アメリカ史上初、女性「副」大統領への道

アメリカ大統領選挙まで半年を切った。
再選を目指す共和党のトランプ大統領と政権奪還を目指す民主党のバイデン氏の争いという構図が固まり、今、メディアを連日にぎわせているのは“veepstakes”、副大統領候補の座をめぐる争いだ。
当選すれば史上最高齢の大統領となるバイデン氏が、誰を副大統領候補に選ぶのか。 その選択が副大統領候補選びにとどまらないと、大きく注目されている。

目次

    前例のない選挙戦の中…

    マスク姿で献花に訪れたバイデン氏(右)

    アメリカで戦没者を追悼する「メモリアルデー」の5月25日、2か月半ぶりに公の場に姿を現したバイデン氏。
    民主党の大統領候補の指名を確実にしたものの、新型コロナウイルスの影響で集会が開けず、自宅の地下室に設けたスタジオから訴えを続ける異例の選挙戦を強いられ、露出に欠けていることは否定できない。

    そのバイデン氏が注目を集める絶好の機会となっているのが、副大統領候補の選定だ。
    バイデン氏はことし3月、女性を副大統領候補に選ぶと明言した。

    女性層に支持を広げたい。
    民主党が重視する多様性を尊重する姿勢を示したい。
    候補者指名争いから撤退した女性候補たちから支持を取り付けたい。

    さまざまな思惑があったのだろう。

    この発言が副大統領候補選びをめぐる状況を大きく変えた。
    自薦他薦問わず多数が我こそはと意欲を見せ始め、大勢の「候補者」の名前がメディアをにぎわせ始めたのだ。
    これまでの大統領選挙では、どちらかと言えば副大統領候補選びは裏で地味に行われてきた。今回は、様相が全く異なる。

    注目を集めるのは当然かもしれない。
    アメリカでは、これまで大統領も副大統領も女性が務めたことはない。
    就任すればアメリカ史上初の女性副大統領だ。

    さらにバイデン氏の年齢のこともある。
    当選すれば就任時点で78歳。70歳だったトランプ大統領を上回る、史上最高齢での就任だ。
    バイデン氏は明言していないが、高齢のため1期4年で退任するという観測も絶えない。その時、副大統領は次の、2024年の大統領選挙の民主党の最有力候補になる可能性が高い。

    また副大統領は大統領の継承順位1位。仮に大統領が職務遂行不能になった場合、アメリカ史上初の女性大統領になる人物だ。
    注目は、いやがおうでも高まる。

    バイデン氏は4月30日、党の重鎮ら4人が率いる副大統領候補の選考委員会を立ち上げた。

    女性副大統領候補選び、何を重視するのか?

    候補として名前が挙がっている人物は10人を超える。
    注目は何を重視するかだ。

    キーワードは「黒人」「ヒスパニック」「中西部」「左派」だ。

    ●黒人
    黒人層は、予備選挙の序盤でつまずいたバイデン氏が巻き返す原動力となった重要な支持層だ。
    ここを確実に固めるために黒人を選ぶという見方は少なくない。

    カマラ・ハリス 上院議員

    まず名前が挙がるのが、西部カリフォルニア州選出の上院議員、カマラ・ハリス氏(55)だ。
    両親はジャマイカとインドからの移民。
    カリフォルニア州の司法長官を務めた元検察官で、弁舌の鋭さには定評がある。
    大統領候補者指名争いにも参加し、知名度も高い。
    多くのメディアが最有力候補と位置づけている。

    ステイシー・エイブラムス 元ジョージア州議会議員

    そして、南部ジョージア州の州議会議員を務めたステイシー・エイブラムス氏(46)。
    2018年のジョージア州知事選挙で大接戦を展開し注目を集めた。
    去年の一般教書演説で党を代表して、反対演説を行った期待の若手政治家だ。
    本人も意欲を隠していない。

    バル・デミングス 下院議員

    南部フロリダ州選出の下院議員、バル・デミングス氏(63)は、ウクライナ疑惑をめぐるトランプ大統領の弾劾裁判で検察官役の弾劾管理人を務め存在感を示した。
    大統領選挙の行方を左右してきたフロリダ州の政治家であることも考慮されるだろう。

    このほか、オバマ政権で安全保障担当の大統領補佐官を務めたスーザン・ライス氏やジョージア州アトランタのケイシャ・ランス・ボトムス市長の名前も取り沙汰されている。

    ●ヒスパニック
    有権者が年々増え、その動向がより重要になるヒスパニック層への影響を考慮して、ヒスパニック系の副大統領候補を選ぶべきだという意見もある。

    ニューメキシコ州 ミシェル・ルーハン・グリシャム知事

    人口に占めるヒスパニックの割合が50%近くと全米で最も高い西部ニューメキシコ州の知事、ミシェル・ルーハン・グリシャム氏(60)も名前が挙がっている1人だ。
    下院議員時代、ヒスパニック議員連盟の議長も務めた政治家だ。

    ●中西部
    一方で、人種ではなく選挙の行方を左右する中西部の接戦州を重視するという見方もある。

    エイミー・クロブシャー 上院議員

    中西部ミネソタ州選出の上院議員、エイミー・クロブシャー氏(60)はその筆頭格だ。
    上院議員3期の実績に加え、地元での選挙の強さには定評がある。
    民主党の候補者指名争いで健闘し、知名度も高い。
    政治的な立ち位置は、中道派のバイデン氏に近い。

    ミシガン州 グレッチェン・ホイットマー知事

    「ラストベルト」の一角で、前回、民主党が僅差で落とした中西部ミシガン州の知事、グレッチェン・ホイットマー氏(48)も有力視されている1人だ。
    ことしの一般教書演説で党を代表し反対演説を行った若手のホープで、新型コロナウイルス対策をめぐるトランプ大統領との激しいやり取りでも注目を集めた。

    タミー・ボールドウィン 上院議員(左) タミー・ダックワース 上院議員(右)

    同じくラストベルトの一角で、今回、激戦が予想されている中西部ウィスコンシン州選出の上院議員、タミー・ボールドウィン氏(58)、そして、中西部イリノイ州選出の上院議員でタイ・バンコク生まれのアジア系アメリカ人、タミー・ダックワース氏(52)も名前が挙がっている。

    ダックワース氏は、イラク戦争従軍中に搭乗していたヘリコプターが撃墜され、両足を失った退役軍人だ。
    2018年、上院議員として初めて任期中に出産し、生後まもない娘を連れて登院。
    乳児が開会中の上院議場に入ったのは、アメリカ議会史上初めてのことだった。

    ●左派
    そして、若者たちを中心に勢いを伸ばす左派と組むという選択肢もある。

    エリザベス・ウォーレン 上院議員

    党内左派を代表する論客として知られる東部マサチューセッツ州選出の上院議員、エリザベス・ウォーレン氏(70)は絶えず名前が挙がる有力な候補の1人だ。
    民主党の候補者指名争いで、一時、世論調査で支持率トップに立つなど知名度も申し分ない。
    中道派のバイデン氏が左派のウォーレン氏と組むことで挙党態勢を築き、党内がまとまらず敗北した前回の失敗の繰り返しを避けるというシナリオだ。

    バイデン氏の選択は…

    バイデン氏が何を最も重視し、誰を副大統領候補に選ぶのか。

    アメリカの人種をめぐる問題の根深さを改めて浮き彫りにした、白人の警察官に拘束された黒人男性が死亡した事件を受け、全米に広がった抗議の動きも、副大統領候補選びに少なからず影響を与えるだろう。
    選考委員会は、すでに候補たちと面談を行うなど具体的な選定を始めていて、今後、スキャンダルがないかどうかを事前にチェックする「身体検査」なども行って候補を絞り込む予定だ。

    バイデン氏は5月27日にウェブ上で開いた集会で、副大統領候補を8月1日までに決断したい考えを明らかにした。

    オバマ政権で副大統領を務めたバイデン氏は、副大統領に何が求められるか、誰よりも熟知しているはずだ。
    副大統領候補に欠かせない要素として、実務能力の高さと自身との相性の良さを挙げているバイデン氏。
    その選択から目が離せない。

    ワシントン支局記者

    石井 勇作

    1995年入局。
    国際部、ロサンゼルス支局などを経て
    2018年からワシントン支局・取材キャップ。