大地に吹く風に虫の羽音のようなプロペラ音が入り混じる。
空に浮かぶラジコンヘリのような無人機は宅配便の荷物の代わりに円筒形の爆弾を運んでいた。
生活の場で、物流の場で人の営みを助ける無人機はウクライナの大地で殺人兵器と化していた。
史上かつてないほど大規模に戦場に投入され、現代の戦闘の様相を変えた。
その「無人機の戦争」は今、各国の戦略に影響を及ぼし始めている。
(国際部 山下涼太 髙塚奈緒 / アジア総局 鈴木陽平 / 社会部 須田唯嗣 山崎啓)
“有効性を証明した”
画面中央の照準のような印は遠方を走る戦車を捉えていた。上空からの映像はみるみるうちに戦車に迫り、衝突の瞬間、ノイズ画面に切り替わった。
ウクライナの戦場で撮影された無人機の自爆攻撃の瞬間だ。
別の映像には上空から爆発物を投下して塹壕を爆破する状況が記録されている。これらの動画はウクライナ、ロシアの双方が日々、戦果としてネット上で発信している。そこに記録されているのは人の命を奪い合う戦争の実態だ。
ウクライナとロシアはこの2年、戦場に大量の無人機を投入。
それは皮肉にも無人機の「有効性」を実証することとなった。
1機数十万円で製造された無人機が8億円近い戦車を一瞬で破壊する「費用対効果」。
大がかりな生産ラインを必要とせず、民間で短期間に大量生産可能な「生産性」。
レーダーに映りにくく迎撃困難で、衛星データでピンポイントで敵を狙う「実効性」。
何よりも兵士の命を危険にさらすことなく敵を攻撃できる。
「無人システムは陸、海、空での戦闘で有効性を証明した」
ゼレンスキー大統領は2月、軍に無人機に特化した部門を新設すると発表。国内で年内に100万機を製造する計画だ。
ウクライナでは無人機の生産に関わる企業が200社を超えたとされる。市民により市販の部品で作られる手製無人機も戦場に投入されている。
ウクライナ軍は1か月に1万機の無人機を消耗しているとの試算があるが、ウクライナは今後、これを大きく上回る生産体制を構築し、戦闘の長期化で欧米の支援の先行きに不透明感が増すなか、徹底抗戦を続ける意志を示そうとしている。
16.8倍
兵力で圧倒するロシアも無人機をいっそう重視する姿勢をみせている。
イラン製を大量に投入していると指摘されているが、国産の生産も拡大。
2023年12月、ショイグ国防相はプーチン大統領を前に無人機の生産が侵攻当初(2022年2月)の16.8倍になったと胸を張った。
その4か月前に開催されたロシア国防省主催の国内最大の兵器見本市で国産無人機や無人艇が展示され、プーチン大統領が「特に注目されるのは無人機だ。この分野は軍と民の両方で活発に開発が進められている」と強調していた。
ウクライナ側はロシア製無人機の近代化が急速に進んでおり、人工知能搭載型の研究も進めていると警戒を強めている。
強まる需要
国際問題の分析で知られるアメリカの外交問題評議会は1月、「ウクライナでの”無人機戦争”は紛争のあり方を変えた」と題したコラムを発表。
ウクライナ軍の活用実態から「小型化し、殺傷力を増し、操作が容易であることから誰でも利用できる無人機は戦場で優位性があることを示した」と指摘した。
明らかになった無人機の「有効性」は各国の軍事戦略に影響を及ぼし、小型無人機の導入を急ぐ国が相次いでいる。
2月、シンガポール。アジア最大の航空防衛産業の展示会「シンガポール・エアショー」で制服に身を包んだ各国の軍人がメーカーの説明に聞き入っていた。
10キロ先の目標を自爆攻撃で破壊できる小型無人機「スイッチブレード」。
英語で「飛び出しナイフ」という意味で、アメリカからウクライナに供与され、戦場で使われている。
「無人機が戦場を一変させた。世界中で無人機は一般的になりつつあり、強い需要がある。非常に扱いやすいので、世界の多くの地域で普及し始めている」
会場でひときわ関心を集めていたのが、イスラエルの企業「エルビット・システムズ」が開発した「次世代型」無人機。
自律的な飛行が可能で、24時間飛び続けることもできるとアピールする担当者は強い需要とともに新たな性能を要求する声も高まっていると明かした。
「顧客の要求にあわせて私たちは常に革新的な取り組みを進め、機能を追加していく必要がある。戦場は常に変化しているが、無人機は顧客に新しい能力を与えることができる」
研究本部
各国が競い合うように進める無人機の導入。防衛省・自衛隊も使用を拡大していく方針を打ち出している。東京・目黒区。東横線中目黒駅から目黒川沿いに歩くと、校舎のような建物が並ぶ一角に行きあたる。
陸上自衛隊教育訓練研究本部。
陸上自衛隊の新たな戦い方を研究する機関だ。
2月下旬、本部5階の会議室で幹部らがウクライナの戦場での小型無人機の使われ方を分析していた。
2等陸佐
「ウクライナ軍は小型無人機で情報を収集し、発見した目標に射撃するまでを一貫したシステムで管理している。情報収集と射撃指揮などが一体化してタイムラグなく射撃しているという点が一番の肝だ」
2等陸佐
「前線では羽音がよく聞かれる状況だというが、小型無人機に見つかるとすぐに攻撃を受けてしまうので、車で移動する時は常に80キロ程度の高速で移動し、停車時も上空が覆われている林内などを選ぶのが常になっているようだ」
2等陸佐
「レーダーに探知されにくい段ボール製の小型無人機が確認されている。妨害電波を受けても墜落しないとか、そのような防護性のある小型無人機のさらなる活用が予想される」
研究本部ではウクライナでの戦闘状況を継続的に検証し、軍事面で参考になる「教訓」を陸上自衛隊の作戦や戦術に反映しようとしている。
陸上自衛隊はすでに小型無人機を情報収集などに活用しているが、今後は攻撃にも導入しようとしており、2022年に策定された「防衛力整備計画」では、将来的に有人の対戦車・戦闘ヘリコプターを廃止して、無人機に置き換える方針が示されている。
小型の攻撃用無人機の取得も盛り込まれ、すでに機体の検討作業に着手。防衛省によると目標を探索して砲弾などを投下するタイプと目標に突入する自爆型のタイプなどを想定している。
研究本部では2024年度にも実動での検証を開始し、2027年度までの導入を目指すという。
「無人機は日本の周辺国を含む各国が関心を持っており、陸上自衛隊として部隊で使うための検証は重要だ。技術の進展の速度は非常に早く、戦い方は時代ごとの様相があり、日々変化している。そこに追いついていかなくてはならない。現在は相手側も無人機を使うという前提に立って、対処、防護要領も検証せねばならず、『いかに守るか』という観点でも考えていく必要がある」
レプリケーター計画
“無人機先進国”のアメリカも小型無人機の導入を加速させている。
アメリカ陸軍は民間企業により開発された機体を採用し、多様な無人機の軍事活用を進めている。
「今後2年以内には数千規模の(無人機の)自律型システムを配備することを実現する」
2023年8月。ヒックス国防副長官は首都ワシントンで開かれた催しで、無人機を巡る新たな計画を明らかにし、各国の注目を集めた。
「レプリケーター計画」。日本語で「自らの複製を作る分子」とも訳される単語で表された計画はウクライナでの小型無人機の使われ方を参考にたてられた。詳細は明らかにされていないが、ヒックス副長官は「小さく、賢く、安く、たくさん(small,smart,cheap,many)」と表現。2025年までに数千機の導入を目指すとしており、アメリカのメディアはAIにより自律した大量の小型無人機や無人艇による「無人機の群れ」がインド太平洋地域に配備されると報じている。
この計画の念頭にあるのが中国だ。
国防総省は2023年の年次報告書で中国海軍が3隻目の空母「福建」を進水させ、370隻以上の艦艇を保有していると指摘。これはインド太平洋地域を担当するアメリカ海軍第7艦隊の艦艇数の5倍以上で、数字だけでみればアメリカをしのぐ世界最大の海軍となっている。
ヒックス副長官は「レプリケーター計画はより多くの艦艇、より多くのミサイル、より多くの戦力といった中国軍の持つ量という優位性に打ち勝つのに役立つ。全領域での攻撃可能な自律システムは『A2AD=接近阻止・領域拒否※』により(アメリカ側に)困難をもたらしている中国軍に打ち勝つ助けになる」と述べ、中国軍への対抗策であることを明確にしている。
※A2AD・・・ 中国が採用している軍事戦略に対する、アメリカの呼び方 Anti-Access(接近阻止)/ Area Denial(領域拒否)
アメリカのシンクタンク、CSIS=戦略国際問題研究所で先端兵器を研究するベンジャミン・ジェンセン上席研究員は次のように分析する。
「レプリケーター計画は抑止力に焦点をあてている。中国が大規模な海軍に何兆ドルという金額をつぎ込むのであれば、その海軍を危険にさらすことのできる非常に小型でシンプルな無人機の配備というのは、実際のところ抑止力を実現する上で非常に費用対効果の高い方法だ」
さらに計画を進めていく上で日本にも協力を求める可能性があると指摘する。
「無人機はただのロボットの群れというわけではない。実際の運用面では同盟国なども含めたネットワークが必要だ。それぞれの政権レベルでの防衛政策によって解決すべきことだが、日本のような同盟国がレプリケーター計画の一員になったり、日本の駆逐艦や航空機が計画で運用される無人機システムに情報を渡す役割を分担したりすることも考えられる。例えば将来フィリピンの空軍基地と日本のセンサーの支援を受けた数千のアメリカの小型無人機が数千の中国軍の無人機と戦うような奇妙な危機が訪れるかも知れない」
無人機の戦争
「無人機の戦争」が現実になった世界。
それは人類にどのような結果をもたらすのか。
アメリカは兵士の犠牲を最小限に抑える狙いから中東での対テロ作戦などで無人機を活用してきたが、2021年にアフガニスタンの首都カブールで実施した無人機による空爆が誤爆と判明。市民が巻き込まれて犠牲になる事例は後を絶たない。安全な場所から遠隔で人を殺傷する行為は兵士の精神を蝕んでいるという報告もある。
市民の犠牲はウクライナでも深刻で、3月にはウクライナ南部オデーサでロシア軍の無人機攻撃により集合住宅が被害を受けて子ども5人を含む市民12人が死亡した。
ウクライナ側にとってはロシアの侵攻に対抗するために使用を迫られているという面もあるが、市民が巻き添えになる危険性は高いと専門家は指摘する。
「小型無人機は低空で飛行しレーダーに探知されにくいため、発見が遅れ、警報などで住民に危険を知らせることが難しい。すると避難が遅れ、巻き添えによる被害が拡大してしまうこともある」
兵士の命を危険にさらすことなく遠隔操作で攻撃できるため、結果的に攻撃の敷居を下げる危険もあるという。しかし現状では無人機の輸出や使用方法などに関する国際的な規制はなく、無人機の軍事利用が歯止めなく拡散していると警鐘を鳴らす。
「小型無人機は安価なため誰でも入手でき、『貧者の空軍』とも呼ばれている。今はさまざまな武装組織が銃と同じようなレベルで小型無人機を保有するようになっている。そこから戦争が拡大したり、被害が拡大するということは当然考えられる」
無人機が変容させる戦争の実態。それは今後、戦争の危機に直面した時、世界の指導者たちの決定に影響を及ぼすかもしれない。その重大性を認識し、将来の危機を防ぐための国際的な議論が求められている。
(2月23日おはよう日本で放送)