2023年12月28日
イラン

「恐怖を抱えて生きている」イランの女性が伝えたかったこと

「絵を描くことは、この世界中の女性のためであり、私もみんなのために小さな一歩を踏み出したいと思ったのです」

これは、中東のイランに暮らす1人の女性の言葉です。

イランでは2022年、スカーフのかぶり方が不適切だとして逮捕された女性が急死し、警察による暴行を疑う抗議デモが各地に広がりました。

女性は、この出来事にまつわる絵本を自費出版した日本の7歳の女の子と母親からの連絡を受けて、女の子が描いた原画を元に、この絵本に匿名で絵を描きました。

今のイラン国内の状況はどうなっているのか。どんな思いを込めて絵を描いたのか。胸の内を明かしてくれました。

(国際部記者 高須絵梨)

”自由”を伝える1冊の絵本

ことし2023年8月、日本で1冊の絵本が出版されました。

タイトルは「ここにあったよ自由と幸せ」。日本に暮らし、イラン出身の母親を持つ7歳の女の子、大野りりあなさんによって作られました。

絵を描く大野りりあなさん

りりあなさんが絵本のテーマとして選んだのは“自由”です。

その背景には、イランで起きた1人の女性の死がありました。

2022年9月、イランでヘジャブと呼ばれるスカーフのかぶり方をめぐり当時22歳のマフサ・アミニさんが逮捕され、その3日後に亡くなったのです。

マフサ・アミニさん

政権側は病死だと発表しましたが、警察による暴行があったのではないかと疑う市民の抗議デモが、イラン各地だけでなく世界中にも広がりました。

この絵本の絵を描いたのが、現地で暮らすイラン人の女性です。女性は、絵本の制作に協力すると逮捕されるかもしれないというリスクを抱えながらも、匿名を条件に絵を描きました。

今回、絵本の制作に協力した理由や今の思いについて、文書でNHKの取材に答えてくれました。

※以下、匿名で絵本に絵を描いた女性の話

絵本の絵を描いてほしいと連絡があった時、どう思いましたか?

この作品のきっかけとなった出来事は、多くの女性たちにとってとてもショックなもので、その悲しみや痛みを色で表現し、物語を伝える必要がありました。

この問題はある都市や国特有のものではないかもしれないこと、過去からずっと起こっていたことでもあり、男性と女性の差別についてでもありました。

りりあなさん親子からイラストの依頼を受けた時、りりあなさんという“小さな天使”が、私たちに向けて伝えたいことがあるのだとわかり、誇りに思いました。

逮捕や拘束のおそれがある中、なぜ制作に協力しようと考えたのですか?

この話が私にあった時、昼夜を問わずどこもデモで大混雑し、みんなが気持ちと力を振り絞って何かをしようとしていました。

当時のデモの様子

もしかしたらりりあなさんが私を選んだのは、この世界中の女性のためであり、絵を描くことで私もみんなのために小さな一歩を踏み出したいと思いました。

絵本にはすべてのページにチョウが描かれていますが、なぜですか?

チョウになるためには、イモムシは自分自身で周りの繭を破り、繭の暗闇から脱出してチョウになり、ようやく自由を手に入れます。

自分の心の暗い部分や、他人が作り出した暗闇に閉じ込められることは誰にでも起こります。

私たちを救う唯一の方法は、繭から脱出して飛んで、飛んで、飛ぶことです。

自由はすべての人々の権利です。自由になって生きるのは、みんながあるべきはずの権利だと私は思います。

私にとってチョウは自由の象徴であり、このページではチョウが自由に空に放たれる様子を表現したかったのです。

チョウがアミニさんを空に連れていく絵が描かれたページ

そして、たくさんのチョウが、亡くなったマフサ・アミニさんを空に連れて行く瞬間、アミニさんは幸せを感じ、平和にその瞬間を過ごしているということを読者に伝えたかったのです。

絵を描く上で、どんなことにこだわりましたか?

この本に取り組んでいた期間は、暗く悲しい日々でした。

マフサ・アミニさんやデモの犠牲者のことを思って泣いたり、苦しい出来事について話し合いを続けたりした毎日でした。

ただ、私はその暗闇は描きたくなかったのです。この本のイラストを見るすべての人に、幸せな色で、自由と解放の考え方を見てもらいたかったのです。

私はこの本のすべてのページがとても気に入っています。なぜなら、私は何時間もそれらの絵と一緒に過ごし、自分の感情を絵と結びつけてきたからです。

地球儀とりりあなさん

そのなかでもりりあなさんが原画で描いていた、地球儀が世界中の人々をはじめ、花や木々で覆われている絵がとても好きです。

いつか現実でもそうした光景が広がり、戦争や争いがなくなり、世界が本当に1つの庭のように花や木、そして自由でいっぱいになってほしいと願っています。

あなたが考える自由とはなんですか?

私が思うに自由とは感覚であり、自分の心から感じるべきものです。

世界中どこにいても、誰もが心を悪から遠ざけるべきです。

そうすれば、その後は平和と愛の中にいられる。

家族、友人、自然、動物、そして自分自身にもっと優しくすることが必要です。

アミニさんの死から1年以上がたちます。今現地はどのような状況ですか?

女性に対する弾圧が終わったとも言えないし、改善したとも言えません。

私たちは毎日、一瞬一瞬、恐怖と幻想を抱えて生きています。

絵本の中の1ページ

女性が置かれている状況は、なにも改善されていません。この国では、この問題の終わりが見えないのです…。

常に女性が最も苦しんでいます。

私たちが学んできた歴史上の戦争や出来事の中で、功績として男性の名前が挙げられていますが、今回は女性が声を上げ、問題を解決に向けて前進させたのです。

イランの女性をはじめ、世界中の女性は、戦い続けています。

私の人生は恐怖、孤独、権力などとの戦いだと思っています。

絵本を読んだ人にはどんなことを感じてほしいですか?

多くの人は自分がどのような幸せを持っているかに気づいておらず、自分が持っていないものについてだけ考えています。

けれども世界中のどこかでは、自分の一生をかけても手に入れられない人たちもたくさんいます。

イラストを見てくれたみんなに自分たちが持っている自由や、ものの大切さをわかってほしいです。

取材を通して

絵本の絵を描いたイラン人の女性は、イランで生活することに不安を感じる中で、自分が描いた絵に込めた思いが1人でも多くの人に届いてほしいという願いから、取材に応じてくれました。

世界中の女性を思いながら、苦しみもがき涙を流しながらも描き上げた「自由の絵」。

「幸せな色で、自由と解放の考え方を見てもらいたかった」という彼女の思いが、色鮮やかな色彩のイラストで表現されていて、惹き込まれます。

絵本は発売されて以降、増版が決まるなど大きな反響があり、彼女の絵は多くの人に届いていると感じます。

ことしノーベル平和賞に選ばれた、イランの女性の人権と自由を守る運動を率いたことが評価された人権活動家のナルゲス・モハンマディ氏(51)。

モハンマディ氏が授賞式に寄せたスピーチにも、「自由や平等」という言葉が繰り返し出てきていて、今回取材に応じてくれた女性の思いとも重なる部分が数多くありました。

今回、勇気を出して胸の内を明かしてくれた彼女の言葉を通して、1人でも多くの人たちが、“今ある自分の幸せ”について、改めて考えるきっかけになってほしいと思います。

りりあなさんの原画と絵本

(11月29日の国際報道2023などで放送)

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