民主党副大統領候補 ハリス氏の受諾演説

民主党の副大統領候補に正式に指名されたカマラ・ハリス上院議員は、どのような人なのか。
そして、指名受諾演説では何を訴えたのか、ポイントをまとめた。

目次

    移民2世の元検察官

    ジャマイカ出身の父親とインド出身の母親の間に、移民の2世として生まれたカマラ・ハリス氏。
    カリフォルニア大学のロースクールを卒業後、検察官として活躍し、2011年からの6年間は、女性として初めてカリフォルニア州の司法長官を務めた。
    みずからを「革新的な検察官」と呼び、薬物犯罪で逮捕された若者を収監せず職業訓練などで更生させる施策を重視したほか、警察官にボディカメラの着用を義務づける警察改革などを進めてきた。

    2016年にカリフォルニア州の上院議員に選出され、現在は民主党若手議員のホープとして1期目を務めている。トランプ政権の強硬な移民政策を批判し、政権が廃止を求めている、不法移民の子どもに対する救済制度を維持するべきだと訴えている。

    去年1月に民主党の予備選挙に立候補すると、討論会でバイデン氏の人種問題をめぐる過去の発言や政策を厳しく批判して一時は支持率を大きく上げた。しかし、資金不足などにより、予備選挙が本格化するのを前に撤退した。

    選挙戦では検察官や司法長官としてのハリス氏の経歴が評価される一方、抜本的な警察改革は実現できなかったという批判や、不登校の子どもの親を処罰の対象にする制度を推進したことなどから、自任しているような革新的な立場ではなかったという指摘もされた。

    ハリス氏 指名受諾演説

    母のおかげで今の自分がある 私が今夜ここにいるのは、すべての人に平等と自由と正義をもたらすという約束を信じ抜いてきた私の前の世代の人たちの献身の証だと言えます。 今週、(女性の参政権を認める)憲法修正19条が成立してから100年を迎えます。実はその勝利を支えた多くの黒人女性は、成立したあとも投票を禁じられていました。しかし彼女たち、そしてそれに続く世代の女性たちは、組織を立ち上げ、集会を開き、後に続く私たちの生活の中で民主主義と公平な機会を実現するために働きました。
    彼女たちはバラク・オバマ前大統領やヒラリー・クリントン元国務長官の先駆的なリーダーシップへの道を切り開きました。彼女たちについて多くは教えられていませんが、アメリカ人として私たちは彼女たちを手本としています。
    そしてもう1人、名前の知られていない、物語も共有されていない女性、しかし、私が手本にしている女性がいます。それは私の母、シャマラ・ゴパラン・ハリスです。
    母は19歳の時、がんを治すという夢を追い求めてインドからアメリカにやってきて、カリフォルニア大学バークレー校で、私の父、ドナルド・ハリスと出会いました。2人は1960年代の公民権運動で正義のために一緒に行進しながら、最もアメリカらしい方法で恋に落ちました。
    私が5歳の時、両親が別れ、母は私たちをほとんど一人で育ててくれました。他の多くの母親と同じように、母は24時間態勢で働き、私たちが起きる前にお弁当を詰め、寝たあとに勘定をし、台所のテーブルで宿題を手伝ってくれたり、聖歌隊の練習のために教会まで送ってくれたりしました。とても簡単なように見えましたが、決してそうではなかったと知っています。 母は妹のマヤと私に、人生を左右する価値観を植え付けてくれました。母は私たちを誇り高く強い黒人女性に育ててくれました。インド人としての伝統を知り、誇りに思うように育ててくれました。そして家族を第一に考えるよう教えてくれました。生まれてきた家族と自分が選んだ家族についてです。
    家族とは、親友の紹介で出会った夫のダグ、美しい子どもたち、妹、親友、めい、名付け子たち、叔父、叔母、2軒先に住んでいて面倒を見てくれた第2の母、大学の仲間たち、私の人生で最も大切な人である母ががんで亡くなったときに頼った友人たちのことです。

    「信条に基づいて歩んでいく」 母は同時に私たちに知らない世界を見るように促してくれました。すべての人々の闘争を意識し、思いやりの心を持つことを教えてくれました。公共サービスは崇高な大義であり、正義のための戦いは共有の責任であると信じることを教えてくれました。それが私を弁護士、地方検事、司法長官、そして上院議員へと導きました。そしてその一歩一歩は、私が初めて法廷に立ったときに話した「カマラ・ハリスは国民のために」ということばに導かれ、子どもや性暴力を生き抜いてきた人たちのために戦ってきました。 母は、他人への奉仕は人生の目的と意味を与えると教えてくれました。今夜、母がここにいてくれればいいのにと思いますが、きっと母は天国から見守ってくれていると思います。 カリフォルニア州オークランドの病院で私を産んだ25歳のインド人の母親が、きょう、私が皆様の前でこのことばを口にするなどとは、想像すらできなかったと思います。 副大統領候補への指名を受諾します。 私は目の前の物事に左右されるのではなく、信条に基づいて歩みなさいという母に教えられた価値観に沿って行動します。そしてアメリカで何代にもわたり引き継がれてきたビジョン、これはバイデン氏も共有するものですが、見た目や出自、誰が恋愛の対象かにかかわらず、受け入れるというビジョンに沿って行動することを誓います。

    人種差別「協力して乗り越えよう」 ドナルド・トランプの指導力の欠落によって、今、私たちの生活と命が犠牲になっています。 今、国民は、深い悲しみの中にあります。大切な命、機会、平穏さを失い、そして、将来への見通しすら持てなくなっています。このウイルスは、私たちをひとしく攻撃するものではありません。苦しみ、命を落とす人が、黒人、ラテン系、先住民に偏っています。 これは、単なる偶然ではありません。人種によって、教育、社会保障、雇用、警察による取締り、司法による裁き、出産の機会などが構造的に差別されている結果なのです。
    このウイルスに「目」はありませんが、この社会がお互いをどのように認識し、お互いをどう扱っているのかを見分けています。
    これだけは、はっきりさせておきます。人種差別に効くワクチンは存在しません。
    皆で協力して乗り越えないと、乗り越えられないのです。
    ジョージ・フロイドさん、ブリオナ・テイラーさん、それに、数え切れないほどの犠牲者のために、そして子どもたちや私たちのために、法の下の平等の実現に向けて、皆で仕事に取りかかりましょう。法の下の平等が実現して初めて、皆が本当の意味で自由になるのです。
    今、私たちは、重大な転換点を迎えています。絶え間なく続くこの混乱によって、多くの人がさまよっています。この無能さに不安を覚えます。そして、あの無神経さに、追い詰められる気がします。もう、たくさんです。 でも、思い出してください。私たちはもっと出来るはずですし、もっといい結果を求める資格があるのです。
    もっと違った、良いものを実現してくれて、大事な仕事を成し遂げてくれる人物を大統領に当選させなければなりません。
    そして、黒人、白人、ラテン系、アジア系、先住民の皆をまとめ、皆が求める未来を実現する大統領が必要です。私たちは、ジョー・バイデンを当選させなければなりません。

    父として、リーダーとしてのジョー 私は最初、友人の父親としてジョーを知りました。ジョーの息子ボー・バイデンと私は、それぞれデラウェア州とカリフォルニア州の司法長官を務めました。大不況の間、私たちはほぼ毎日電話で話し、人々の家を差し押さえた大手銀行から数十億ドルを取り戻そうと、住宅の所有者のために共に働きました。そしてボーと私は家族について話しました。 1人の父親としてジョーはウィルミントンからワシントンまで、毎日電車で4時間かけて通いました。ボーと弟のハンターは毎朝、父親と一緒に朝食を食べるようになりました。兄弟は毎晩、枕元で物語を読む父の声で眠りにつきました。2人の幼い男の子たちは、(母親を亡くした)ことばにできない喪失に耐える中、いつだって父親に深く、無条件に愛されていると分かっていました。 私はジョーの功績にも心動かされました。女性に対する暴力に関する法案を進め、銃を規制する法律を制定したリーダーです。副大統領として法律を施行して私たちの国を大不況から回復させたリーダーです。彼はオバマケアを擁護し、何百万人ものアメリカ人を守りました。数十年かけてアメリカの価値観と関心を世界に伝え、同盟国と共に立ち上がり、敵に立ち向かった人です。

    「歴史の流れを変えるチャンス」 今、私たちの悲劇を政治的な武器にしている大統領がいます。 ジョーは私たちの挑戦を目標に変える大統領になるでしょう。ジョーは誰も置き去りにしない経済を築くため、私たちを団結させます。ジョーはこのパンデミックを終わらせ、次の感染拡大への備えを確実にするため、私たちを団結させます。ジョーは人種的な不正義とまっすぐに向き合い、不正義をなくすため、私たちを団結させます。 ジョーと私は強く寛大で、公正で優しい共同体を作り上げることができると信じています。それこそが私たちの両親や祖父母が戦って求めてきたビジョンです。 私たちは私たち全員がより良い未来のために団結すると信じています。それまで会ったことのない人々を救うために命を危険にさらしている医師や看護師、在宅の医療従事者、それに最前線の労働者がまさにそうです。教師やトラックの運転手、工場での労働者や農家、配送事業に携わる人、そして投票所の係員は皆、私たちがこのパンデミックを乗り越えるのを助けるために個人の安全を危険にさらしています。 今回の選挙には歴史の流れを変えるチャンスがあります。私たちは皆この戦いのさなかにあります。信念を持って戦いましょう。希望を持って戦いましょう。自分自身に自信を持ち、互いに助け合って戦いましょう。 私たちの愛するアメリカのために。

    ハリス氏はどんな人物なのか。その人物像に迫った。

    叔父「母親が与えた影響 大きい」

    ハリス氏は、5歳のときに両親が別れたあとは、妹と一緒に母親のもとで育てられ、実家のあるインドへは親戚に会うため、毎年のように訪れていた。
    ハリス氏の母親の弟で、インドの首都ニューデリーに住むゴパラン・バラチャンドランさん(79)は、副大統領候補に指名されたことへの喜びを語った。

    バラチャンドランさん 「私も親戚もすごく興奮している。彼女は、アメリカ史上、最も積極的かつ活動的な副大統領になってくれるだろう。母親のシャマラは、彼女に大きな影響を与えたと思うし、常に彼女のよい手本になってきた。彼女はいつも母親の話をしていたし、尊敬していたと思う」

    友人「エネルギーと情熱の人」

    ハリス氏と長年親交があるというティモシー・サイラードさんは、ハリス氏について、母親からの教訓をよく話していたと明かした。

    サイラードさん 「疲れ知らずで、信じられないほどのエネルギーと情熱を仕事に注ぐ人です。彼女は若い女性の面倒をよく見ていました。彼女は母親から教えられたことをいつも口にしていました。それは『あなたが何かを実現したとき、大事なことはあなたに続く人を作ること』ということでした」

    サイラードさんは、およそ15年前にハリス氏がサンフランシスコ市の司法関係の部署のトップを務めていたときに共に働いた経験から、ハリス氏が当時から警察による逮捕者が白人より黒人のほうが多いことに問題意識を持っていたとしたうえで「ジョージ・フロイドさんが亡くなったことを受けて、最近、警察の在り方などをめぐる議論が活発になっていますが、彼女は1990年代にすでに取り組んでいました」と話した。

    またハリス氏の生い立ちについては…

    サイラードさん 「彼女は人種的、民族的に多様な家庭で育ち、黒人の女性として成長しました。またインドの親戚ともつながりをもっています。黒人の地域社会でさまざまな社会問題を目の当たりにしてきたからこそ、本気で解決策を探そうと一生懸命でした。
    偏狭な考えと憎悪に立ち向かうことこそが、彼女のこれまでの歩みの柱です。アメリカのリーダーには、優れた頭脳、戦う能力とともに、人を思いやる心が必要です。彼女が副大統領候補に選ばれたことにとても興奮しています」

    黒人市民活動家「黒人差別や不公平を是正する政策を示せ」

    黒人に対する不当な暴力や差別的な扱いの撲滅を目指すアメリカの市民運動「BLACK LIVES MATTER(ブラック・ライブズ・マター)」をニューヨークで展開する責任者のホーク・ニューサムさんは、ハリス氏が、黒人の学生が多く通ってきた歴史のある首都ワシントンのハワード大学を卒業したことについて「アメリカで最高の黒人大学を卒業した極めて優秀な人物だ」と評した。

    その一方で、ハリス氏がサンフランシスコの地方検事やカリフォルニア州の司法長官を歴任したことについて、今後の言動を見守りたいという。

    ニューサムさん 「ハリス氏は治安当局の幹部として数え切れない黒人を刑務所に入れてきた。その経歴を踏まえると、われわれにとって信頼できる人物かどうかはまだ分からない。ハリス氏とバイデン氏が黒人差別や不公平を是正する政策を示さなければ、人々の心を引きつけられずトランプ政権があと4年続くことになるだろう。ハリス氏は貧しい黒人の子どもや若者が技術を習得して、将来社会を生き抜いていけるよう教育に力を入れる必要がある」

    ニューヨークで警察改革を訴える抗議集会に参加した人たちに、ハリス氏について聞いた。

    「初の黒人副大統領が誕生すればすばらしいことだ。ハリス氏にはわれわれ黒人社会に寄り添ってほしい」(黒人の学生)
    「ハリス氏は人種差別の撲滅を訴える運動を支持すべきだ。黒人の受刑者が多いという問題や警察の暴力を無くすために手を打ってほしい」(白人の活動家の女性)

    専門家「期待と懸念」

    アメリカの政治を研究するアメリカン大学のサム・フルウッド氏は、バイデン前副大統領がハリス上院議員を副大統領候補に選んだ要因について、こう指摘した。

    フルウッド氏 「バイデン氏が候補者選びで勝ったのは南部の黒人有権者、特に黒人女性の支持があったからだ。黒人女性は民主党にとって全米でも重要な支持基盤なので、ハリス氏の指名によって黒人女性を重視していると訴えることができる」

    またフルウッド氏によると、7月、大統領選挙で激戦が予想される6つの州での30歳未満の黒人有権者を対象にした調査でバイデン氏個人の支持率は47%にとどまった一方、「黒人を副大統領候補に選べば支持する」と答えた人は73%に上ったという。

    フルウッド氏 「バイデン氏は年を取っており、若者が求めているようなカリスマ性があるとは思わないが、若く活発で魅力的な副大統領候補を選んだことで、陣営をある程度、活気づけることができた」

    フルウッド氏は、ハリス氏の指名が黒人の若者からの支持につながるのではないかという見方を示した。

    また、ハリス氏が民主党内では中道寄りとされ一部の左派が反発していることについては、「大統領選挙の勝敗を決めるのは中道かリベラルかではなく、今の大統領への反対だ。バイデン氏に投票したい人よりトランプ大統領には投票したくないという人のほうが多い」と述べ、党内の路線対立による影響は限定的だとの見方を示した。

    一方で、フルウッド氏はアメリカで黒人に対する警察の取締りが問題視されていることから、「ハリス氏がかつて検察官を務めていたのは、今、問題になっている警察の取締りとつながり、懸念を持っている人が多いので今後の選挙戦で議論されるべきだ」と述べ、今後の本選挙に向けた論戦ではハリス氏は警察改革などへの見解も問われることになると指摘した。

    (取材班)