大統領の大転針
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絶好調なアメリカ経済をみずからの成果として最大限強調してきたトランプ大統領。新型コロナウイルスの影響について、当初は楽観視する発言を繰り返していた。しかし、アメリカ国内での爆発的な感染拡大で株価が急落し、雇用も不安定になると、「経済のけん引役」から「危機下の大統領」を演出する方針への変更を余儀なくされた。
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連邦政府の情報発信をホワイトハウスの記者会見に一元化し、ウイルスとの闘いを「見えない敵との戦争」と位置づけて「戦時の大統領」を自称。国民には、自身の名前入りの小切手を配り、中小企業や農家には運転資金を惜しみなく提供するなど、アメリカのGDPの15%にあたる、総額300兆円規模の緊急予算を背景に、次々と財政出動策を打ち出した。
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全米にテレビ中継される会見では、週末も含めてみずから連日1時間以上にわたって“舞台”に立ち、ニュースを独占する状態を作り上げた。
危機の指導者の評価
しかし、大統領のこの戦略は、成功したとは言い難い。感染者数が世界中で急増した時期の各国首脳の支持率を比べると、トランプ大統領は、ヨーロッパ各国の首脳ほどは評価されていないことがわかる。
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トランプ大統領自身、今回の感染拡大の深刻さを「真珠湾攻撃や、2001年の同時多発テロを上回るものだ」と表現しているが、同時多発テロの直後に支持率を90%にまで、ほぼ倍増させた当時のブッシュ大統領と比べると、この危機の余得にあずかっているわけではなさそうだ。
さらに見ていくと、国民は、ウイルスへの対応をめぐって、トランプ大統領よりも州知事を評価している実態も浮き彫りになってきている。
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「トランプ節」は地雷原
「消毒液を注射する方法はないか」
「紫外線で体内を照らせばよいんじゃないか」
そうした中、トランプ大統領が記者会見で口走る、非科学的な発言の数々。ふだんから、従来の政治家らしくない独自の見方や主張を展開してきたトランプ大統領だが、今回ばかりは、ひときわ評判が悪い。こうした世論を感じ取った大統領は、連日行っていた記者会見をとりやめ、発信の機会を控えるようになった。「戦時の大統領」は、開戦早々、戦略の変更を迫られたのだ。
“戦時”からの出口戦略
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今、トランプ大統領が目指しているのは、危機の指導者像からの「出口」。そして、ウイルス対策の混乱で、すっかり鳴りをひそめていた「アメリカ経済第一」、「対外強硬」という伝統的な“トランプ主義”への回帰だ。それも、以前よりも手荒い方法で。
経済活動の再開を切望するトランプ大統領。その鍵となるワクチンが年末までにできる見通しを示すなど、専門家とは異なる見解も披露し、再開への下地ができつつあることも強調している。ホワイトハウスに各州の知事を招いては経済活動の再開の後押しもする。全米各地で行われている再開を求めるデモについて、トランプ大統領自身もツイッターで声援を送っている。
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対外強硬路線の標的になっているのは中国だ。それを如実に表しているのが、共和党の選挙向けの内部文書。選挙戦略の担当者が運動員に配布したものだ。57ページの文書は、大統領選挙で戦う民主党の候補者などを批判する方法などについても言及している。しかし、大半は中国への非難だ。そして、有権者を説得するための文言が、具体的に記されている。
「ウイルスは中国政府が世界中に拡散させ、結果、アメリカ人の命や仕事を奪っている」「中国に立ち向かえるのはトランプだけだ」
トランプ大統領自身も中国への批判を強めている。ウイルスは、中国湖北省の武漢にある研究所から広がったという主張を繰り返し、中国に対する関税の引き上げや賠償請求、制裁を加える可能性にまで言及。
トランプ大統領は、こうした主張を全米各地の支持者に直接訴える集会を、近く再開する考えを明らかにしている。
地下室の大統領候補
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「出口戦略」を探るトランプ大統領とは対照的に、野党・民主党のバイデン前副大統領の最大の課題は、選挙戦の表舞台に上がるための「入り口戦略」だ。
バイデン氏は、不要不急の外出や、集会への参加などの自粛を呼びかけたトランプ政権の指針に従って、自宅から発信するためのスタジオを地下室に作り、インターネットを通じて支持者に訴えかけている。
二十四節気の1つ「啓蟄(けいちつ)」(ことしは3月5日)は、冬ごもりを終えた虫が穴からはい出すころとされているが、バイデン氏は、ちょうどこのころから表舞台での活動を減らして地下室へ潜っていき、出てくる機会さえ失っているのだ。
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バイデン陣営には、オバマ前大統領や、ヒラリー・クリントン元国務長官、候補者選びから撤退したサンダース氏や、ブティジェッジ氏など、知名度の高い民主党の政治家たちがこぞって応援に回っている。挙党態勢での戦いを演出しているものの、バイデン氏の発信力やソーシャルメディアでの拡散力は、トランプ陣営に大きく差をつけられているのが実態だ。
しかし、専門家は、バイデン氏の「蟄居(ちっきょ)」が意外な効果を生んでいるという。
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ミズーリ大学のミッチェル・マキニー教授は、こう指摘する。
ミッチェル・マキニー教授 「今は、バイデン氏が姿を見せず静かにしているほど、そして、トランプ大統領が前面に出て注目を集めるほど、バイデン氏に有利に働いているようだ」
バイデン氏は失言が多いことでも知られている。民主党の指名争いでも、文言の取り違えや、不適切な言いまわしで会場をしらけさせたことが何度もあった。語ることばは、政治家の命とも言える。自身が声を上げられない状況と、政敵の放言による「敵失」がバイデン氏の相対的な支持につながっているのだとすれば、皮肉と言わざるをえない。
とはいえ、現実に一部の世論調査では、接戦州で優位になってきている。
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沈黙はいつまでも金なのか
しかし、バイデン氏もいつまでも黙ってはいられない。選挙戦の土俵に上がったとしても、前途は多難だ。民主党の候補者として正式に指名されると、大統領候補者による討論会で、口論の天才、ドナルド・トランプとの直接対決が待ち受けている。やはり、バイデン氏の失言癖や訥弁(とつべん)は大きな不安要素なのだ。
また、定期的に浮上するセクハラ疑惑も、バイデン氏にとっては悩みの種だ。
さらに、トランプ大統領は、痛烈な中国批判をバイデン氏にも向けている。バイデン氏の過去の発言を取り上げ、中国に弱腰だと印象づける動画を、巨費を投じてインターネットで拡散させている。共和党・民主党支持者の別なく、アメリカ人の中国への反発が増す中、トランプ陣営の主張が有権者に浸透すれば、バイデン氏にとっては大きなリスクになり得る。
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逆境を制するのは
アメリカ大統領選挙は、現職大統領が圧倒的に有利とされている。再選されなかった最後の現職大統領は、1992年にクリントン氏(民主)に敗れたブッシュ大統領(共和)。その選挙のときに有名になったのが、クリントン陣営の標語 The economy, stupid「何はともあれ、経済だ」。当時見られた景気後退の兆しを選挙戦に最大限利用しようという戦略を象徴するスローガンだ。
大統領選挙を迎えることしの秋も、新型コロナウイルス、それによる経済の悪化はアメリカ人の最大の関心事であり続けることは間違いないだろう。この逆境を利用して勝利を引き寄せられるのはどちらの陣営なのか。当面、目が離せなさそうだ。