に取り込む責任者の立場にいました。
私も特派員時代には、習近平氏が陣頭指揮をとっていた台湾工作の動きを掘り下げて取材していました。
そうだったんですね!
当時は、習氏がこんなに偉くなるとは予想もしていなかったのでインタビューしませんでしたが、今となっては悔やまれます。
習近平氏はいわば、最前線の地域で「台湾統一」という中国側の悲願達成に向けた活動を続けてきたわけなんです。
中国共産党の最高指導部の中に、彼ほど「台湾統一」に身を投じてきた人は見当たらない。
習主席も「自分以外に『台湾統一』を果たせる人はいない」と思っているはずです。
中国が台湾を本当に統一できるかどうかは全くの別問題として、もし統一しようとするなら習近平氏が一番実行可能な立場にいること。
これが、習主席がトップであり続けられる最大の理由なのではないかと考えます。
「台湾統一」ってよく聞きますが、実はあまりピンときません。
中国大陸ってすごく大きくて人口もあれだけいるのに、なぜ台湾にこだわるのかなって。
歴史を振り返ると、毛沢東が内戦を経て中華人民共和国を建国したあと、鄧小平がイギリスから香港を取り戻す約束をしました。
さらに江沢民氏はポルトガルからマカオを返還させ、胡錦涛氏はロシアとの国境にある珍宝島などを自国の領土として認めさせました。
歴代の指導者がこうした功績を残す中、中国からすれば、まだ台湾が残っている。
中国共産党や習主席にとって「台湾統一」は悲願で、歴史的任務だと自覚しているといえるんです。
そういうことなんですね。
さらに、中国にとって台湾は”地政学的にも重要な場所”とされています。
中国大陸から太平洋に出ようとすると、ちょうど遮る場所に台湾がありますよね。
自分たちが”アジアの大国として、環太平洋の大国として冠たる地位を保つ”ためには、どうしても台湾が欲しいわけです。
習主席が台湾を重視していることはわかったんですが、中国の国民はどう考えているんですか?
もちろん、中華民族であるという誇りを持つ人は習主席と同じように「台湾を自分たちの手にどうしても取り戻したい」という思いがあります。
一方「毎日楽しく生活できているのに、戦争にでもなったら大変だから無理しなくてもいいんじゃないか」と思っている人もいるでしょう。
ただ、街でインタビューしたら100人中100人が「台湾を取り戻したほうがいい」と答えるとは思いますが…。
表向きは“みんな望んでいる”ことになっているんですね。
最近、中国で「2035年に台湾へ行こう」という歌が流行したんです。
歌ですか?
その中に「高速鉄道に乗って台湾へ行こう」という歌詞があるんですが。
実際、去年(2021年)中国で出された交通網の整備計画では、2035年までに台湾まで鉄道や道路がつながっていることになっていて、私もびっくりしました。
もちろん台湾側が認めないと、鉄道はつながらない。
すると「2035年までに台湾を統一するつもりなのか」と勘繰る人もいるかもしれないですよね。
なるほど…。
しかも、この2035年は習主席が82歳になる年なんです。
82歳というのは、毛沢東が亡くなった年齢なんですね。
つまり「毛沢東と同じ年齢までは指導者でいるぞ」「それまでに台湾を統一するぞ」と習主席が考えていても不思議じゃないと思うんです。
まだ、だいぶ先の話ですが習主席は2035年まで権力を維持し続けるんでしょうか?
習主席は2012年の党大会以降、これまで2期10年にわたって党のトップにあたる総書記を務めています。
この秋のタイミングで続投、3期目を狙っています。
これは異例なことなんです。
そうなんですか?
前任の胡錦涛氏も、その前の江沢民氏もそれぞれ決まりに従い引退してきました。
実は、党のトップ「総書記」には任期はないんですけど、国のトップの「国家主席」には2期10年という任期が憲法で定められていました。
でも、習主席は2018年にこの憲法を改正し、任期をなくしました。
これによって2023年以降も国家主席の座にとどまることを可能にしたんです。
やる気満々ですね。
任期を撤廃したことで、3期目は確実になったんですか?
よほどとんでもないことが起こらない限り、この秋の続投は間違いないんじゃないかと見ています。
中国で、亡くなるまで指導者であり続けた「終身指導者」は毛沢東だけです。
習主席は、彼と肩を並べる存在だと印象付けるようなこともしています。
ただ、ご承知のとおり、中国はアメリカなどとさまざまな外交問題を抱えているほか、国内でも多くの課題が山積しています。
また、中国国民の中には「人権や私権をあまり気にかけない今の習近平政権のやり方はおかしいのではないか」と思っている人たちもいます。
習主席がこの先も変わらず強気な姿勢を取り続けるのか、それとも方針を改めるような兆しがあるのか、皆さんにもぜひ注目してもらいたいと思います。
習近平国家主席がスローガンとして掲げている「中国の夢」ってなに?日本との関係は今後どうなるの?次回、詳しく解説します。
編集:栗田真由子 撮影:佐藤巴南
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