異例の注目度 女性副大統領候補選び ~バイデン氏が選ぶのは誰?~

3か月後に迫ったアメリカ大統領選挙。
今、大きな関心を集めているのが、野党・民主党の候補者指名を確定させているバイデン氏の副大統領候補に誰が選ばれるか。
これほどまでに副大統領候補選びが注目されたことはないとも言われている。
なぜなのか?そして、選ばれる可能性が高いのは誰か?

目次

    8月上旬までに、副大統領候補を決定したい考えを示しているバイデン前副大統領。
    「女性を副大統領候補に選ぶ」と表明している。
    アメリカでは、これまで女性が副大統領を務めたことはなく、その判断に注目が集まっている。

    アメリカ通商代表部の元幹部で、民主党系のシンクタンクに所属するグレン・フクシマさんも「アメリカの歴史の中でも、副大統領候補に誰が選ばれるかが、これほど注目された例はない」と指摘する。その理由を聞いてみた。

    フクシマさんは、理由を4つ挙げた。

    1.バイデン氏の弱みを補う人を求めている?

    前回、2016年の大統領選挙では、得票総数は民主党のクリントン氏が多かったものの、各州に割り当てられている選挙人ではトランプ大統領が上回り勝利した。このため、接戦州や支持層ごとの情勢を見ていくことが重要となる。
    そうしたことから、フクシマさんは、バイデン氏の弱みを補える人が重要になると話す。

    「バイデン氏は若者、女性、ヒスパニックなどからの支持がそれほど強くない。また、南部サウスカロライナ州の予備選挙では、黒人から支持を集めたが、これは高齢者が中心だった。オバマ前大統領のとき、副大統領としての職務を忠実に果たしたことから50歳以上の黒人はバイデン氏のことを相当評価している。しかし、若者の黒人にはそこまで支持が広がっていない。若者と女性、それからヒスパニックといった有権者の票がとれる、そういった副大統領候補が求められている」

    2.副大統領としてサポート力のある人が必要?

    アメリカ国内では、歯止めがかからない新型コロナウイルスの感染による影響や、景気の悪化、黒人男性が白人警察官に押さえつけられて死亡した人種差別の問題など、課題が多い。
    こうした問題に、副大統領としてすぐに対応できる能力があるかどうかも重要なポイントだと指摘する。

    3.任期途中で大統領を引き継ぐ可能性も?

    バイデン氏が高齢であることも、副大統領候補に注目が集まる要因となっている。
    当選すれば、バイデン氏は就任時には78歳。アメリカ史上、最高齢の大統領になる。
    そして就任後、もしも、バイデン氏が職務を遂行できなくなった場合、大統領の継承順位1位の副大統領が、大統領の業務を引き継ぐことになる。
    副大統領候補は、いざというときに大統領としての務めを果たせる人物でなければならないという。

    4.次回の大統領選挙で民主党の有力候補に?

    さらに、バイデン氏は、高齢のため当選しても1期4年で退任し、次の2024年の大統領選挙には立候補しないのではないかとの観測が絶えない。
    そうすると、副大統領候補が、次の選挙で民主党の最有力の候補になる可能性が高くなると指摘。
    いずれにしても、将来的に大統領になるための素質が強く求められるというのだ。

    そのうえで、最も重要な要素についてフクシマさんはこう話す。

    「バイデン氏自身は、最終的には『シンパティコ(simpatico)』、つまり気の合う人を選ぶと言っている。4年間の任期中、自信を持って一緒に仕事をできる人を選ぶと言っていて、それが最も重要になる」

    有力な候補は誰か?

    では、副大統領候補に名前が挙がっている人たちは誰なのか。

    • カマラ・ハリス

      ▼西部カリフォルニア州の上院議員(1期目) 55歳
      ▼カリフォルニア州の司法長官を務めた元検察官
      ▼ジャマイカとインドからの両親のもとに生まれた移民2世

      みずからを「革新的な検察官」と呼び、司法長官時代には、警察改革などを進めたほか、上院議員になってからはトランプ政権の移民政策やロシア疑惑を鋭く追及してきた。弁舌の鋭さには定評がある。
      大統領選挙に立候補し、バイデン氏の人種問題への対応を厳しく批判して、一時は支持率を大きく上げたが、2019年12月に選挙戦から撤退した。

    • エリザベス・ウォーレン

      ▼東部マサチューセッツ州選出の上院議員(2期目) 71歳

      破産法を専門に、ハーバード大学などで教べんをとり、「反ウォール街」の姿勢を貫く、民主党左派を代表する有力議員の1人。
      父親の病気によって医療費などで家計が苦しくなった経験から、経済的に困窮する中流階級への支援を訴え、その財源として大企業や富裕層への増税や、巨大IT企業の解体を主張する。
      民主党の大統領候補の指名を目指していたが、2020年3月に撤退。

    • バル・デミングス

      ▼南部フロリダ州選出の下院議員(2期目) 63歳
      ▼アフリカ系アメリカ人

      貧しい家庭の7人きょうだいの末っ子として生まれた。
      14歳からアルバイトをしながら勉学に励み、家族の中で初めて大学を卒業した。
      ソーシャルワーカーから警察官に転身し、フロリダ州オーランドで女性初の警察トップを務めた。
      ウクライナ疑惑をめぐるトランプ大統領の弾劾裁判では検察官役の弾劾管理人を務めたほか、人種差別への抗議デモが起きる中、警察改革の必要性を訴えている。
      趣味はマラソンやハーレー・ダビッドソンのオートバイに乗ること。

    • ケイシャ・ランス・ボトムス

      ▼南部ジョージア州アトランタ市長(1期目) 50歳
      ▼アフリカ系アメリカ人。夫と4人の子ども(養子)がいる

      新型コロナウイルスの感染拡大防止のため、早期の経済活動の再開には慎重な姿勢を示す。
      市内の公共の場でのマスク着用を義務づけたことを受けて、経済活動再開に積極的な州知事から提訴された。
      人種差別に抗議するデモが相次ぎ、一部が暴徒化したことについて演説し、黒人の母親としてみずからの背景に触れながら「これは抗議ではなく混乱だ。変化を求めるなら、11月に選挙に行くべきだ」と力強く訴えた。
      2019年6月に、バイデン氏の支持を表明している。

    • ミシェル・ルーハングリシャム

      ▼西部ニューメキシコ州選出の下院議員を3期務めた 60歳
      ▼2019年に州知事に就任。
      ▼ヒスパニック議員連盟の議長を務めた

      ニューメキシコ州の保健長官を務めたこともあり、長年、医療・福祉政策に尽力してきた。ルーハングリシャム氏自身、介護の経験がある。
      知事としては、新型コロナウイルス対策で厳格な規制を設けたことが感染の予防につながったと評価されている。

    • スーザン・ライス

      ▼オバマ政権下で国連大使や安全保障担当の大統領補佐官を務めた 55歳
      ▼アフリカ系アメリカ人

      クリントン政権下では、アフリカ担当の国務次官補を務めた。
      オバマ前大統領を選挙活動中から支えた側近として知られ、女性のアフリカ系アメリカ人として初めての国連大使に就任した。
      北朝鮮やイランの核開発問題で外交手腕を発揮し、オバマ政権2期目の有力な国務長官候補と見られたが、リビア東部でアメリカ領事館が襲撃され、大使らが殺害された事件への対応で激しい批判を受け、国務長官への起用が見送られた。

    • グレッチェン・ホイットマー

      ▼中西部ミシガン州知事(1期目) 48歳
      ▼ミシガン州で生まれ育ち、州議会議員も務めた

      ことし2月、トランプ大統領の一般教書演説を受けた民主党の反対演説を行い、その名が全米に知られるようになった。
      新型コロナウイルスの感染が続く中、州の外出制限を延長したことで、市民が抗議デモを展開したが、きぜんとした態度で対応をとった。
      政府の感染防止対策を批判したホイットマー知事のことを、トランプ大統領は「the woman in Michigan(ミシガンの女)」と呼んで批判。これに対して、「私の名前はグレッチェン・ホイットマーだ」と応戦した。

    • タミー・ダックワース

      ▼中西部イリノイ州選出の上院議員(1期目) 52歳
      ▼タイ出身のアジア系アメリカ人
      ▼退役軍人

      2004年、イラク戦争でパイロットとして乗っていたヘリコプターが撃墜され両足を失ったことをきっかけに、退役軍人の待遇の改善に尽力。その後、下院議員を経て、2016年には上院議員に初当選。マイノリティが経営する小規模なビジネスの支援などに取り組む。
      任期中に出産した初の女性上院議員で、2018年には生後まもない娘を抱いて議場に入り、家庭に優しい政策の重要性を訴える象徴となった。

    • タミー・ボールドウィン

      ▼中西部ウィスコンシン州選出の上院議員(2期目) 58歳
      ▼ウィスコンシン州で生まれ育つ

      ウィスコンシン州の下院議員を務めたあと、1998年にウィスコンシン州で初めての女性の連邦下院議員として当選し、7期務めた。
      2012年には上院議員に初当選。中産階級の経済の安定に力を注ぎ、国内の製造業の活性化や学生ローンの負担改善に取り組んでいる。
      同性愛者であることを公言している議員として知られている。

    • ステイシー・エイブラムス

      ▼弁護士 46歳
      ▼南部ジョージア州の元州議会議員
      ▼アフリカ系アメリカ人

      2018年のジョージア州の知事選挙で、アメリカ初の黒人女性知事を目指し、大接戦を展開して注目を集めた。
      2019年2月には、トランプ大統領の一般教書演説に対して、アメリカ初の黒人女性として反対演説を行い、トランプ政権を強く批判した。
      公正な選挙が行われることを目指して活動していて、白人以外の有権者登録や、若者の選挙への積極的な参加を促している。 恋愛サスペンスの小説家としても知られている。

    • ジーナ・レイモンド

      ▼東部ロードアイランド州知事(2期目) 49歳
      ▼イタリア系アメリカ人
      ▼ロードアランド州の財務長官も務めた

      投資会社を創設したあと、州の財務長官として年金改革を主導し、規制改革に取り組み手腕が評価された。
      新型コロナウイルスの感染が拡大した際は、州に拠点を構える大手ドラッグストアと連携してPCR検査を実施して、PCR検査率の高い州の1つとなり、感染拡大を抑える政策を進めたことが注目を集めた。

    • カレン・バス

      ▼西部カリフォルニア州選出の下院議員(5期目) 66歳
      ▼アフリカ系アメリカ人
      ▼黒人議員連盟の会長

      子どもの頃、テレビで公民権運動に関する放送を見たことがきっかけで、地域社会の活動に興味を持った。
      カリフォルニア州議会議員も務め、2008年にはアフリカ系アメリカ人の女性としては初めて議長に就任。
      下院議員としてこれまで里親制度の改革やアフリカ諸国との関係強化などに取り組んだ。
      黒人男性が白人の警察官に押さえつけられて死亡した事件を受け、警察改革に取り組んでいる。

    • マギー・ハッサン

      ▼東部ニューハンプシャー州の上院議員(1期目) 62歳
      ▼前州知事。同じ州の知事と上院議員を務めた女性はアメリカで2人目

      ハッサン氏の息子には重度の障害があり、息子のような障害のある子どもたちが不自由なく生きられる社会にしたいとの思いから、政治の世界に飛び込んだ。障害児の親としての経験から、教育や障害者の雇用の問題に力を入れてきた。
      知事としては、州の失業率を全米で最低水準にしたほか、本来は鎮痛剤として使われるヘロインやオピオイドなどの乱用で中毒になる薬物問題についても熱心に取り組んだ。

    中でもフクシマさんが個人的に特に期待を寄せているのが、ハリス氏、ウォーレン氏、ダックワース氏の3人だという。
    3人に共通するのが「上院議員としての経験があること」。
    大統領候補になる可能性のある人物として、国政を経験し、外交に関する知識が豊富である点が重要だと話す。

    「最も有望」?ハリス氏

    このなかで、ハリス氏が最も有望だと見られていると分析する。

    「東海岸出身で白人のバイデン氏に対し、ハリス氏は西海岸出身の非白人であり、年齢も55歳と20歳以上若い。母親はインド出身、父親はジャマイカ出身で、多様な背景を持つ人だ。黒人に対する人種差別の問題で改革が求められる中、有力候補と見られている」

    一方で、「カリフォルニア州の司法長官だった当時、犯罪に対してかなり厳しい政策をとっていた」として、警察改革に消極的だと見られてしまう可能性があること、早い段階で民主党の予備選挙から撤退したことを懸念として挙げている。

    「若者や左派を取り込む」ウォーレン氏

    ウォーレン氏について、どう見ているのか…

    「白人で71歳なので、多様性や若さといった点からするとマイナスがある。しかし、経済政策がしっかりしていて、貧富の格差是正にも力を入れていることから、若者や左派からの支持を得られる候補だ」

    前回の大統領選挙では、中道のクリントン氏が、サンダース氏を支持していた若者や左派を取り込めなかったことが、本選挙での敗北の要因の1つとなった。
    今回、ウォーレン氏が副大統領候補に選ばれれば、中道派と左派に分かれた民主党を1つに結束し、選挙を戦うことができるとフクシマさんは見ている。

    「アジア系」ダックワース氏

    そして、フクシマさんが注目するもう1人のダックワース氏。
    ハリス氏やウォーレン氏のように、今回の大統領選挙に向けた民主党の候補者選びに参戦していない。
    全米で人種差別の解消を訴える動きが続く中、非白人の副大統領候補を求める声が大きくなり、黒人の候補だけでなく、アジア系のダックワース氏にも、注目が集まっているとフクシマさんは言う。

    「ダックワース氏は、軍の経験者で安全保障・外交にも強い穏健派だ。もし彼女が副大統領候補になれば、初めてのアジア系の副大統領になる可能性もあるとして注目されている」

    接戦州出身の候補にも注目

    この3人に加えて、今回の選挙で接戦になるとみられる州を地盤とする副大統領候補への期待も高まっているとフクシマさんは指摘する。

    特に、前回の大統領選挙でクリントン氏がトランプ大統領に僅差で敗れたミシガン州のホイットマー知事やフロリダ州のデミングス下院議員が副大統領候補になれば、それぞれの州で票を獲得できる候補として期待が高まっていると話す。
    デミングス氏は、黒人で、フロリダ州オーランドの警察トップを務めた経験があることから、人種問題への関心が高まる中でも注目されていると話す。

    さらに、ジョージア州アトランタ市長のボトムス氏も、人種差別の抗議デモへの対応でリーダーシップを発揮したほか、今回の選挙で、ジョージア州が接戦となる可能性があることから、真剣に検討されている候補の1人だとしている。

    ともに“走り抜く”パートナーは?

    バイデン氏は、副大統領審査委員会を立ち上げて、書類審査や面接を行ったり、これまでの実績やスキャンダルが無いかなど、時間をかけて入念に調べたりしているとフクシマさんは話す。

    アメリカでは副大統領候補のことを「running mate」と呼ぶ。
    長くて厳しい選挙戦をともに“走り抜く”パートナーとなる。
    バイデン氏が当選すれば、次の4年間のみならず、次回、2024年の大統領選挙にも影響を与え、女性の進出を阻んできた「ガラスの天井」を打ち破る可能性もあるかもしれない。
    バイデン氏がともに走るパートナーに誰を選ぶのか、世界中から関心が寄せられている。

    国際部記者

    藤井 美沙紀

    2009年入局。
    秋田局、金沢局、仙台局を経て
    2019年夏から国際部。

    (共同取材:濱本こずえ、山田奈々、栄久庵耕児、近藤由香利、岡野杏有子、松尾恵輔、青木緑、佐藤真莉子、紙野武広、松崎浩子、白井綾乃)