2023年3月23日
イラク トルコ フランス 気候変動

「水がないと生きられない…」 資源の奪い合いは石油から水へ

「本当に思い出すのもつらい。ただ、私たちは、水がなければ生きていけないんです」

雨が降らず、水が不足し、争いが起きました。そして、男性のいとこは亡くなりました。

かつての話ではありません。21世紀のいまの話です。

「20世紀の戦争が石油をめぐって戦われたとすれば、21世紀は水をめぐる争いの世紀になるだろう」(世界銀行元副総裁 イスマイル・セラゲルディン氏)

世界で起きている水をめぐる争いとは?

(カイロ支局記者 スレイマン・アーデル / ヨーロッパ総局記者 田村銀河)

雨期でも雨が降らない

「ここ4年ほとんど雨が降っていないんです。何を植えても育つわけがありません。このままでは、家族を養うことができません」

こう語るのは、イラク中部のバービル県のアーデル・イサウィさん(55歳)です。

アーデルさんの農地のそばを流れるユーフラテス川の支流を見ると、川底はひび割れ、乾き切っていました。

代々続く農家のアーデルさん。1.5ヘクタールの農地で、小麦や大麦、季節の野菜を育て、家族を養ってきました。

しかし、水不足で年々収穫は減少。去年は、作付け自体を見送りました。

アーデルさんにとって初めてのことです。家畜を売るなどしてなんとかしのいでいるといいます。

90年余りで最悪の水不足

トルコからシリア、イラクを経て、ペルシャ湾に注ぐ「ユーフラテス川」。

チグリス川とともに、人類最古とされるメソポタミア文明を生み出しました。

アーデルさんたちが暮らすバービル県もその恩恵を受けてきました。

小麦や大麦、米などが栽培され、穀倉地帯として人々の胃袋を満たしてきました。

流域に大きな恵みをもたらしてきた大河。いま、ひん死ともいえる状態になっています。

この4年の間、雨期になっても、ほとんど雨が降っていません。

一部の地域では降水量が例年の10分の1に激減しました。

イラク政府によると、1930年に統計を取り始めてから最悪の水不足となっているといいます。

水不足で争い、いとこが亡くなった…

去年、この水不足が、アーデルさんに悲劇をもたらしました。

水不足から端を発した争いで、いとこが命を落としたのです。

アーデルさんの亡くなったいとこのアリさん(58)

亡くなった、いとこのアリさん(58)も、アーデルさんの農地の近くで農業を営んでいました。

しかし、2022年1月、川の上流の住民たちが農業用水を確保しようと、川をせき止め始めたといいます。

「貴重な水を独占しようとしている」

下流のアーデルさんやアリさんたちにとっては、死活問題でした。

責任感の強いアリさんは、上流の住民に、水をせき止めないよう話し合いに向かいました。

しかし、話し合いは決裂、暴力沙汰に発展したといいます。

この際に大けがを負ったアリさん。病院に運ばれましたが、その後、亡くなりました。

残された妻と5人の子どもたちは、住み慣れたバービル県を離れ、いまは親族のもとで暮らしています。

大好きだったいとこがなぜ、亡くならなければならなかったのか。アーデルさんは深い悲しみから抜け出せずにいます。

アーデルさん
「アリとはいとこであり、親友でもありました。本当に仲がよかったんです。収穫の時期には家族総出で手伝いに行っていました。彼は経済的に厳しくても、他人のために行動する素晴らしい人でした。本当に悲しい出来事で、思い出すのもつらいです」

アリさんが亡くなったあと、話し合いがもたれ、上流の住民たちが川の水を独占することはなくなりました。

ただ、そもそも水量が少ないため、地域全体の水不足はいまも解消されていません。

水の名産地でも異変が

フランス中部 ボルビック

こうした水不足はイラクだけの話ではありません。

フランス中部にあるボルビック。人口4000人あまりの小さな町です。

町があるピュイ・ド・ドーム県には80もの火山が連なる火山群があり、UNESCO(国連教育科学文化機関)の世界自然遺産にも指定されています。火山性の地層から湧き出る豊富な地下水が、地域の暮らしを支えてきました。

この水源をミネラルウォーターに利用しているのが、フランスの食品メーカーです。
年間12億本のミネラルウォーターを生産し、大半を輸出してきました。

しかしいま、現地では異変が起きています。

この地域で、地下水脈から水を引いて養殖業を営んできたエデュアール・ドフェリゴンドさん。

年間24万匹のマスを養殖し、販売してきました。

水源を案内するエデュアール・ドフェリゴンドさん

ドフェリゴンドさん
「この水源はローマ時代からドラゴンの泉と呼ばれていました。湧き出てくる勢いがあまりにも強く、ドラゴンの叫びのような音を立てていたからです」

しかし、2000年以降、年々わき出る水の量が減少。

養殖に必要な水が確保できなくなり、2018年についに廃業に追い込まれました。

ドフェリゴンドさんの養殖場跡

かつては透き通った水にたくさんのマスが泳いでいたドフェリゴンドさんの養殖場。

いまは草に覆われ、無残な姿をさらしていました。

相次ぐ干ばつ、気候変動が追い打ち

水の名産地で、何が起きているのか。

企業によるくみ上げの影響に加えて、地下水の水位自体の低下が専門家などから指摘されています。

フランス政府の研究機関の調査では、2030年に、フランス国内では地域によって2割以上の地下水が失われるという予測も出ています。

水資源に詳しいフランスの専門家は、ヨーロッパで深刻になっている干ばつが影響していると指摘しています。

水資源の政策が専門 ベルナール・バラケ氏

水資源の政策が専門 ベルナール・バラケ氏
「気候変動による影響で地下水は少なくなっています。干ばつが深刻化し、土が固くなってしまうと、雨が降っても地中に浸透しなくなっているためなのです」

水不足で養殖業を廃業に追い込まれたドフェリゴンドさん。「責任の所在を明らかにしたい」と、食品メーカーと、取水を許可した国を相手に裁判を起こしています。さらに、ミネラルウォーターを購入する消費者にも、この水をめぐる危機的な状況に思いをはせてほしいと訴えます。

ドフェリゴンドさん
「皆さんがミネラルウォーターを一本買うたびに私たちの地域の地下水を破壊し、干ばつに追い込んでいると言えます。地下水の権利は地元の人が正当に持つべきです。地域の財産なのです」

メーカー側はNHKの取材に対して「私たちも干ばつの影響を注視しており、ボルビックでは取水量を削減するための取り組みを加速させる」としています。

国どうしの緊張にも発展

水不足は国どうしの緊張にもつながっています。

近年干ばつに見舞われ、水不足が深刻なトルコ。

水不足の改善と電力の確保などを目的にユーフラテス川上流でダム建設を進めています。

2000年代に入ってからは、およそ20のダムが建設されました。

エルドアン大統領も、自国の水源確保に全力で取り組む姿勢を強調しています。

エルドアン大統領 2021年5月に完成したダムの式典で

トルコ エルドアン大統領
「我が国の水源のただの1滴も無駄にすることは、許されない。かつて石油をめぐって争いが起きたように、これからは水や食料をめぐって争うことになる」

一方で、下流に位置するイラクは、こうしたトルコの姿勢に猛反発しています。

イラク国民議会の副議長は、「トルコが水を独占することでイラク国内の川の水量は6割も低下した」と指摘。

トルコが態度を改めない場合は、経済関係を断ち切るしかないと断言しました。

経済的断交まで発展するのか、両国の間で緊張が高まっています。

中東ではナイル川でも、上流のエチオピアがダムを建設したことに、下流のエジプトとスーダンが反発。軍事演習を行い、軍事的な介入も辞さない姿勢を示しました。

ほかにも、ドナウ川やインダス川など世界各地で水を巡って、国家間でのあつれきが生じています。

水資源の政策が専門 ベルナール・バラケ氏
「水が共通の財産である以上、ライバルは生まれます。気候変動によって降水量がさらに不規則になれば水不足はさらに深刻化し、水の奪い合いも世界レベルでさらに激しくなることは間違いないでしょう。簡単なことではないが、問題の解決のためには、当事者同士が解決に向けて対処し、水を共有する文化を身につけていかなくてはいけない」

不衛生な水で毎日700人以上の子どもが死亡

いま、地球は気候変動の影響で、待ったなしの状態にまで追い詰められています。

世界の人口は80億人を突破。

国連によると、世界では8億2800万人、10人に1人が飢餓に直面しています。

さらに安全な飲料水が入手できない人は22億人、毎日700人以上の子どもが不衛生な水が理由で死亡しています。

2022年の夏のヨーロッパは、「少なくとも過去500年で最悪」(EU=ヨーロッパ連合の研究機関)とも言われる、記録的な干ばつに見舞われるなど各地で、異常気象に見舞われています。

水がなければ、生きていくことができない

水不足による争いで、いとこを失ったイラクのアーデルさん。

地域の住民と協力して、去年6月に井戸を掘りました。

しかし、深さ20メートルまで掘ったものの、出てきたのは塩水。干ばつによって地中の塩分濃度が高くなったとみられていて、せっかく出てきた水は、飲むことも、農業用水として使うこともできませんでした。

水不足により、暮らしを支えきた農業そのものが成り立たなくなっています。町では住民の3割近くが別の仕事を求めて、都市部に移住したといいます。

この先、どうやって生きていけばいいのか。アーデルさんの不安はつのるばかりです。

アーデルさん
「もうこの土地で農業はできません。私も家族のために、このふるさとを離れて仕事をしなければ生きていけないと思います。しかし、農業しかやってこなかった私が、この歳になってどんな仕事につけるというのですか。こんな事になるなんて夢にも思っていなかった。水がなければ、農業も、生きていくこともできません」

「21世紀は水をめぐる争いの世紀になる」
この言葉のとおり、世界各地で水の危機ともいえる状況が表面化しています。

私たちはこの危機を乗り越えられるのか。人類の英知が問われています。

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