政治で選択肢がない人に伝えたい

アメリカ大統領選挙まで3か月を切った。
これから11月の投票日まで、各党の候補者を決める党大会や候補者による討論会などが行われる。道のりはまだ長い。

そんなアメリカの大統領選挙の選挙活動に参加していた日本人がいる――
アメリカの選挙に日本人が??どんな雰囲気だったの??

目次

    「共感の輪を広げることが選挙」

    話を聞きたくて、会ってきた。

    (ことし2月の取材時に撮影)

    山本雅昭さん。
    山本さんがボランティアとして参加したのは2016年、前回の大統領選挙。
    中西部オハイオ州にある民主党のヒラリー・クリントン氏の選挙事務所だった。

    そもそも選挙活動って、日本人がやってもいいものなのか?
    答えは「YES」だ。
    アメリカでは外国人であっても、陣営の意思決定に携わらない形であれば、無報酬でボランティア活動を行うことができる。(連邦選挙委員会HPより)

    山本さんは直前まで、大統領選挙の候補者選びから脱落したサンダース氏を応援していたため、クリントン氏の事務所に行ったときは「アメリカの選挙をより肌で感じたい」というくらいの動機だったという。
    すると、待っていたのは事務所スタッフからの質問攻めだった。

    山本さん 「『なんでボランティアをしたいのか?』というのをスタッフが質問で掘り下げてくる。『実はクリントンではなく(格差の是正を訴える)サンダースを応援していた』と話すと、『なんでサンダースだったの?』とまた聞かれる。こちらも話をしているうちに、『クリントンの活動を応援することで、敗れたサンダースの活動もむだにならない!』と気付き、次第に選挙活動に携わるモチベーションが見つかってきた」

    山本さんによると、面接にあたった事務所のスタッフは皆「傾聴」のトレーニングを受けていた。「傾聴」は、相手が大切にしている思いや動機などの背景までも知ることができ、重要だという。
    こうした面接の質問は、ボランティアスタッフ全員に行われ、陣営のスタッフの一員として活動してもらうための育成プログラムの一環であったという。

    山本さんがボランティアを行ったクリントン氏の選挙事務所(オハイオ州)

    そして事務所のスタッフは、こんなことばを伝えてきた。
    「あなたが思いを伝える。共感の輪を広げることが選挙なんだよ」

    山本さん 「クリントンがどんな人かではなくて、この選挙になんであなたが携わろうと思ったか、そのストーリーを伝えるべきだということだった。『政策うんぬんなんて話はしなくていい』『今の社会を自分自身がどう思っているか伝えたほうが、共感してもらえる』というのは、それまで考えもしなかった」

    山本さんはそのことばの意味を、その後、実感することになる。

    「山崎のウイスキーを飲まないか?」

    ボランティアの一員になった山本さん。イギリス人やフランス人の若者も参加していた。

    ボランティアの主な仕事が「戸別訪問」だ。
    日本の選挙では、各家庭を訪問して支持を呼びかけることは法律で禁止されている。しかし、アメリカでは合法で、一軒一軒の家を回って支持を呼びかけるのが一般的だ。

    個別訪問中に出会ったボランティアスタッフと山本さん

    陣営から渡された住所や過去の投票行動が記された名簿を持って、住宅地を1人で回る山本さん。家のドアをたたいて回り、クリントン氏への投票を呼びかけた。
    比較的貧しい人たちが住む住宅街では、ドアにベルも設置されておらず、ノックをするうちに指の皮がむけたという。

    山本さん 「アメリカ人なのでフレンドリーなのかなと思っていたら、『なんでここの住所知っているの?』『二度と来ないで!』と言われることも、たくさんあった」

    それでも、ドアを開けて話を聞いてくれる人もいる。

    山本さんが忘れられないのは、2016年11月8日の投票日、投票の締め切り直前に訪問した家庭だった。
    住宅街の一軒家のドアをたたくと、1人の中年の黒人男性が出てきた。
    話をしようとすると、「俺はサンダース支持者だから、ヒラリーに投票したくない。トランプはもってのほかだ。今回の選挙は、何も問われていない」と選挙に行こうとしなかった。

    山本さんは「僕の話をさせてもらっていいですか?」と語りかけた。
    自分が日本からやってきたこと、政治に興味がなかったところから市民活動を始めたこと、サンダース氏の政策や選挙活動に共感していたことを伝えた。
    そして、「サンダースは予備選挙で負けたけど、彼の影響を受けてヒラリーは政策をサンダースに寄せた。これはサンダースとともに活動していたみんなの力があったからじゃないか。なんでここで諦めちゃうの?僕たちはまだ社会を変えることができる」と訴えた。

    すると男性の様子が変わる。

    山本さん 「『目が覚めた。それはそうだ。バカか俺は』と言ってくれた」

    投票することを約束してくれた男性。「投票に行く前に…」と家の奥からウイスキーを持ってきたという。

    山本さん 「『日本からやってくる人間が、まさかサンダースのことを応援していたなんて、こんな出会いはない。実は昔、日本で買った35年ものの山崎のウイスキー(高級品!)を持っているんだ。まだ開けたことがなくて、記念に一緒に飲もう』と(笑)。それで、なぜかボランティアの私と、1杯交わした」

    みずからのストーリーを語ることで、共感してもらえる。
    日本から1万キロ離れたオハイオで、山本さんが現地のコミュニティーと通じ合えた瞬間だった。

    「声を上げれば何か変えられる」

    山本さんが訪問した家は400軒。ボランティアをした1か月で感じたのは、政治と若者の距離の近さだ。

    山本さん 「アメリカでは、若い人も候補者のグッズを身につけたり、ボランティアにたくさん参加したりしていた。『なんでお金もらえないのに選挙活動に参加するの?』って聞いたら、『自分の生活が豊かになるからだよ』と言う。生活が豊かになるから政治に関わるし、社会に関わる。声を上げれば何か変えられると思っている若者が多かった。ともすると、声を上げても『ちゃんと勉強をしたうえで言っているのか?』とか『もっと理不尽な目に遭っても、我慢している人もいるのに』とか、声を上げてはいけない理由を突きつけられるけど『やばいから声を上げる』とか『おかしいから声を上げる』とか、もっと声を上げやすい世の中になるといいのかなと思う」

    とはいえ、アメリカと日本の選挙制度はだいぶ様子が違う。日本に活動の経験が生かせる部分はあるのだろうか?

    山本さん 「僕も昔は、選挙の候補者を見たときに『生き残るために1票稼ごうとして、必死だな』とか冷笑していた。でも、違う関わり方もあるんだということを知った。なんで自分が候補者を応援するのかとか、なんでそんなことを考えているのかとか、無理に言うことはないけど、自分の大事にしている思いとか、そのきっかけになった過去の出来事を語るだけで、すごくほかの人とつながることができる。その動機は友達にシェアをしてもいいと思う。それでも『自分が選びたい政治がない』と思っている若者は多い。『だから投票しない』って思っている。でも、自分がもし社会に違和感を持っているとしたら、その違和感は否定されるものではないし、言ったほうがいい。(ネットなどでも)主張して、それに呼応してくれる人がいれば、政治家だって政策に盛り込んでくれるかもしれない」

    声を上げられる社会こそ豊かな社会なのではないか――」
    そんなことばを残して、インタビューは終わった。

    アメリカの選挙は、候補者どうしのひぼう中傷合戦や資金力がものを言う、などと批判を受けることも多い。
    しかし、そこに参加するボランティアの熱量や姿勢は、国は違えど、遠い日本人にも参考になるところがあるのかもしれない。

    松尾 恵輔

    国際部記者

    松尾 恵輔

    2010年入局。
    静岡局を経て、社会部で厚生労働省や労働組合を取材。
    2019年から国際部。