2021年05月28日
(聞き手:白賀 エチエンヌ・小野口 愛梨)
日本企業が多く進出するミャンマーで、突如起きたクーデター。背景には何があるのか?そして、市民の反発が日々強まる中、なぜ軍は弾圧を続けるのか?長年ミャンマー情勢を取材してきた藤下解説委員が1からわかりやすく解説します。
よろしくお願いします。
さっそくですが、ミャンマーでは何が起きているんですか?
2月1日にクーデターが起き、その抗議活動に対する弾圧が続いています。犠牲者も、拘束されている人の数も多い状態です。
一時は、何十万人も街頭に出る抗議活動が起きましたが、だんだんと弾圧によってできなくなってきました。
藤下解説委員は1994年に軍事政権時代のミャンマーを訪れて以降、たびたび現地を取材。タイ、カンボジア、インドネシア、インドでも勤務するなど、アジア地域での取材経験が豊富。
拘束された人は、どうなるんですか?
取り調べを受けますが、拷問を受け、ひどい場合にはそれが原因で亡くなったとみられるケースも相次いでいます。
クーデター当日から、国家顧問のアウン・サン・スー・チーさんと大統領も拘束されています。
いろんな罪で起訴されていますが、3か月以上も弁護士と会うことさえできませんでした。
市民生活には、どんな影響が出ているんですか?
「市民不服従運動」という運動が、公務員の間や病院、銀行で広がっています。
“軍の命令には従いませんよ”っていう運動で、人々が仕事に行かないんです。
だから、市民も企業も税金が払えないし、税関が機能しないので港も動かないといった問題が起きています。
現地には日本人も住んでいますよね?
帰国した人もいますが、現地に残っている人は、デモ隊が軍と衝突しているときは外に出るのを控えています。
それだけ危険なんですね。
また、現地でビジネスをされている方が多いので、ビジネスへの影響が甚大で、非常に困っていると思います。
具体的にはどんな影響が出ているんですか?
従業員の給料が払えないとか、送金ができないといいます。
労働者が工場に来てくれず、工場を一時的に止めているところもあります。
ミャンマーに投資しようと考えていた企業の中には、いまの状況を見て、見直すところも出てくると思います。
そもそもミャンマー軍は、なぜクーデターに踏み切ったのでしょうか?
自分たちの思いのままになる政権をつくりたかったという事だと思います。
キーワードは「誤算」です。
誤算?
どういうところが誤算だったんですか?
ミャンマーは2011年に軍事政権から民政に移管しました。
ただ、その3年前の2008年に、いろんな形で軍の政治への関与を認める憲法がつくられていたんですよ。
以前は軍事政権だったんですね。
憲法はどんな内容ですか?
「議会の4分の1の議席を軍人が占める」とか、「国防相や内相といった治安に関わる閣僚は、軍の司令官が任命する」といった内容です。
軍の影響力が強そうですね。
その上で、2010年に総選挙が行われたのですが、アウン・サン・スー・チーさん率いる政党、NLD=国民民主連盟は、反発して選挙をボイコットしたんです。
その結果、軍人が作った政党が過半数を確保しました。つまり、民政移管はしたけど、軍の息のかかった政権が誕生したんです。
それでも、いろんなことが自由化されて、経済も発展しました。
それなりに民主化されたということですね。
そこで、次の2015年の総選挙には、スー・チーさん側も憲法を認めて参加したら、NLDが改選議席のおよそ8割をとりました。
軍は惨敗ですね。
その結果、NLDが政権をとりました。
おそらく軍は、ここまでは許せたのだと思うのですが、去年、再び選挙があり、NLDが前回以上に議席をとって、圧勝したんです。
2回連続で負けたのが、「誤算」だったんですね。
さらに憲法には、家族に外国人がいる人は大統領になれませんということを入れていたんです。
スー・チーさんは、亡くなったイギリス人の夫との間に2人の子どもがいます。
スー・チーさんが大統領になれないようにしていたんですね。
でもスー・チーさんの政党は2015年の選挙で勝ったあと、法律で「国家顧問」という役職を新たに作って、スー・チーさんを就任させました。
事実上の政権トップの役割を果たすようにしたんですよ。
裏技的に、スー・チーさんに力を持たせたんですね!
これも軍にとっては非常に大きな誤算で、その政権がさらに5年続くのは、どうしても認められなかったんだと思います。
それでクーデターに踏み切ったんですね。
市民が反発するのはわかる気がします。
でも軍にとっては、市民の抗議運動がこんなに広がったことも、非常に大きな「誤算」だったと思うんです。
どうしてですか?
軍事政権の時は、市民に言うことを聞かせるのは、そんなに難しくなかったからです。
ただ、この10年間、自由な社会を経験したミャンマーの人たちは、「もう二度と、軍事政権時代には戻りたくない」という気持ちが強いんです。
なるほど。
ある14歳の少女は、遺書を入れたカードホルダーを首からぶら下げて、デモに参加していました。
遺書?
「私が死んでも運動は続けてください」と、書かれていたんです。
この少女は治安部隊の銃撃を受け、死亡しました。
14歳で、信じられない。
そのぐらい市民は、軍事政権に戻ることが我慢ならないわけです。軍は、市民のそういう気持ちを分かっていなかったと思います。
簡単にクーデターが成功して、自分たちの政権がつくれると思っていたのに、非常に強い市民の抵抗にあってしまったんです。
市民も必死なんですね。
ほかにも「デジタル・レジスタンス」というのがあって、バーチャルな世界が1つの戦いの場になっています。
どういうことですか?
若い人たちが、抗議活動や軍をスマホで撮影して、インターネットを通じて世界中に拡散させています。
軍が、どれだけひどいことをしているかを映像で世界に発信することで、国際社会の軍に対する態度を厳しいものにして、国際世論を自分たちの味方につけようと。
確かに、映像のインパクトは強いです。
軍もそれがわかっているから、モバイルのインターネット通信を一時、完全に遮断していました。
軍は情報を止めるのに必死なんですね。
そうですね。だから、インターネットを止めると同時に、情報を流した人たちをどんどん摘発しています。
いまは、情報の出方がだいぶ減ってきた感じがします。
では、なぜ軍は弾圧を続けるのでしょうか?
振り上げた拳を、簡単におろすわけにはいかないのだと思います。
市民の強い反発があったから、じゃあ軍が妥協しますよっていう姿勢を見せた途端、軍は、おそらく力を無くします。
なぜですか?
すでに、かなりの市民を殺したり、ケガをさせたり、拘束したりしているので、ただでは済まないわけですよ。
なるほど。
軍としては、自分たちの組織を守るために、このまま突っ走るしかないということだと思いますね。
どうやって突っ走ろうとしているんですか?
軍は2020年の総選挙は不正だったと言っています。
NLDやスー・チーさんを排除した上で、選挙をやりなおしたいと考えています。
軍の息のかかった政権を、再びつくることが、もともとの狙いだったと思います。
そんなにうまくいくのでしょうか。
スー・チーさんたちを排除した選挙を勝手にやったとしても、国民も国際社会も、たぶん、そんな選挙は認めません。
軍も、かなり行き詰まっていることは間違いないはずです。
ただ、軍事政権時代に何十年も国際社会から孤立していた経験があるので、「権力を渡すぐらいなら、孤立してもいい」ぐらいに考えていると思います。
孤立を避けることよりも、権力を握ることを優先しているんですね。
だからこそ、この問題を打開するのは非常に難しいんです。
孤立するとミャンマーはどうなるんですか?
経済的に、やっていけなくなる可能性はあります。
どうしてですか?
国際社会から孤立することで、人道支援以外の支援は激減することが予想されます。
それに、リスクのある国には、外国からの投資も来ないですよね。
確かに。
そういう中で、国民をどうやって食べさせていくのか、どう収入を上げていくのか、難しい問題になるはずです。
市民が不服従運動をしているから、ますます経済が心配ですね。
一種の我慢比べみたいな感じになっています。
市民の側も、かなり覚悟を決めてやっている人たちもいますが、これからが難しいところです。
市民側、スー・チーさん側は、デモ以外の策はあるんですか?
軍の統治に対抗する形でスー・チーさんを支持する勢力は、国民統一政府というのを作りました。
新たな政府ですか?
インターネット上で活動するバーチャルな政府です。
この国民統一政府が、国民防衛隊という組織をつくりました。
詳しくは分かっていないのですが、少数民族の武装勢力と協力して、自分たちを守るための軍をつくっていこうということのようです。
武装勢力と一緒に・・・。
平和的なデモに限界を感じた若者たちが、少数民族の武装勢力に加わっているという話もあります。
武装勢力対軍という激しい暴力の応酬に陥ることを、私は非常に懸念しています。
ますます状況がひどくなってしまいますね。
民主派勢力もそれぐらい追い詰められているということです。
軍を引き降ろせる公算はあるんですか?
武器も人員も、明らかに軍のほうが上です。
逆に軍に、民主派勢力を弾圧する口実を与えてしまうのではないかと危惧しています。
実際、軍は国民統一政府や国民防衛隊をテロ組織に指定したと発表しています。
打開がますます見えなくなっていますね。
権力維持を狙いながらも「誤算」が続くミャンマー軍。なぜ、そこまで政治への関与にこだわるのか。次回はミャンマー軍の実態に迫ります。
編集:小宮 理沙・廣川 智史
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