逆境をチャンスに変えられるか?
好調な経済の実績を訴えて、支持の拡大をねらってきたトランプ大統領。
しかし、新型コロナウイルスの感染拡大によって、経済に深刻な影響が出る中、再選戦略の見直しを余儀なくされている。
アメリカのことし1月から3月までのGDP=国内総生産の伸び率はマイナス4.8%(速報値)。
2008年のリーマンショック以来の低い水準だが、次の3か月は、さらに悪化し、統計を取り始めた1947年以降で最悪になると予測されている。
トランプ大統領は、経済の落ち込みを受けて、みずからを“戦時の大統領”と名乗り、危機に立ち向かう姿をアピールする戦略に転換した。
指導力のある“強い大統領”のイメージを広げるために、連日、長時間の記者会見。
テレビカメラの前でウイルス対策を発表するという現職の強みを生かした活動を展開したのだ。
その効果もあってか、支持率は上昇し、4月1日には就任以来最高となる47.4%(アメリカの政治情報サイト「リアル・クリア・ポリティクス」)を記録した。
ところが…
「光を体内に入れることができたらおもしろい。やってみるんだろう?」
「消毒液は1分でウイルスを殺すらしい。注射で体内に入れればいいんじゃないか」
科学的根拠に欠けるような発言で物議を醸すトランプ大統領。
さらには大統領の独演会のようだという批判もあがり、4月1日以降、支持率は低迷気味で、連日開いてきた記者会見も見直しが進んでいる。
ただ、それでも、トランプ陣営の幹部は強気の姿勢を崩さない。
トランプ陣営の幹部でメディア戦略を担当するジーナ・ラウドン氏 「経済を再建できるのはトランプ大統領しかいないということを、共和党支持者だけでなく、民主党支持者や無党派層も分かっている。だからこそ、今回の選挙は地滑り的な勝利になる可能性がある」
地下室に籠もる中で訪れた“追い風”
一方の民主党・バイデン前副大統領。
感染拡大で、東部デラウェア州の自宅に籠もる日々だ。
選挙活動は地下室に作ったスタジオからの発信に限られ、トランプ大統領に大きな遅れを取っている。
「テレビスタジオや、数千人の前で演説するほうが慣れているんだけど、今は地下室にいるよ」
こう話すバイデン氏。
存在感に欠けると批判されてきたが、追い風が吹き始めている。
オバマ前大統領 「彼を副大統領に選んだのは、私の最も良い決断の一つだった。大統領に必要な資質があると信じている」
クリントン元国務長官 「ジョーが人々をまとめるのを見てきた。今こそジョー・バイデンのような大統領が必要だ」
サンダース上院議員 「すべての人が、私が支持するバイデン氏の選挙運動に協力してほしい。トランプ氏を再選させてはならない。そのためには何でもする」
党内の有力者たちが次々に支持を表明。
バイデン氏のもと、党内の中道派と左派の対立を乗り越える挙党態勢が構築できつつある。
バイデン氏に有利な世論調査
世論調査の数字上では、バイデン氏がトランプ大統領をリードしている。
「リアル・クリア・ポリティクス」によると、5月6日時点で、全米の各種世論調査の平均値は、トランプ氏支持が42.3%、バイデン氏支持が47.6%だ。
勝敗のカギを握るのは、前回2016年の大統領選挙でトランプ氏を勝利に導いたいわゆる「ラストベルト」(さび付いた工業地帯)の動向だ。
中でも共和・民主の支持がきっ抗する接戦3州での平均値を見るとー
▼中西部ミシガン州 バイデン氏が5.5ポイントリード
▼中西部ウィスコンシン州 バイデン氏が2.7ポイントリード
▼東部ペンシルベニア州 バイデン氏が6.5ポイントリード
3州はいずれもトランプ氏が前回、勝利した州だが、バイデン氏が上回っている。
専門家は…
ミズーリ大学のミッチェル・マキニー教授 「新型コロナウイルスの当初のパニック状態は、全米を結集させトランプ大統領に有利に働いたが、時間の経過とともに人々が冷静になり、州知事や市長が不満の声を上げるようになると、大統領の支持率にも影響が見え始めた。バイデン氏が姿を見せず静かにしているほど、そして、トランプ大統領が前面に出て注目を集めるほど、バイデン氏に有利に働いているようだ」
アメリカン・エンタープライズ研究所のカーリン・ボウマン上級研究員 「全米レベルの現時点での世論調査では、確かにバイデン氏がリードしているが、ラストベルトの各州の世論調査は数も少なく、データとして不安定だ。現時点で、どちらが優位なのか判断するのは難しく、時期尚早だ」
双方が打ち出す対コロナ政策
アメリカ大統領選挙の最大の争点は、今や、新型コロナウイルスの対策だ。
トランプ大統領は、3月13日に国家非常事態を宣言。
3月16日には不要不急の外出や集会への参加の自粛などを求める行動指針を発表した。
だが、トランプ大統領はその行動指針を一度は延長したものの、4月30日に期限を迎え、再度の延長は行わなかった。
アメリカ経済の早期回復に向けて、経済活動の再開へとかじを切ったのだ。
4月16日には、経済活動を段階的に再開させるための指針を発表している。
各州で感染拡大の兆候がなければ、3段階で業種ごとに営業の再開を認める内容だ。
再開の判断自体は各州の知事に委ねているが、トランプ大統領は経済活動の再開に強い意欲を示している。
また、トランプ大統領は、大人1人に日本円で約13万円の現金を配ることなどを含めた総額300兆円に上る過去最大の経済対策を迅速に決めたとアピール。
公共事業への投資や中間所得層の減税など巨額の財政出動を続ける構えも示している。
一方、バイデン氏は、感染の封じ込めに重点を置き、経済活動の再開には慎重な姿勢だ。
「誰もが検査や予防、それに治療を無料で受けられるようにする態勢の整備」「感染の拡大で打撃を受けた労働者や企業への経済的な支援」を柱とした新型コロナウイルス対策を提言として発表した。
バイデン氏は、トランプ政権がこれまで感染症対策を軽視してきたと批判を強めている。
特に、オバマ前政権のときにNSC=国家安全保障会議の中に、新型ウイルスの感染拡大などを専門に対処する特別の部署を設立したにもかかわらず、トランプ政権が廃止したことを厳しく非難しているのだ。
国民の愛国心に火をつけるトランプ
新たな争点として注目されているのが、中国だ。
トランプ大統領の陣営の政治団体は「北京バイデン」というウェブサイトを立ち上げ、「バイデン氏は中国に弱腰だ」と批判。
バイデン氏が中国寄りの発言を繰り返してきたと紹介するテレビ広告を何本も制作している。
世論調査でバイデン氏にリードを許しているラストベルトの3州(ミシガン、ウィスコンシン、ペンシルベニア)では、日本円で10億円以上かけてテレビ広告を集中的に放送し巻き返しを図っている。
トランプ大統領の陣営としては、新型コロナウイルスの感染拡大や経済の悪化の責任を中国政府に押しつけるとともに、その中国政府とバイデン氏を結び付けることで、支持の拡大をねらう戦略だ。
国民の間でイメージが悪化する中国をたたくことで、有権者の愛国心に火をつけ、岩盤支持者以外の無党派層も取り込みたい思惑が見える。
対するバイデン氏の陣営も、反撃に乗り出している。
トランプ大統領が新型コロナウイルスへの対応をめぐって当初、中国を称賛していたなどと批判。
日本円で16億円を投じて反撃のテレビ広告を制作・放送しているのだ。
だが、バイデン氏の陣営は、どこまで中国に強硬な姿勢を示すかで意見が割れている。
中国政府とは対立よりも協力で問題を解決すべきという協調路線が根強く、トランプ氏の陣営とは温度差があるのだ。
中国カードで攻めるトランプ陣営、守るバイデン陣営の構図が続きそうだ。
コロナ後を見据えた主張に注目
新型コロナウイルスの感染拡大前は、好調な経済を背景に、現職のトランプ大統領が有利との見方もあったが、今はそうした情勢はがらりと変わっている。
4年前の選挙で、トランプ氏の勝利を後押しした接戦州の多くでも、バイデン氏がリードする展開となっている状況に、トランプ大統領は、陣営の幹部を「非難した」とも伝えられていて、焦りを感じているのかもしれない。
一方で、ウイルスのニュースばかりの中で、バイデン氏の「露出の少なさ」を指摘する声もある。
そうした中で半年後に迫った大統領選挙。注目するポイントは2つある。
1つ目は、やはり「新型コロナウイルス」。
アメリカでの死者数は、すでにベトナム戦争でのアメリカ兵の死者数を上回った。
この異常事態をトランプ大統領が、いつ、どのような形で終わらせることができるか。
選挙は、トランプ大統領の新型コロナウイルス対策そのものが問われることになる。
2つ目は、その裏表となる「経済の回復」だ。
大きく傷ついたアメリカ経済を立て直す処方箋を具体的に示せるかが、選挙の勝敗のカギを握る。
経済活動の再開に積極的なトランプ大統領だが、感染が再拡大すれば、経済は手に負えなくなるほど悪化する可能性がある。
半年後に国民の信任を得るのは、トランプ大統領かそれともバイデン氏なのか、2人の攻防が続く。
(ワシントン支局 取材班)